第92話「黒の災禍2」
ツルプルルに闘氣を吸い取られ、一部の冒険者たちは既に満身創痍だった。
意図したことではないが、ツルプルルのおかげで少し楽ができそうである。
どんな時でも余裕綽々としていたネーラに焦りが滲んでいた。これまでの流れが彼女の想定外であることは、その表情が語っていた。
「ふふ、いいでしょう。試して見ましょうか、ワタシのお友達と根競べを!」
「ハッタリを掛けるなら、もっと表情に気を配れ。らしくないぞ、ネーラ!」
「あらあら、あらあらあら、ワタシは追い詰められているのですね! こういうのは久しぶりでドキドキしてしまいますね、ベリウス!」
ネーラが腕を振り上げ号令をかけると、冒険者たちは鯨波を上げて迫りくる。それぞれの武器を持ち、借り物の怒りを胸に武器を振るう。
数百という冒険者が、ベリウス一人の命を狙って押し寄せてくる。
剣閃がベリウスを捕らえ、風のような矢の一撃が頭部に直撃し、大斧が振り下ろされる。
しかし、その全ての攻撃はベリウスを傷つけることはなく、身代わりとなって魔力が消費される。
しかし、それも被ダメージ時のMP回復効果ですぐに満ちる。
「全てが無駄だと気づくまで、コイツらを殺し続ける」
【加速】で二倍の魔力を支払い、無詠唱で魔法を発動する。
地獄の業火が冒険者たちを飲み込む。肉の焦げる不快な香りに、ちりちりと皮膚を焼く熱波が広がる。次々と悲鳴が上がり、倒れ込む冒険者によって道ができる。
だが、その間隙もすぐに後方から押し寄せる冒険者によって埋められる。
仲間の死を悼むことも、圧倒的な魔法に怯むこともせず、まるで操り人形のように冒険者たちは突撃してくる。
いや、まるでじゃない。こいつらはネーラの操り人形だ。
ベリウスを殺す動機などなく、ネーラに恩などなく、ただ利用されるだけの哀れな存在だった。
「だが、関係がない。悉くを蹂躙してやる!」
ベリウスが放った風の刃がどこまでも伸び、冒険者たちの首を切断する。血が噴き出し、視界一面が真っ赤に染まる。
その血を被って、我先にと冒険者たちはベリウスに迫る。
ベリウスは毒沼を出現させて、彼らの歩みを止める。それでも、彼らは駆けるのを止めない。沼に沈んでいく冒険者の背中を踏みつけて、こちらを目指して走りくる。
無数の小さな土槍を撃ち出して蜂の巣にする。冒険者共の体に穴が開き、走る勢いのまま顔面から地面に倒れ込む。
死体が山のように連なり、溢れ出た血で池ができる。
冒険者たちは、その屍山血河を乗り越えて、ベリウスは憎き敵だと吠えて斬りかかってくる。
だが、その刃がベリウスを傷つけることは未来永劫有り得ない。
「魔法が使えるならば、ベリウス・ロストスリーに敵う者はこの世界に居ないだろう――【プロミネンス・ピラー】」
詠唱を破棄して、矢継ぎ早に魔法を発動する。
轟々と燃え盛る炎の柱が屹立し、冒険者たちの死体を飲み込み、血を干上がらせ、正者の命さえも焦がし尽くす。彼らの悲鳴さえ飲み込んで灼熱は辺りを埋め尽くした。
「【ボレアスの矢】――ッ」
台風のような巨大な風の矢が現れ、集団の中心に落ちる。肌を裂いて、散る鮮血を巻き上げ、鋭い刃の如き風が渦を巻いて爆発する。飛散した肉片がベリウスの頬にびちゃりと付着した。
「【ルミナ・グラディウス】――ッ」
目を覆うほどの眩い白光が煌めいた。その瞬間、いくつもの頭が首からズレて落下した。上半身と下半身が綺麗に別たれ、あちらこちらで真っ赤な華が咲く。
「何が希望だ。細い勝機をどこに見出だしている。全てを潰せば満足かッ! ことこん付き合ってやるから、死ぬ気で来いよ」
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
魔法を唱える度に幾つもの命が消える。
それでも、ネーラの【改変】によって洗脳された冒険者たちは歩みを止めない。
次から次へとやってくる冒険者たちの肉の壁に阻まれて、ネーラの表情は見えない。だが、声は聞こえた。ネーラは笑っていた。
「ふふふ、はははッ、容赦がないのですね。惚れてしまいそうです」
「俺は悪役だからな――ッ、【プロミネンス・ピラー】」
再び放った炎の柱が容赦なく冒険者たちを焼き尽くす。
もう聞き飽きた絶叫が響き、燎原の上に炭化した肉の塊が転がった。
冒険者の底も見えてきた。無限のように湧き出ていた冒険者は視界に収まるほどに減り、ネーラの顔もようやく露になる。
彼女は絶望していなかった。艶やか唇を濡らし、杖を構えた。
腐っても七魔皇。
固有スキルの【改変】は強力だが、素の彼女が弱いというわけではない。ステータスに刻まれたレベルは七十七。原作より遥かに高い――この世界で対峙した者の中で最も優れた数値だった。
「ふふ、あなたが悪ならワタシが正義ですね。ワタシはワタシのために死んでいった不自由なお友達のために戦うとしましょうか。あなたも随分魔力が減ったようですから」
ネーラの体から闇色の燐光が弾ける。
「我は救いを拒む者。我は絶望を開きし者。昏き底より出でる門よ、沈黙の鎖を破り、絶叫を引き裂け――」
詠唱を始める。
ネーラの黒髪が逆巻き、その瞳に鈍い光が灯る。
魔力の余波に大地がどよもし、大気が震える。
素の詠唱には聞き覚えがあった。
原作ゲームでは有名な魔法だ。
上から二つ目。初級、中級、上級、超級の次――。
「ほう、この世界のネーラは聖級魔法を使えるのか」
「数多の怨嗟よ、湧き上がれ。舐り、侵し、生を奪い尽くせ。開け、地獄の門よ――」
同時に、残った冒険者たちが捨て身で駆けてくる。
だが、ベリウスは一顧だにせず、ただネーラだけを視界に収めて杖を構えた。
ネーラの詠唱が終わろうとしている。
だが、関係ない。
その魔法の名は――。
「――【地獄門から這いずる腕】」
ネーラよりも前に、ベリウスが魔法名を発した。
「――ッ、後出しで」
ベリウス背後に地獄の門が現れる。
門を閉じた黄金の鎖が弾け飛び、深淵へと繋がる扉が口を開ける。その中身はまさに地獄。死者の魂を搔き集めて煮詰めた最悪の箱。
「あれだけ魔法を使ってまだ聖級の魔法が無詠唱で撃てるというのですか……同じ七魔皇でここまでッ、ベリウスぅううう!」
ネーラが初めて顔を歪め金切り声を上げる。
全く同じ、それも聖級の魔法を先打ちされる、これほど屈辱的なこともない。
「畏怖せよ、二度とふざけた勘違いができないように格の違いを見せてやるッ」
門の中から闇が溢れた。
それは腕の形をしていた。闇の奔流が無数の腕となりネーラに殺到する。数えきれないほどの腕が連なり、冒険者たちを飲み込み、それは津波のようにうねりながら空間を侵すように広がって、やがて視界の全てを飲み込む。




