第23話/99話 「美雲アキタカ」
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11月30日(日)
「そういえば、あなたの想い人、トランペットの君は、『全楽』、どうだったんでしょうね。もう2次予選の日程はとっくに終わっているはずですけど」
レッスン終わりにそんなことをマユコ先生が聞いてきた。
アタシがテープ審査の1次予選で落ちた全日本楽器コンクール。
1次の結果は聞いていたので素直に答える。
言い方に少しムカッとはきたけれど。
「アキは、想い人なんかじゃありません。……2次予選に出るところまでしか聞いてません。でも多分、2次予選通って本選に出場するんだと思います」
「あなたと同級生ですよね? そんなわけないと思いますけど」
先生は、苦笑いしてそう言った。
それでもアタシは確信があった。
2次予選で落ちていたら、アタシにそれを言ってくる。
本選に出場するから、1次予選で落ちたアタシには何も言わない。
美雲アキタカはそういうやつだ。
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まあよく出来たやつだった。
マユコ先生に「よくモテる子なんでしょう? 見習うところもあるかも知れませんね」なんて言われて、最近のアタシはアキをよく見ている。
喧嘩をしているところなんかは見たことが無いし、男子にも女子にも気軽に話しかけるし、話しかけられる。
男子といることが多いが、あまり特定のグループみたいなのはなさそうだった。女子と男子の違いかもしれない。ただ、周りにはいつも人がいるように見える。
周りに人がいても背が高いのですぐに見つかるけれど。
誰かの物が落ちていれば、先生に言って手柄にするでもなく、知っていたかのように持ち主をすぐに見つけて本人に渡す。
掲示物がはがれていれば、画びょうをどこからともなく持って来てさっさと直す。
先日など、花瓶の水を換えていた。先生に媚びを売りたい女子かお前は。
休み時間に男子はしょっちゅうボール遊びをしているが、アキは大体最後に帰ってきて、必ずボールを元の場所に片付けている。そんなのは、ぎりぎり仲間に入れてもらっているような、カースト下位の、みそっかすの仕事だろうに。
顔はそこそこ。少しだけある前髪はサラサラ。歯並びはとても良い。にもかかわらず、心底楽しそうにしているときは、普段のあいまいな微笑を崩し、歯がギザギザしている錯覚すら覚えるような、かわいいとさえ思える無垢な笑顔で笑う。
ひねくれた、教室の隅っこで小さくなっているような人間からはいけ好かない、と言われてもおかしくないようなやつだが、そもそもの人あたりが良いので、話せば誰でも好きになってしまうだろう。誰からも認められずに居場所がないやつが、アキと話して耐えられるわけがない。
日頃から屈託もない、陰日向もない、裏表もない、そもそもアキが他人に引け目を感じるところなど想像も出来ない。
……まあ、モテるのもわかる。
アタシの中で、女の子にとっての王子様とは、その男が隣にいても、他の男全員が「あいつが選んだ女なら間違いない」あるいは「好きな女だったけれども、あいつに負けたなら仕方ない」と祝福し、選ばれた女の子以外の全ての女が心から「おめでとう」と言える存在だ。
スズちゃんは王子様みたいな男と言われて、アキを例にあげたことがあるが、アイツが王子様役で文句を言う女子はいないだろう。
……あのよく出来たやつが、隣にずっといることに、普通の女子が耐えられるかは疑問であるが。
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12月3日(金)
「お、スレイヤーズ」
いつもの放送室、――の機械室。
合奏を待つ間、アタシが読んでいた本を見て、そのタイトルを、遅れてきたアキが読み上げる。
最近はフルートのことばかり考えて、なかなか読書の時間も取れない。
休み時間やスキマ時間を見つけては、ちょこちょこ趣味のライトノベル――当時の言葉でいうマンガ小説を読んでいた。
「なに、アキ、知ってるの」
コイツが活字を読むイメージはあまりなかった。
「少し前に、シリーズまとめてヒロキにかりたんだ。……ああ」
アキの顔が少し歪む。
ヒロキ――沢乙ヒロキはクラスメイトの男子で、建設会社の社長の息子だった。
服はいつも襟のあるものを着ているし、スラックスみたいなズボンだって、長さのぴったり合った物を履いている。金を持っているのは確かだが、アタシはあまり好きではなかった。
友達も少ないと思う。
「なに。なんか言いたいことでもあるの」
「いや。……嫌なこと思い出しちゃって」
少し、斜め下をむいて決まりの悪そうな顔をしているアキ。
コイツのそんな顔は珍しい。
「何、話したいなら聞いてあげても良いけど」
半分は冗談。話したいなら、ではなく、聞かせて欲しい。
いつも穏やかに微笑んで優等生ぶったアキの顔を歪ませるような、そんな出来事があるのなら、興味本位で聞いてみたいのは本音だった。
「ああ、うん。いや、さ……」
アキはおずおずと話し始める。
せっかくだし話させてみよう
「ん」
「この間、校庭の工事があったじゃん?」
アタシたちの教室からも見える位置の工事だった。
桜山小学校は山だった小高い土地を切り開いて作ったところなので、地盤は固いが、不安定なのり面も敷地周辺には存在する。
点検や補修で建設業者は定期的に出入りしていた。
「ん。2週間くらい、いっぱい車きてたね。で、それが?」
「ヒロキのところも来てたんだ」
「ああ、『沢乙建設』って書いてあったトラック、やっぱりアイツのところだったんだ。あんまり見ない苗字だもんね」
この地方では他に見たことがない苗字だった。
別に確認するつもりはなかったけど。どうでもいいし。
「でさ、僕と2人の時に、ヒロキがそのトラックを見ながら言ったんだ。『あれ、うちのトラック』って」
「うわ、うっざ。自慢のつもり? 殺したくなるわ」
アタシは金持ちが嫌いだ。お金は好きだけど。
「……僕も、ついイラっと来ちゃってさ」
あ~……それは、嫌な気分になるわ。
アキの家はアタシの家と同じ程度か、もっと金は無いはずだ。
「まあ、それを思い出したなら、ヤな気分になっても、仕方ない……」
「……いや、うん、まあ、言われた時イラっとしたのもそうなんだけど、そうじゃなくて。……嫌なことってのは、僕が言った言葉の方で」
「なんて返したの?」
「『ヒロキの、じゃなくて、ヒロキの父さんのだろ』って。『お前の力じゃない。父さんがすごいんだろ』って」
「そりゃ、よく言ったわ! 言ってやったじゃん! 何が嫌なことなの!」
思わず、声が大きくなった。なんならスカっとする話だった。
アタシも、その場にいたら同じことを言いたいと思う。
……言えるかどうかは別として。
「で、それを言ったら、ヒロキ黙っちゃってさ……」
「いいじゃん。事実だし、あんたの勝ちでしょ」
「……悪いこと、したなぁって。だって、ヒロキって、あんまり他人にじまんとか、ほこれることないでしょ……」
そう。
沢乙ヒロキは金持ちだが、クラス内の地位で言えばかなり下の方だった。
頭はあまり良くないと思う。発言に感心したことがない。アタシの隣の席のイサオは、勉強はできないが、機転は効いて、発言は面白い。ヒロキにはそんなところがない。
容姿は中の下だし、口がいつも半開きで知性を感じない。
勉強もスポーツもいまいち。引っ込み思案で、得意なことが何かも良くわからない。無いのかもしれない。
クラスでヒロキがからかわれたり、馬鹿にされたりしているところだって見たことがある。エスカレートするといじめになるのかもしれない。アキは誰にでも優しいから、そんなことはしないだろうが。
家が金を持っている以外、何も良いところを見つけられない、典型的な劣等生。それが沢乙ヒロキだった。
アタシは将来結婚するなら、金の心配をしなくていい金持ちが理想だが、いくら金を持っていてもヒロキは嫌だ。
てか、家に金があるんだから、親は習い事でも厳しい塾でも行かせればいいのに。
なんでも自由にやれるはずだ。厳しさに耐えられるヤツには見えないけれど、多少はマシになると思う。
「別に、悪いことじゃないでしょ。ショボいアイツが悪いんだし。アイツの力でトラックが来たわけでもないし、工事ができるわけでもないでしょうよ」
「……そうかもしれないけどさ。ヒロキの中では、家の力も自分の一部だと思うんだよね。会社がほめられれば、ヒロキ自身だってうれしいだろうし」
「まあ、そうかもしれないけど。……でも、アンタのそれはゴーマンでしょ。他にほめられるところがないヒロキだから、そう思ってるだけで。アイツのことを下に見てるから、発言が悪かったって思えるだけでしょ」
まあ、アタシも、ヒロキのことはクラス内カーストの中で同じくらいだと思ってるけど。
「……ヒロキは絶対傷ついたと思うんだよね。……僕が傷つけたんだって。まちがいを言ったわけじゃなくても、言うのはまちがってたかなって」
ああ、つまりアキは、誰も、クラス内で下層のヒロキですらも、傷つけたくなくて。
コイツは正しくありたいんだ、そう思った。
みんなに好かれるから正しくいられるのか、正しくあろうとするから、みんなに好かれるのか、どちらかは分からないが。
「家の力が自分じゃないなんて、どうせいつか知る現実でしょ。大体、ヒロキを傷つけたって、アンタになんの損があるわけ」
クラス内の序列でもカースト最上位の一人であろうアキは、友達が少ない下層の一人を傷つけたところで、何かあるわけでもない。
……それに。
アタシは正しくなくてもいい。正しくありたいとは思わない。事実は事実でいい。
「……そうかもしれないけどさ」
「ん」
「……ヒロキは僕に、その本、貸してくれたんだよね……」
アキが何を言いたいのかはわかりそうでわからなかった。
『いいじゃん、これからはアタシが貸してあげるから』と頭に浮かんだ言葉は、何となく言わない方が良さそうだった。
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「今日も楽しかったねえ。新しいの渡しても、すぐ吹けるようになるから、シオリはすごいよねえ」
合奏後。
アキと合わせるときはいつも良い気分になれる。
アタシよりずっと上手いコイツが、アタシの吹く舞台を整えてくれる、おかげでアタシも上手くなったように感じられるのはもう分かっている。
褒めてくれるのが『自分はできる、当然に』という大前提で、上からであることも理解している。
かなり頭に来るけれども、今はこれで良い。アタシがうまくなれば、きっと関係も変わる。
帰り道、並んで歩きながら、アタシは『気になってはいないけれども、マユコ先生が言っていたことを、一応確かめておこうかな』という気分になった。
気を遣わせないように。
できるだけ、自然に。
「そういえばさ、アキは『全楽』どうだった?」
「……ん。あ、ああ」
聞かれるとは思ってなかったか、アキは意表を突かれたというように、ほんの少し口ごもる。
少し、気分が良い。
「2次予選の演奏よく吹けてさ、本選に行くんだ」
やっぱりな。
「ふうん、すごいね。さすがだわ。……おめでとう」
賞賛の言葉を素直に口にする。
正直、準備ができていたから出来ることだ。
そうでなければ、準備がなければ、アタシは嫉妬の言葉が先に出るかもしれない。
「へへっ。ありがと」
もう日が落ちてアキの顔は良く見えないが、少しはにかんだ雰囲気でアタシの賞賛を受け止めてくれた。
そしてアタシは、アキがおそらくこの後言うであろうことも、なんとなくわかっている。コイツはよく出来たやつだから。
「……実はさ、ずっと報告しようと思ってたんだ。言いたかったんだけど、でも、言うタイミングが無くて」
ほらな。自分だって言いたかったんだよ、というフォローも忘れない。
嘘つけ。言うタイミングならいくらでもあっただろ。
実際は、自分だけ良い結果を残したから。同じコンクールに参加した、アタシの結果が良くないから、気を遣ったにすぎない。
アタシから話題を振らなければ、コイツは今も、本選行きの成果を誇っていないはずだ。
「……ん」
「今年の本選、会場はうちの県なんだって。がんばらないと」
「へえ。交通費かからなくてよかったね」
「それは確かに。……そういえば、次に先生に頼む曲なんだけどさあ」
努力した自分の成果として、本選に出る話題を、もう少し広げてもいいのに。
アタシが気にするかもしれない話は、さっさと切り上げて他の話に移る。
美雲アキタカはそういうやつだ。
「……アンタのそういうところ、アタシ……。……っ」
「ん、何? 言ってよ」
アタシの思わず漏れたつぶやきを、アキが耳ざとく聞き返す。
――大嫌いだ、という本音はかろうじて呑み込んだ。
隣にいるのが恥ずかしくなりそうだった。
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第23話/99話 「美雲アキタカ」 終




