第98話「天使の子3」
「ちょ、ちょっと待つの! 話を聞くの!」
「そうだぜ、ここでアタシらをやったって何にもならねえよ!」
顔面蒼白にしたオデットとオディールが必死に懇願してくる。
ティアナディアはその正体を自ら他の七魔皇に話した。となれば、もう彼女たちがティアナディアに優位を取れる要素は残っていない。
彼女たちの要求や命乞いを聞き入れる意味など何一つなかった。
「ダメです♡」
ティアナディアが振るった剣がオデットとオディールを捉え、意識を刈り取った。
まだ死んではいない。このまま息絶えるかもしれないし、生き残るかもしれない。それは彼女たち次第だ。
「メイド長……す、すみません、お手間を掛けてしまって、シグレは役立たずでその……あの、でも、神様のためにここに来なくちゃいけない気がしていて」
相当無茶をしたのか、シグレは満身創痍だった。
「いえいえ、大した手間ではなかったですし。シグレちゃんが無事でよかったですよ」
「メイド長……そんな、シグレには勿体ないお言葉……」
よたよたとたたらを踏むシグレを優しく抱き留める。すると、シグレは安心したのかすうすうと寝息を立て始める。
「なかなかうまくいかないものだね」
すると、シグレから、シグレではない女の声がした。
いや、正確にはシグレのローブの下から――そう思って、手を伸ばすと、それを躱して中からりゅうゴンのぬいぐるみが現れた。
ぬいぐるみはふわりと浮遊して、ティアナディアの目の前に躍り出る。
「ああ。シグレちゃんや、冒険者共を迷宮に誘ったのは、あなたですか」
「そうだとも、天使ミカエラの子よ。君の秘密が七魔皇に知れ渡ったのは計画通りだと言いたいところだけど、あまり面白い感じはしないね」
表情は読み取れないが、彼女は苛立っているようだった。
「お前は何者だ! とか聞かないのかい?」
「あまり興味はないですね。ご主人様とわたしの仲を邪魔するなら敵ですが」
「そうか、ならば自己紹介をしておいた方がよさそうだ。僕はりゅうゴン。ベリウス・ロストスリーの死を願うものだとも」
瞬間、ティアナディアの漆黒の剣が閃いた。
ぬいぐるみは音もなく真っ二つに裂ける。不思議な浮力がなくなり地面に落ちる。すると、ぼこりと内側の綿が堆積を増して新しいぬいぐるみが出来上がった。
「ふふ、容赦がないね。天使の子」
ここにりゅうゴンを名乗る彼女の魂はないらしい。体も借り物だ。おそらく、どれだけ切り刻んでも意味がないのだろう。
「ご主人様の敵ならその必要はないでしょう?」
「ベリウスの……というより、その中身のじゃないかな?」
「……なぜ、それを」
今のベリウスには、別の魂が入っている。
それは、ティアナディアが転生前の世界で共に冒険をした人族の男だった。闇に落ちた心を救ってくれた、心優しい恩人の魂だ。
その事実を知っているのは、自分だけだと思っていたのだが。
「別になんでもいいじゃないか。僕はね、君の目を覚ましてあげようと思ってここに来たんだ。悪い人に騙されている、哀しいメイドの君をね」
「目を覚ます? わたしの意識は怒りではっきりしていますよ」
「いいや、君は真実に気づいていない。ベリウスを名乗る不届きな魂に騙されている」
嘲るように言うりゅうゴンに怒りが募る。
「……何を言うかと思えば」
「おや、そう言いながらも興味深々じゃないか。気になるだろう? 君が主人と慕う彼が君に何を隠しているのか。気にならないわけがない」
ベリウスを殺すなどと宣う得体の知れないヤツの言葉に耳を貸す必要はない。無視を決め込もうとするも、りゅうゴンは構わず言葉を続ける。
「君は転生前の世界でとある少年と旅をした。その少年こそが、今のベリウスの中身だ。彼は君に重大な隠し事をしている。それを酷い裏切りだとわかって偽っている」
「…………」
なぜそれをとは問わない。
もう、コイツはそういう存在なのだと割り切る。
「彼はいずれ君を不幸にするよ」
しかし、その言葉は黙殺するには攻撃力を孕み過ぎていた。
「もう一度斬られたいですか?」
「意味がないことはわかっているだろう? それに、ここまで感情的になるってことは、やっぱり気になっているんじゃないか。素直になればいいのに。別に勿体ぶるつもりなんてないしさ。実はね――」
りゅうゴンは勿体ぶるように精一杯溜めを作る。
素直にそれを待つ必要なんてない。無意味だろうが怒りに任せて切り刻んでしまえばいい。そう思うのに、ティアナディアの手は動かなかった。
そして、ついに言葉は続けられる。
「ベリウスを殺したのは、君が元の世界で共に旅をしていた少年――つまりは、今のベリウスの魂だ」
りゅうゴンは刻み付けるようにゆっくりと言った。
「……っ、そんな」
りゅうゴンはティアナディアが真実に気づいていないと言った。
ティアナディアを救ってくれた、あの少年がティアナディアを騙していると言う。酷い裏切り行為をしていると。
それがティアナディアを不幸にするのだと宣った。
だから、どんな真実が飛び出してくるのだろうと身構えた。
それが。
「その程度ことだったとは驚きです。もちろん、知っていますよ? あなた程度が知っているご主人様のことを、わたしが知らないわけないでしょう」
りゅうゴンはポカンとしていた。
ぬいぐるみなので表情はわからないが、おそらくそうだろうと思った。
「そんなことだと!? 君に取ってベリウスは最愛のッ」
「ええ、そうですよ」
りゅうゴンの言葉を遮って、魔法鞄からとある日記帳を取り出した。
「……それは」
「ベリウス様は毎日欠かさず日記を付けてしました。前の世界では一度も中身を見せてくれませんでしたが、こちらに来た時、真っ先に盗んじゃいました♡」
ここが似て非なる世界の過去の時間軸であることはすぐにわかった。
同時に、ベリウスの中身があの少年であることにも気が付いた。
わからなかったのは、ベリウスのことだ。彼の死は不可解だった。だから、知りたかった。何を考えていたのか。どういうつもりであの結末を迎えたのか。
彼の真意を知るためには、あの日記帳を見るのが手っ取り早いと思った。
案の定、そこにはティアナディアが求める情報があった。
「ここに全て書いてあったんです。だから、何もかもこの世界に来た時から、わたしはぜーんぶ知っていたんですよ?」




