第95話「ティアナディアVSオデット・オディール2」
第95話「ティアナディアVSオデット・オディール2」
最も自信のあるスピードを貶されたことで、オディールはカッとなる。
幸い斬られたのは左肩だ。このまま斬りかかってやろうと闘氣術のモーションに入るが、その感情的な判断をオデットの声が引き留めた。
「下がるの! ――【アロー・レイン】」
シュッと空気を裂く音がした。
オディールは慌ててバックステップで後退。
オディールが居た場所からティアナディアにかけて無数の矢が降り注いだ。ティアナディアは後退することで回避。一撃も加えられなかったが、元よりオデットの狙いはオディールとティアナディアの距離を離すことだった。
「バカオディールは焦り過ぎなの。オデットたちは二人で一人、それがアドバンテージなの」
「――っ、そうだな、クソ姉貴! 二人でやったらぁ!」
「ふふ、わたしには二振りの剣がありますからね。実質二対二ではないでしょうか? そういうことにしましょう。そうしましょ」
ティアナディアが地面を蹴り、矢のスピードで迫る。
が、彼女の真上から意表を突く矢の一撃が繰り出され、急停止。
比べて、ティアナディアが走るのと同時に駆け出していたオディールは、その勢いを緩めない。オデットとは数えきれないほどの死線を共に潜ってきた。矢の一撃も予期できていたのだ。
「はぁああッ!」
オディールは勢いそのまま短刀を振るう。
ティアナディアは片方の剣でそれを弾く。
もう片方の剣を繰り出そうとするが、その剣をオデットは撃ち抜いた。剣を取り落とすことはなかったが、攻撃は止まった。
「ナイスぅ! クソ姉貴!」
その隙にオデットが闘氣術で斬りかかる。
ティアナディアは身を捩って避ける。
が、その先にオデットの矢が迫る。
「面倒な」
ティアナディアはたまらず大きく跳躍した。
空中。つまり、身動きが取れない。オデットにとっては格好の的だった。
「――【シュトゥルム・リヒト】」
幾重にも鋭い風を束ねた渾身の一矢が放たれた。
魔力は細く収束し、空中のティアナディアに一直線に迫る。
「――【空蹴】」
闘氣術を発動。ティアナディアは空中で跳躍する特殊な歩法にて矢を回避。
そのまま空中で体制を整えると、重力に従って落下。
その先にはオディールがいた。
オディールは落ち際を狙う姿勢を取る。
思考は冴え渡っていた。ティアナディアには、【廻天】がある。このままの速度計算でスキルを放てば、二度目の【空蹴】でタイミングをズラされる。
だから、三段階目のジャンプで加速することも計算に入れ、短刀を振るう。
「もう一度、【空蹴】ッ」
――来たッ!
ティアナディアは空中で足場を作り、オディールに向かって跳躍。緩やかな落下から、矢のような速度の急降下へ。
狙い通りの動きにオディールは内心ガッツポーズをする。
「浅はかだったな、銀髪メイド!」
狙いは完璧。
タイミングもベスト。
オディールが振るった短刀はティアナディア首を斬――らず、空を切った。
「は――っ?」
「――【空蹴】」
重なって、ティアナディアの静かな声がする。
三度目。
三度目の【空蹴】にて、直前で方向を転換。
ティアナディアは、オディールの背後に落ちる形で着地した。
着地したと思った瞬間には、二振りの剣は振るわれていた。
振るわれたと思った瞬間には、既にオディールは斬られていた。
「オディールッ!」
オデットの声が遠くで聞こえる。
オディールはうつ伏せで倒れ、じんわりと広がる己の血に沈む。
首から上だけを動かして、ティアナディアを見る。彼女は退屈そうにこちらを見下ろしていた。
「ど、して……連続で使えんのは一回だけのはずだろ」
「はい、だから三つ目の【空蹴】は一回目の【空蹴】です」
わけがわからず、一瞬思考がフリーズする。
「面倒なので同闘氣術を連続で発動できるスキルと説明していますが、本当はもう少し複雑なんです。二度目に発動する闘氣術は、《《一度目の闘氣術とは異なる効果が同じ闘氣術》》という扱いになります」
「……待てよ、そりゃあつまり」
衝撃の事実に思い至り、オディールは「まさか」と驚愕する。
「はい。溜めは一度目の【空蹴】発動時から数えられます。そして、わたしの【空蹴】の溜め時間は二秒です」
ティアナディアは指を二本立てる。
デタラメだった。そんな可能性は既存の情報から考えられる範囲を逸脱している。それに、【空蹴】の溜め時間が二秒というのもおかしい。
「……すごい、メイド長がここまで強かったなんて」
邪魔にならないように待機していた、シグレが呟く。
オディールは体から血が抜けていく感覚と共に、敗北感が怒りを上塗りしていくのを自覚していた。きっと、ティアナディアの情報の全てを知っていたとしても勝てなかっただろうと思う。
悔しいが格が違った。
「……クソッたれが。アタシより速いヤツなんて初めて見たぜ」
「はい。わたしもわたしより速い人は見たことないですね」
「……あんたレベルは?」
「七十です」
「……っ、そうかよ」
想像以上の差にもう抗う気力は完全に失せた。
オディールとオデットのレベルは五十五。十五は誤差で済ませられる数字じゃない。
「では、もう戦う気もないようですので、さようなら」
ティアナディアが漆黒の剣を振り上げる。
「わりぃ……姉ちゃん」
オディールは短刀を離して、そっと目を閉じた。ひゅっと風切り音が聞こえる。死ぬときは案外呆気ないものだなあなんて思っていると。
ガキン。乾いた金属音が響いた。
「バカオディールッ!」
目を開くとそこには、弓で漆黒の剣を受け止めるオデットの姿があった。
「勝手に諦めてるんじゃないの! 妹の命は姉であるオデットのものなの! オデットの許可なく死ぬとか有り得ないの!」
オデットは両手で弓を支え、必死に漆黒の剣の一撃を受け止めている。ティアナディアは涼しい顔で押し込むが、負けてなるものかとオデットは吠えた。
「……姉ちゃん」
「オディールは天才なオデットに任せて寝てるがいいの」
「ふむ、二人一緒の方が斬りやすそうですね?」
「ぬかせッ、なの! こっちにはまだ切り札があるの」
オデットは漆黒の剣を押し返すと、オディールを回収して素早く後退した。
オディールはオデットの言葉に思い当たるものがあった。咄嗟に背後の石板に視線が行きそうになるのを堪えて、魔法鞄から映像投影型通信水晶をオデットに渡した。
受け取ったオデットは「さすがなの」と言って、迷いなくそれを起動。
「何かと思えば、切り札がそれですか?」
「はッ、そう言ってられるのも今の内なの。別にオデットたちは、ベリウスのメイドを倒すために、こんなところに潜ったわけじゃないの」
通信水晶から映像が投射され、眼前に映し出される。
「ネーラ様! 聞いて欲しいの! オデットたちは衝撃の事実を突き止めたの!」
オデットが通信水晶で呼び出したのは、オディールたちの主人であり、七魔皇が一人、ネーラ・ビシオンセイスだった。
たとえ、オデットとオディールがここで殺されようとも、掴んだ情報を外に持ち出すことができれば、その価値がある。
魔族と人族のパワーバランスを変え得るこの情報を。
「お前は自分がどうやって生まれたのか、その本質を、正体を知っているの? ただの魔人種じゃないことくらいは気づいてるはずなの」
「はあ、正体も何も……わたしはご主人様のメイドですよ、としか」
反応からして、ティアナディアは己の出生を知らないのだ。もしかしたら、ベリウスが近くに居たのも、この事実を隠蔽するためだったというのは考え過ぎだろうが。
だが、これで交渉の余地が生まれた。
「これを聞いても同じように言えるのか楽しみなの」
オデット意図に気づいたシグレが、ハッと息を呑む。
「メイド長! 石板を見ちゃダメです!」
「もう遅いの! オデットたちは、遺跡の奥で石板を見つけたの! そこに刻まれていたのは、ベリウスのメイド、ティアナディアの正体!」
オデットは喉を絞って必死に叫ぶ。
ティアナディアの視線は正面にある、石板を向いていた。刻まれた文字は読めたようで、「ぁ」と短い声を漏らして硬直した。
「天使ミカエラは魔族と恋に落ち子供を作った! その子供がティアナディア! 彼女は長いことこの場所に封印されていた、天使ミカエラの実子なの!」




