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第25話/99話 「化け物 アタシの目標」②

 〇

 ブーーッ

 会場にこれから楽器を演奏する雰囲気(ふんいき)には()つかわしくない、無機質(むきしつ)なブザーの音が流れ、アナウンスが続く。

 『40番 〇〇県代表 井上ワカバさん、演奏は課題曲4番です』

 ブザーの直前に舞台へ上がった、ドレス姿の女の子が、構えたラッパを吹き鳴らしていく。

(流れは、フルートの予選と同じなんだな……)

 部門、本選と予選の違いはあれど、同じ大会なのだから当たり前である。

 ステージ上に上がった女の子のトランペットは、澄んだやわらかい音で会場を満たしていく。生でアキ以外のトランペットのソロを聴くのが、ほぼ初めてな門外漢(もんがいかん)のアタシにも、これは上手いんだろうな、とわかる。

 アタシはフルートの予選会場でマユコ先生に言われたように、自分なりに『ゆったり、穏やかな気持ちで』音に身を任せることにした。

 フルートの予選と違い、自分の楽器ではないせいか、リラックスすることは容易だった。


 順繰りに舞台上に出てくるドレスやセーラー服、学ランの奏者たち。アタシが聴き()れる音を(かな)でては、拍手に送られて去っていく。

 そう。どの人のトランペットの音も美しい。

 楽譜(がくふ)も曲も知らないけれど、誰もかれも音のつなぎ目が滑らかで、会場に響く音は柔らかい。時に激しく大きく、それでいて割れたりなんか絶対しない。外しもしていないのだろう。ミスなんて誰もしない。

 ……どうやって、これに順位をつけるんだろう。全員素晴らしいじゃないか。

 そんな風にアタシは感じていた。

 

 奏者が次々と現れては素晴らしい音を奏でていった舞台上。

 燕尾服(えんびふく)の少年が上がってきた。

(……あ、アキだ)

 出番は最後、と言っていたから、今日の最後の演奏者ということらしい。

 今日は、男の子は学ランの中学生ばかり見てきたから、そうでない子は新鮮に目に映る。

 ……てか、こんなおしゃれな服持ってたんだ。黒い、なんというか『それっぽい』燕尾服(えんびふく)を見て、アタシはふと、そう思う。

 アタシも、来年予選から舞台に立つとしたら、中学生と違って制服が無いから、ドレスかなにか用意しなきゃいけないのか。

 ……いくらするんだろう。

 ブーーッ

 鬼が笑いそうな心配をするアタシの気持ちをよそに、会場には無機質(むきしつ)なブザーの音が流れ、アナウンスが続く。

 『56番 開催地代表 美雲アキタカさん、演奏は課題曲5番です』

 

「これが、あなたの想い人ですか」

 

 ボソっと、面白そうにマユコ先生がつぶやく。ウザい。そういうんじゃないと言っているのに。

 しゃんと立った舞台上の少年が、息を吸い込む。離れたここからでもわかるのだから、大きな動き、だと思う。

 

 構えられたトランペットから出た音は、――――あの日アタシが受けた感動のままだった。

 ……今日、全国レベルに上手い奏者たちの演奏を聴いた後でも。本気のアキの演奏は別格だった。

 空間を満たしながら(はる)彼方(かなた)に突き抜けるそれは、まったくの素人であるアタシにさえ、先ほどの奏者たちのそれより、一回り上の存在感を押し付けてくる。

 とても広いと感じていたホールさえ、これの前には不足だと言わんばかりの音が響き、(とどろ)き、駆け巡る。

 空気を(ふる)わせる音は澄み切り、さっきまでの奏者たちの音でさえ濁っていたように感じさせるほど。

 それにずっと浸かっていたくなるような心地よさで、アタシを包み、どこか遠い世界へ押し流す。

 さっきまで、順位をどうつけるんだろう、と考えていたアタシはもういない。舞台上のコイツが、誰が聞いても1番だ。素人のアタシが聴いてもわかる圧倒的(あっとうてき)な差だった。

 

 ……アキってこんなにうまかったんだ。

 演奏に陶酔(とうすい)し、気持ちを流されながら、アタシは、思わず少し唇を噛む。

 今日、他の演奏を聴いても、『自分の楽器ではないから』と、穏やかな気持ちで聞いていたはずなのに、もう心の中にある感情は、なんとも整理しづらい暗い感情になりつつある。その正体がなんであるかは、後で考えることにした。


 今までのそれより、ひときわ大きな拍手に包まれながら、お辞儀(じぎ)をした燕尾服(えんびふく)の少年は、舞台を降りる。

 とても遠い光景だった。


 〇


「……信じられないわ。ごめんなさい。あなたの友達があんなに……」

 

 アキが去った舞台上を見つめたまま、マユコ先生は呆然(ぼうぜん)と、そんな風に言った。

 それ以上は言葉が見つからないようだった。

 声は震えている。

 

「すごく上手いって、言ったじゃないですか」

 

 アタシは少し、どうだ、というような気持ちでそう言った。

 そう、暗い気持ちと別に、友達を誇りたくなる気持ちも確かにあるのだ。

 それでも、同時になんとも言えない暗い感情も。

 

「上手い……、上手いね。あれは、上手いでいいのかしら。……正直、気持ち悪いわ。あなたと本当に同級生なのよね……」

 

 先生は、いつもの丁寧な口調ではないな、とアタシは気づく。動揺からだろうか。

 

「そうですけど……」

 

「化け物だわ。……信じられない」

 

「化け物って。ほら、天才とか、神童とか、そんな言葉もあるじゃないですか」

 

 ずっと舞台上を見つめたままの、先生の大げさな言葉に、アタシは思わず軽口をたたく。

 ()めるなら、綺麗な言葉で友達を()めて欲しかった。

 

「そんな生易しいものじゃないでしょ。化け物じゃなかったら……怪獣よ。ゴジラだわ」

 

「怪獣って、ふふっ」

 

 アタシは、思わず笑ってしまう。

 舞台上を見ていた先生は、ふっとアタシの方を向き、アタシの目を見()えて(たず)ねた。

 その顔は真剣そのもので、驚愕(きょうがく)の色が消えずにいて。

 

「あんた、あれに勝ちたいの?」

 

「……勝ちたいって言うか、同じくらい吹けるようになりたいです」

 

「……レッスンを、考えるわ……」

 

 先生はそう言って、眉間(みけん)を抑えながら目を閉じ、大きなため息をつく。

 とても、悩んでいるようだった。

 ……少しの間、目を閉じていた先生は、目を開けると、アタシを見てにっこり笑って、こう言った。

 

「とりあえず、今日のところは、あなたの友達を(たた)えに行きましょうか。せっかく持ってきた花束を、堂々と渡してきましょう」

 

「たたえにって、結果、まだ出てないじゃないですか? ……いてっ」

 

 疑問を口にしたアタシの額を、人差し指で、ツンとつついたマユコ先生は、苦笑い、といった表情でこう言った。

 

「バーカ、今日の優勝者、あんたの友達以外に誰がいんのよ」

 

 その声はまだ震えていたけれど、いつもの丁寧な口調よりも、なんだかずっと親しみやすく、頼もしく感じられた。


 〇


 第25話/99話 「化け物 アタシの目標」 終

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