第66話/99話 「鳴る 人は来なくとも」
〇
5月29日(月)
「……そろそろ行こうか」
「うん、遅刻しちゃうからね」
朝5時30分。
6年3組の教室。
少し濁った金色のトランペット――リーニャ先生の形見であるそれ――をケースにしまうアキと、今日はおさがりではない、ちゃんとスーパーで買った、襟付き半袖シャツのアタシ。
いつもの集合場所ではない。アタシの6年1組の教室でもない。
外は快晴。とっくに明るい。
今日は小学校の修学旅行――城を見たり、下痢の研究をした医者の家へ行き、紙でできた赤い牛に絵を描き、幕末の集団自殺の跡を見たりする、そんな日である。
集合時間は、校庭に6時なので、今日は日課のランニングはお休みにしておいた。
去年、野外活動の日に、アキは言った。
「遠足とか行事の時って、僕たち、みんな集合する時間早いでしょ? 先生たちって、もっとずっと早い時間から居るんだよ。だから朝早くから入れるの」
そして5時より前から吹いていたという。
だからアタシは、今年は4時に来た。
職員室へ行っても、先生たちは準備だろうし、音楽室の鍵は借りられない。
昇降口はまだ閉まっていたので、職員玄関から入って、昇降口へ。
静まり返った校内に、すでに、かすかにラッパの音が響いていた。
階段を上がったところから見える、アキの6年3組は、電気がついていて――おそらく、いくつかあるスイッチ1つ分であろうところがアイツらしい――アタシは6年1組の自分の教室へ。
何も言わずに。3組へ行っても邪魔になるだけだ。
電気をつけ、軽く基礎練習と、師匠に渡された曲練を通しで何度か。
5時20分。フルートの中を軽く吹いて、ケースへ。3組へ行く。
朝から、アキがラッパを吹いてそこにいる。
教室を、澄んだ音色で満たしながら。
――なんで、みんな、これに惹かれないんだよ……。
日本で一番ラッパがうまい天才が、練習する機会を、環境を逃すまいと、朝4時より前からそこにいるんだぞ。
なんで、この音があるのに、誰も来てくれないんだ……。
ポスターを貼ったけれども、まだメンバーは増えていない。
少しずつ、アタシのいる視聴覚室や、音楽室をのぞきに来る子は出てきた。
ただ、入り口にいるそれに気づいて、声を掛けようとしても、目が合うとそそくさといなくなってしまう。アタシが近づいても逃げてしまう。
……近所の商店とかにも貼ってみようかな。
人が増える気配はまだなかった。
〇
幕末の集団自殺の跡に行く。
アタシたちより少し上くらいの子供たちが負けて、死んだらしい。
――だから、何?
刀持ってれば戦闘員だし、負ければ死ぬのは当たり前では?
子供が死んだから悲劇っぽく言われて、語り継がれているけど、大人だって同じ戦いでもっと大勢死んでいる。
元・子供である大人が死ぬのは良くて、子供が死ぬのは悲劇になるのか。
そんなことを考える。
大体、子供だけで隊を作ったってことは、責任もあるけど、任せられるだけの権利もあったってことなんだよな。
アタシたちはどうだ。
小牛田先生は、やれるだけやれ、と背を押してくれるけれど、刀の代わりに楽器を持ったアタシたちは、まだ人すら集められていない。
アタシが死んでも悲劇にはならないだろうな――と。
ふふっ。自嘲気味に笑ってしまう。
と。
「な、なあ、シオリ。難しい顔でずっと考え込んでると思ったら、何、悪人ヅラで笑ってるんだよ」
一緒に歩いていたイサオが、ビビりながらそんなことを言う。
集団の大勢の生徒の中に、スズとイサオとトモクニと、アタシの4人。
別にアタシの体はもう大丈夫なのだが、なんとなく同じ班のいつもの4人。悪いような気もしてくる。
まあそんなことは関係なく。
「別に。なんかイラっとしたから」
「そうか。頼むぜ。後で、班で感想文書かなきゃいけないんだから」
――ぬ。まあ、ちゃんとメモに集中するか。
〇
下痢を研究した医者の家は、別に普通の古い家だった。
元々金持ちの名家で、残したいから、生活様式を知るための歴史的価値もあって、理由も紐づけて残した。そんな感じがする。
残される理由は、別にきれいに1つである必要はない。
城は美しかった。
特に感想はない。
風呂へ入って、部屋でダラダラと。
ユミとスズと、ユミの友達2人――セイコとナナコ。5人部屋だ。
部屋に、ユミたちと仲が良い男子が何人か来て、少しどきどきした時間もあったけれど、先生に怒られて退散していった。
男子は基本、アホだ。
そういえば、ユミは「呼び出されて告白されちゃったらどうしよう」などと乙女チックな話をしていたが、そんな気配はない。
あるわけないだろ、アンタみたいな女傑相手に。
就寝前。
「うちのクラブ、メンバーが増えない……なんでだと思う?」
「楽器なんか何が楽しいの」
「しきいが……ハードルが高い」
「楽器なんか持ってない」
「シオリちゃんは、辛そうにしか見えない」
……。
「楽器やってる子たちだって、いるはずなのに」
「あんたら、ガチすぎ」
「めんたま、ひん剥いてやってるやつらしかいないじゃん」
「別に、将来役に立つわけでもないし」
「学校の音楽って、つまんないよね。歌にもリコーダーにも、『合格ライン』みたいなのあるし」
……。
そういえば。
ガールズトークといえばコイバナであるけれども、スズは「彼氏いないけど、欲しいよね~~」なんてさらっと言っていた。
トモクニの方が上手く誤魔化せたかは知らない。
〇
朝。
宿泊施設の近くにある、アスファルトで整備された山道を軽く散歩。
晴れていれば5色に輝くらしい湖は霧の中だった。
まあ、天気の悪くなりやすい山の中だし、仕方ないと思う。
ここを修学旅行のコースに入れる方が悪い。
紙の牛に絵を描くのは楽しかった。
頭を、糸と重りで胴体にくくりつける。
間抜けヅラの頭が揺れる。
と、作業机の向かい側、スズとトモクニが作業をしているのが見える。
特にイチャイチャするでもなく、無言で作業しているが、……さっき、アタシは見た。
こいつらが、絵を描いた牛を、頭をつける前に交換しているところを。
隣のイサオを見る。目が合い……、ニヤリとしていた。
無粋なツッコミはするなということらしい。
お土産品売り場。
唯一の自由行動。特に何を買うでもなく……。
ああ、シュンに木刀くらい買ってやるか。
木製の模造刀の方が良いかな……。
精巧だ。小さな脇差だが、結構良く出来ている。
ヒトミにも何か買ってやるか。
女の子らしいもの……と、選ぼうとして、また木刀に目が行く。
これだ。強くなれ、とメッセージを込めて。
せっかくなので、自分用のはTシャツにしておいた。
吸水性、撥水性が良くて、左胸と背中にマークが入ったものがアタシは好きだ。
〇
学校に戻り、解散になった時間は16時過ぎ。
天気は快晴。
荷物が多い日だから、助かる。
クラブへ行くにも半端なので、昨日、クラスに置いたフルートを取り、帰宅する。
シュンはいない。せっかく土産があるのに。まあいいや。
行動をどうしようかと思ったアタシは、ふと考える。
慣れない旅行で、体が疲れているかもしれない。潜水トレーニングは危ない。
今日はため池にしよう。
自転車を全力でこいで、ため池に行くと、アキはもう来ていた。
たった1人で、大きなため池のほとりにいる姿は、いかにも孤高の|天才少年。
お互い、手をあげて挨拶し、ぐるっと、ため池をまわる――邪魔にならない遠くへ。
準備をする。
遠くから、よく通るラッパの音が聞こえる。
晴れて澄み切った、夕焼けの空に、フルートの音が――ごく弱い風に乗った。
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第66話/99話 「鳴る 人は来なくとも」 終




