表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/100

第96話「天使の子」


「あら、ワタシも捨てた者じゃないですね。まだ天から見放されてはいいないようです」


 満身創痍のネーラがくすりと笑った。

 ベリウスはネーラの企みを悉く看破し追い詰めた。


 だが、最後の最後、狙ったようなタイミングで彼女の配下から連絡がきた。配下――オデットとオディールはプロトラドンを打ち倒し、石板の下まで辿り着いたらしい。


 加えて、映像に見慣れた銀髪が映る。

 ティアナディアだ。彼女はふらふらと引き寄せられるように、石板の下へ向かっていた。こちらから表情が見えないが、普段の様子とは明らかに異なっていた。


「……っ、最悪だ」


 浅はかだった。

 プロトラドンを倒されたことも、そこにティアナディアが向かったことも、あり得た未来だったはずなのに高を括っていた。


 原作ゲームでは、ティアナディアは自分の出自を知らなかった。それは、■■が独自に発見した彼女の独自ルートでも同じだった。


 だから、わからないのだ。

 その事実を知った時、彼女がどういった反応をするのか。


 己が天使ミカエラの子供だと知った時、何を思うのか。


「褒めて差し上げましょう、オデット、オディール、よく頑張りました」


 ネーラは優雅に立ち上がると口元の血を拭って笑った。


「さて、なかなか面白い展開になってきましたね、ベリウス。あなたは知っていたのですか? 知っていたから、そんなに苦い顔をしているのでしょうね」

「貴様の目的は初めからこれだったのか」

「金のクロックローチを倒した先にあるものを確認するという意味ではそうでしょうか。半信半疑でしたが、あなたのその顔が見られただけで頑張った甲斐がありました」


 やはり、この街の異変は全て彼女の仕業だったのか。

 冒険者たちをティタウィンの聖墓に集め、金のクロックローチを狙わせた。

 誰かが実際に金のクロックローチを倒してもいいし、倒せなかったとしても集まった冒険者たちはベリウスとの戦闘で利用できる。


「ふふ、だから、気づいた時にワタシを葬っておけばよかったのに」

「…………」

「それとも、下手にワタシに手を出して、変態メイドの記憶を弄られるのが恐ろしかったですか? たしかに、ワタシならそれくらいの嫌がらせはしますね」


 ネーラは魔法鞄から王座のような豪奢な椅子を取り出し、腰を掛けると、「まあいいでしょう」と言葉を続けた。


「ワタシの配下に加わってください。断れば、変態メイドの秘密をまず他の七魔皇に過不足なく伝えます」

「……っ」

「そうしたら、どうなるでしょうね。天使の子供なんて危険分子は殺してやろうとするでしょうか? クラウディアあたりは解剖して隅の隅まで調べ尽くして、最後には合成魔獣キメラにでもしてしまいそうですね。誰の手に渡ったとしても、楽には死ねないと思いますよ。ああ、可哀想に。さすがのワタシも心が痛みます」


 想定していた脅し文句だが、それだけに判断に迷った。


『ちなみに、ボタン一つで他の七魔皇全員と通信が繋がるの! 下手抵抗は止めておいた方がいいの!』


 通信水晶の向こうから、オデットの声が響いた。


 ここでの最善手を考える。

 ここでネーラを倒すことは可能だ。


 だが、オデットとオディールは七魔皇に石板の情報を伝えるだろう。

 向こう側の状況が正確に把握できないのがもどかしい。


 一度、ネーラの要求を飲んだふりをするのはどうだろうか。いや、そうすれば、確実に何かしら契約を持って行動を縛られる。腐っても七魔皇だ。それなりのアイテムは持っているだろう。


「楽しいですね、生きてるって感じがします」


 ネーラはベリウスの焦燥感を見透かしたように、微笑を湛える。


「自由に命を使って楽しく遊んでいる。やはり生きるとはこうでなくてはいけません。最近はこうドキドキすることも減ってしまいましたから。ベリウス、あなたはどうですか? ワタシを殺しますか?」


 映像を見やる。

 ティアナディアの背中が画面の端に映っている。

 彼女が今何を考えているのか、ベリウスにはわからなかった。


『これが切り札……』

『そうなの、お前は半端者なの。憎き天使の子として魔族からは疎まれる。きっとこれから命を狙われ続ける人生なの。お前に安寧など有り得ないの』


 映像から、ティアナディアとオデットの声が聞こえる。


『人族は大混乱するの。まさか、自分たちが信仰してきた天使が魔族と恋に落ちていただなんて笑えるの! 人族にとってもお前はあってはならない存在なの!』

『…………』

『誰もお前を必要としていないの! たとえ、ここでオデットたちを殺したとしても、どこかの誰かが絶対にお前を不幸のどん底に叩き落すの!』


 ベリウスは強く拳を握り込む。

 今すぐそこに言ってオデットの口を塞いでやりたい衝動に駆られた。


 誰もティアナディアを必要としていない?


 そんなわけがない。

 どこかの誰かがティアナディアを不幸のどん底に叩き落す?


 そうはさせないために、■■はこの世界にやってきたのだ。

 たとえ、世界中の全てを叩き潰したとしても、彼女を救って見せる。


 すぐに駆け付けて、そう言ってやりたかった。

 二度も彼女に救われたのだ。ティアナディアのために命を懸ける理由も、命を奪う理由も十分すぎるほどある。むしろ、それ以外は何もない。




『はあ、そうですか。というか、わたし自分の出自くらい知っていますよ?』




 しかし、振り返ったティアナディアはあっけらかんとした調子で言った。

「……知ってる、だと」

『……は? どうせ強がりなの』


 ベリウスとオデットの驚愕の声が重なった。


『別に強がる必要もないでございますよ? 言ったじゃないですか、わたしはご主人様のメイドでそれ以外の何者でもないのでございます。別に自分の出自がどうとか、関係なくないですか? そんなに気になります?』


 ティアナディアは、はてと首を傾げながら言葉を続けた。


『信じられないというなら、今すぐ七魔皇にこの通信を繋いでください』

『な、何を……』

『ほら、早くしてください。姉妹揃って愚鈍ですね』


 ティアナディアが、オデットに剣を付きつけながら言う。


 オデットは理解が及ばないという顔をしながらも、言う通りに通信水晶を作動させた。


 ザザと乱れた音がした後、複数のウィンドウがポップアップ。そこに映っていたのは、紛れもなくベリウス、ネーラ以外の五人を七魔皇だった。


 ティアナディアはすうと息を吸い込む。

 そして、得意げな顔で意気揚々と言った。




『わたし、ティアナディアは天使ミカエラの子供でございます! この石板がその証! さあ、殺しに来るというなら来なさい! わたしのご主人様、ベリウス・ロストスリーあなたたちを一人残らず返り討ちにするので!』




 ティアナディアはそれだけ言うとすぐに通信を切らせた。


 オデットはあまりの衝撃に目を剥いていた。

 ネーラも、ベリウスさえも同じような反応をしていたはずだ。


 七魔皇たちは、まずはティアナディアの言葉の裏を取ろうとするだろう。そして、それが真実だとわかる。わかれば、彼女を狙うのは必然だ。


 だというのに、ティアナディアは、ベリウスを信頼して宣言したのだ。


『す、すみませんご主人様……勝手なことを言いましたかね?』

「いいや、最高だ。ティアはいつも想像以上のことをしてくれる! お前は最高のスーパーウルトラメイドだ! 俺は心から嬉しいぞ」


 ベリウスを当たり前のように頼ってくれたこと。

 こちらの気持ちを正確に言い当て、代弁してくれたこと。

 気後れして踏み込めない一歩を彼女の方から踏み込んでくれたこと。


『つまり、これから心おきなくご主人様とのイチャラブ生活が~! どきどき』


 ティアナディアは幸せな未来を思い描いてか、ご機嫌なステップを刻む。

 深刻に考え過ぎていたのが自分だけだったのかと思うと少し恥ずかしい。


 あの高台で彼女は自分を必要だと言ってくれた。それは嘘ではないのだと、心の底からあなたを信じているのだと、今も示してくれた。


 だから、彼女への言葉に建前など要らない。


「そうだな、まどろっこしいことを考える必要などなかった。ティアナディアを狙う者は、片っ端から叩き潰してやる! それが、俺がこの世界にいる意味だ!」


 画面の向こうのティアナディアに想いを伝えると、改めてネーラに意識を向けた。

 豪奢な椅子に腰かけたネーラは決着を悟って、「あら」とお道化る。口調こそお道化ているが、額には汗が浮かび、その表情には焦りが滲んでいた。


「……ベリウス、冷静に話をしましょうか」

「いいや、お前のそういう表情が見られただけで満足だ」


 ベリウスはストレージから爆裂鉱を取り出すと、ネーラの口の中にぶち込む。ウヌクアルハイの岩窟で採取した、特殊な鉱石はその衝撃を引き金として爆ぜた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ