第68話/99話 「崩れる 大きな」①
〇
6月6日(火)
「あい、お~ん♪」
「I WANT ♪」
「「み~ まい まぁざ~♪」」
ぺちぺちぺちぺち
ぽんぽんぽんぽん
いつもの音楽室。
ヒトミとアタシの声が響く。
ボンゴを叩きながら。
少し机と椅子をずらして、黒板の前にできた空間。
2人で椅子に座って。
と。
開け放たれている、入り口からアキが来た。
昨日の今日なので、なんとなく気まずい。
どうするのかな、と思って無言でなんとなく様子をうかがっていたら、椅子を持ってこっちに来て、そのままセットして隣に座った。
「……僕にも、叩くものを何かくれよ」
……。
マスター、コーヒーを1つ。
そんな調子で。
アタシは喫茶店に行ったことは無いが、多分そんな調子で。
すかしやがって。まあいいや。
「ボンゴは2つしかないから、アタシのを使いなよ」
「シオリはどうするの?」
少しだけ心配そうにする、アキに。
アタシは無言で立ち上がり、楽器室から金属製のバケツを持ってきた。
プラスチック製よりかっこよくて良さそうだと、目を付けていたものである。
「やろっか」
「あい、お~ん♪」
「「I WANT ♪」」
「「「み~ まい まぁざ~♪」」」
ぽんぽんぽんぽん
ガンガンガンガン!!!
「あい、お~ん♪」
「「I WANT ♪」」
「「「み~ まい じぃざぁす♪」」」
ぽんぽんぽんぽん
ガンガンガンガン!!!
「「「あい お~んちゅ り~び~ず ごぉ~っど♪」」」
途中、ヒトミが額をつんつんと、苛立つように、言いづらそうに言った。
「初鳥先輩、さすがにそれはないです。音が汚すぎます」
「うん……ちょっとね……」
2人の抗議にあうアタシ。
金属製のバケツは音が汚い上に大きく、余韻もリズムもあったものではなかった。
「ぐ……、かっこいいかなと思ったのに。タンバリンでも取ってくるよ」
ぷぷっ。
楽器室に向かうアタシの、後ろから、ヒトミの小さな笑い声。
何事も、すぐに上手くは行かないものだ。
〇
6月8日(木)
「やっぱさあ、成功のイメージって大事だと思うんだよね」
軽く音出し、ならぬ声出しを終えたアタシは言う。
一流のアスリートは常に成功のイメージを、みたいな記事を最近、どっかで見た、気がする。
つまりアタシたちが勧誘に成功しないのは……それができていないせいかもしれない。
「成功のイメージ、ですか? 例えば?」
人差し指を軽く顎に当てたヒトミが言う。
長い指だな。
「時々、見に来てくれる子もいるわけじゃん? そこにこう……距離を感じさせないまま近寄って、捕獲! みたいな」
「いやいや、どう近寄るの」
アキのツッコミ。もっともである。
「マンガの表現だと、楽器持ってるキャラって、相手を幻惑したり、眠らせたり、操ったりするじゃん。そんな感じでさあ」
「初鳥先輩、疲れてますね」
ヒトミの態度が冷たい。
そもそも、勧誘が目的であって、捕獲してもどうなるものでもないのだが。
アタシは忘れている。
「ヒトミ、出来ないの、そういうの? ヴァイオリンでしょ。ガンガンのマンガだと主役じゃん」
「あのマンガ、ヒロインはフルートです。もう少しちゃんとやってください」
「ぬ~……。じゃあさあ、アタシが演奏で気を引いて……、物陰に隠れた2人が、その隙に捕獲するとか」
「……シオリ、少し休んだ方が良いよ」
アタシを結構真面目に心配している2人。
……というか、かわいそうな目で見られている。
「あの、来た時の、歓迎の雰囲気とか作りませんか。成功のイメージって言われても難しいじゃないですか」
空気を変えようと提案してくれるヒトミ。
あ、それなら。
「実は、アタシはもうそれは考えてある」
「おお!」「マジですか」
2人の驚きと期待の目がアタシを見る。
任せておけ。こういうのは得意なんだ。
アタシはドヤ顔で笑って言う。
「ヒトミ、はい、立って」
「あ、はい」
促すと素直に立つヒトミ。偉いぞ。
アタシは両腕を大きく広げて、ヒトミをまっすぐ見てこう言った。
「よく来てくれました! あなたが一番輝ける場所は、ここです」
そのまま、ヒトミにがば、と抱きつくアタシ。
「ひゃ」
「シオリおねえさんは、あなたを歓迎します!」
どうだ。
これは2年前に、6年生だったヨリコちゃんから教わったテクニック。
〇〇おねえさん、として優しさを見せると相手は安心して、ここにいたくなってしまうのだ。
それに『一番輝ける場所』とまで言っているのだ。十分だろう。
と。
アキが、困惑してこちらを見ている、ふふん、うらやましいか。女子だから許されるスキンシップだからな。
「……おねえさん、ですか? 私より身長低いので、あんまり」
「なにをぅ! ヒトミがデカすぎるだけだろ!」
アタシは、必死に身長を伸ばす努力を続け、クラスの背の順では、一応かなり後ろの方だ。
つか抱きつくと、本当にデカいなコイツ。
アタシは疑問を素直に口に出す。
「……身長いくつあんの、アンタ」
「169です」
「マジか」
……ヴァイオリン弾きにそのフレーム要らないだろ。
心肺が生命線のフルートによこせ。
「あと初鳥先輩」
「ん」
「なんだか臭いです。においがうつりそうなので、ちょっと……」
……。
もうすぐ梅雨だからだよ!
〇
6月15日(木)
「……来ないねえ」
「来ませんねえ」
いつものとおり、声出しをすませた音楽室。
アタシたちは留まっていた。少し先に控えた、参加予定のアンサンブルコンテストの合わせをやっておこうということで。
実績アピールなので、別に順位付けどうこうがあるコンテストではないが、まあどうせやるならちゃんと演奏したい。
来ない、と言っても3人は揃っている。
新入部員は来ていない、それだけの話である。
声出しを終えたアタシは、立ち上がれずにいた。
別に疲れているわけじゃない。
学外の商店や食べ物屋にも、メンバー募集のポスターは貼らせてもらった。
小牛田先生がセッティングしてくれた、放課後の施設訪問。
そこで行った、老人ホームにも貼らせてもらった。
もしかしたら、孫なんかが桜山に通っていたりするかもしれない。わずかな望みを添えて。
「……シオリ、もうやめようよ。よくやったよ。無理しなくていいから」
アキがそんなことを言う。
明らかにアタシを気遣って。
音楽がどう、とか、練習がどうとか、正しい音楽とかではなく、単にアタシを心配して。
「初鳥先輩、あの……私が初日に、『3人しかいないんだ』なんて言っちゃったからですよね。今、頑張ってくださってるの」
ヒトミが言う。申し訳なさそうに。
やめてほしい。そんな態度は。
「そうじゃない。最初はそうだったかもしれないけど。アタシは……きっと、アキの音を、ヒトミの音をみんなに聴いてほしいんだ」
こんなにすごいトランペットとヴァイオリンがいるのに、アタシはそれを伝えることさえできていない。
「ヒトミもいるし、僕とシオリがいれば、それでいいじゃない。来てくれた人は歓迎するってことにしてさ」
アキの言葉に悪意はない。
それでも。アタシは言う。
「違う。それじゃダメだ。きっと、アンタの音は、将来広い世界に出ていくと思う。だから、今ここで、これを……共有しておきたいんだ。アンタの音を誇りにしたいんだよ。アタシとアンタじゃダメなんだ。アンタの音と共にある『アタシたち』、でないと。みんなで、じゃないと。ここにいる意味が、ここにいた意味が無くなる。アタシたちの、アキだ、って言えるようにしたいんだよ。勿体なさすぎる。それに、評価されない世界から来た孤独な人、みたいにアキを見られたくない」
……大きな場所へ行くであろうコイツ。それでも、今、ここで認められてほしい。孤独なままでいさせて良い訳がない。
取り返しのつかなくなった未来で、それに気づいてほしくない。
「その、美雲先輩の音でつながりたい、みたいな話ですか?」
「それもある。そうかもしれない。……アタシの師匠は『音で決まる世界なんかない』って言ってる。……でも、アタシは、アキの音だけは違うって思いたい。コイツの音だけは、世界を決められるって、そう思いたい。だから、そのための世界を作りたい。見たい。……わかってる。アタシの自己満足だ。2人には、迷惑だってこともわかってる」
息は……荒れない。
感情的になっていることは分かっている。
それでも、荒れない。気力が萎えているからだ。
口先だけは立派だけれど、アタシは無力だ。……自己満足って言ってるから、口先も立派じゃないな。
アタシは続ける。
「ごめん。2人とも、もう少しだけ付き合って。きっとなんとかして見せる。音を評価される環境を作ってみせる」
……。
沈黙。
3人とも何も話さない。
雨は降っていない――そうでないと、窓は開けられない――が、梅雨時の生ぬるい風だけが、空間を過ぎる。
アタシのせいだ。喋れない時間にしてしまった。
〇




