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第99話「天使の子4」

 転生前の世界にて。


 ティアナディアは、敬愛する主人であるベリウスを勇者に殺されたことで、精神を病ませていた。彼を復活させることだけを目的に掲げ、そのための方法を探す度に出た。


 怪しい呪術の類を試し、クリエイター級のアイテムを求め、時には辺境の村に伝わる怪しい儀式にまで希望を見出だした。


 そんなある時、とある人族の少年と出会った。

 彼はティアナディアを手伝うと申し出てきた。


 胡散臭く思ったが、利用するつもりに共に旅に出た。

 そして、長い時が経ち、ふと彼に救われていたことに気づいたのだ。


 何気ない会話。種族関係なくこちらを気にかけてくれる優しさ。ベリウスを失ってからずっと一人だったが、彼はどんな時も一緒に居てくれた。


 いつのまにか、ティアナディアは救われていた。

 ベリウスの死に折り合いを付け、闇の中から抜け出していたのだ。


 それがわかった時、今まで毛ほども興味が湧かなかった少年のことが知りたくて仕方がなくなった。今までベリウスを復活させるために費やしていた労力の全てが少年を知ることに費やされることになった。


 ただ、今まで素っ気ない態度を取り続けていた手前、照れくささがあった。

 だから、彼に直接何かを訪ねることはしなかった。食事の時は彼の好みを探り、街でも常に彼の視線を追い、挙動の一つ一つを観察し、これまでの無関心を取り戻すように四六時中彼のことばかりを考えた。


 そして、ある夜、彼のグローブの下にある紋章を見た。

 勇者の紋章だ。彼は人族の勇者だったのだ。


 つまり、ベリウスを殺したのは、■■だったということだ。

 それがわかった瞬間、急激な眠気に襲われた。

 目が覚めたら、ティアナディアは街の中にいた。


 エルタニン王国の王都アルティバ。

 街は華やかに飾り付けされており、活気づいていた。

 聖天祭。一年に一度、天使ミカエラに感謝を捧げる催しだ。


 今はその季節ではないはずだし、そもそも、ティアナディアが居たのは王国とは別の国だ。わけがわからなかったが、そのヒントは人々の会話の中にあった。


 ――今年は赤き竜の封印が緩む年だ。七魔皇も半分しか判明していないんだろう? 恐ろしいことだ。


 七魔皇はもうずいぶん前に七人全員の名前が全国に知れ渡っているし、封印が緩み始めたのはもう少し前のことだ。


 不思議に思って王都中を調べて回ったところ、わかったことが二つあった。

 一つは、今がティアナディアの居た時間より過去であること。

 もう一つは、ここがティアナディアの居た世界と別世界であることだ。


「……わたしは、この世界のティアナディアの体に転生した」


 それから、元の世界での記憶を辿ることでベリウスと合流することができた。どうやら、この世界は元の世界と同じ歴史を辿っているようだった。


 しかし、ベリウスを一目見て、すぐに気が付いた。

 彼はベリウスではない。


 元の世界で共に冒険をした少年だった。

 ティアナディアは迷った。


 上手くすれば、この世界のベリウスを救えるかもしれない。だが、そもそもあの日の死は不可解だった。ベリウスがあの時点の勇者に殺されることはあり得ない。勇者と共に旅をしたからこそ、そう思えた。


 だから、迷いを晴らすために答えを見ることにした。


 ベリウスが毎日付けていた日記である。

 そこには、ティアナディアが知りたい全てが記されていた。


 ベリウスが勇者に殺されることで、勇者の覚醒を促そうとしていること。

 しかし、それは《《フェイクである》》こと。


 そして、疑似世界の選ばれた魂にティアナディアを託したこと。

 疑似世界の選ばれた魂、それはつまりティアナディアが共に旅をした勇者、■■のことであり、この日記は彼に向けて書かれたメッセージだった。


 ――ティアを救ってやりたい。だが、どうしても俺にはそれが難しい。ヤツが俺の運命の全てを掌握しているからだ。ティアを破滅の運命から救えるとしたら、この世界の理の外側にいる人間しかない。お前の活躍は見させて貰った。お前になら、ティアを任せてもいい。俺が仕組んだ死の運命を回避し、ティアを救ってくれ。


「……ベリウス様」


 ――死を回避した後、ヤツはお前を観測するだろうが、お前の可能性は未知だ。抗え、ティアのために。


 他にも、このベリウスが言う疑似世界――ティアナディアが元居た世界についての記述もあった。疑似世界でのベリウスは勇者の覚醒のために死ぬことを選んだが、それはこの世界のベリウスの作戦を成就させるためのものだったらしい。


 疑似世界のベリウスと、この世界のベリウスは通じていたのだ。

 そして、ベリウスが繋いだ未来の趨勢は、■■に託された。


 理由は、彼が最もティアナディアを愛していたから。

 ベリウスは抗いようのない大いなる意思のようなものに逆らい、運命を捻じ曲げようとしている。世界を越えて、あらゆる可能性を検討して、それを選んだ。


 そうか。ベリウスは死んだのではない。託したのだ。

 ならば、全てを打ち明けて、この日記は■■に渡すべきだ。

 そう思いながらも、ティアナディアは何も知らないふりをした。


 日記も彼に渡すことはしなかった。

 ただ、ヒントとして日記の切れ端――『英雄計画』とだけ書かれたそれを彼の懐に入れておいた。結果的に、それが彼の閃きのヒントになったようだが……。


 たしかめたかったのだ。自分の気持ちと彼の覚悟を。

 結果、彼はティアナディアを守るため、ベリウスの死を回避するための行動を始めた。


 ティアナディアは迷っていた。


 ■■のことは愛おしく思う。だが、別世界とは言え、ベリウスのことを諦めていいものかという思いもあった――嘘だ、そんなものはなかった。


 でも、そう思わないのは罪悪な気がした。

 そんな建前はルナに暴かれ、ティアナディアは決意をしたのだ――■■を助けたい。

 精神世界で、初めて彼の本当の姿を見た時、気持ちは決まった。


 何を迷っていたのだろうか。もしかしたら、彼の一番深いところに触れられないことで、拗ねていたのかもしれない。あの形だけの葛藤は、そんな子供っぽい気持ちだった。それが晴れて、残ったのは彼への愛情だけだった。


 闇の中から救ってくれた。

 そして、唯一ベリウスが認めた人。


 ティアナディアは彼を愛している。




「だからね、彼が勇者だったことなんてとっくに知っているんですよ」


 りゅうゴンの企みのなんと浅いことか。


「わたしの愛情を見誤っていますよ。ご主人様はそのことできっとわたしに引け目を感じているでしょうね。自分がベリウス様を殺したから、それがベリウス様の策略の内だとしても……いいえ、日記を読んでいない彼は、ベリウス様の考えの全てを理解していない。だからこそ不安なんですよね。でも、わたしは悪い子ですから、そんなことでヤキモキする彼を可愛いと思ってしまうんです」


 罪悪感に押しつぶされそうな彼の姿を考え、頬が緩む。

 もちろん、彼には幸せになって貰いたいけれど、こういうのは今しか向けて貰えない感情だから、貴重な分ドキドキするのだ。


「きっと、わたしがどれだけあなたを好きかわかっていないのでしょうね。ベリウス様を亡くした絶望がどれだけ深くて、そこから引き揚げてくれたことがどれだけの意味を持つのか。わたしの期待を越えて、わたしが、日々あなたのことをどれだけ考えているのか」

「……君はどこまで」

「この世界で死の運命を乗り越えてくれたこと。弱い自分を曝け出して言葉を交わしてくれたこと。疑似世界でのことも全部、ぜーんぶ、素敵な思い出です」


 前の世界に居る時から惹かれていたが、この世界で共に過ごす間にもう取り返しがつかない程、彼にのめり込んでいた。


「彼のためなら、世界を滅ぼしたっていいでございますよ」

「君は……少し頭がおかしい」

「そうですか? 彼ならきっとこんなわたしも好きでいてくれると思いますけど」


 自惚れじゃない。そんな確信があった。

 ティアナディアも同じだからだ。彼の全てを知って、それを愛してあげられる。彼の全てを尊いと思うし、肯定してあげたいと思う。


「ところで、あなたがベリウス様の言っていた〝ヤツ〟ですかね? そしたら、益々あなたのことは殺さなければいけませんね」


 りゅうゴンは何も答えない。

 だが、無機質な瞳からは明確な怒気が漏れていた。


「裏切り者のベリウスのせいで……あいつは勇者に討たれて死ぬはずだった。それを了承していた。君は堕天し、本来あるべき姿を取り戻す。そういうシナリオだったんだ!」

「それは、それは、随分と詰まらない物語がお好きなんですね」


 瞬間、数えきれないほどの剣閃が迸る。

 ティアナディアが振るった目にも止まらぬ剣撃がりゅうゴンの体を捉え、細切れにした。


「絶望させてやる……天使の子よ。君自身のためにも必ず……」


 体は細かい粒子となって空気に溶け、呪いのように彼女の言葉だけが残される。


「残念、ご主人様とのイチャラブ生活が待っているわたしは何があっても絶望なんてしませんね」


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