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第93話「黒の災禍3」


【地獄門から這いずる腕】はその攻撃力もさることながら、最も特徴的なのは防御不能だという点だ。盾などの物理的な防御、魔法を使った壁なども貫通し、その体に直接ダメージを与える、不可避の全体攻撃。


「魔法の選択は悪くなかったが、俺に魔法で挑むという選択が悪手だったな」


 冒険者も、その死体も、彼らが落とした武器や防具も、ベリウスが作り出した燎原も全て闇の奔流が蹂躙し、辺りは漆黒の瘴気で覆われていた。


 先が見通せない程に闇は濃く、徐々にそれが薄まると、奥にゆらゆらと立ち上がる影が見えた。


「ワタシたち魔族は赤き竜に魔力を捧げるために戦うことを義務付けられている」


 ネーラの静かな声が響く。

 闇の中から、瘴気を切り裂いてネーラが姿を見せる。


 聖級の魔法を受けたというのに、ダメージは最低限しか受けていなかった。


 遅れて、彼女の付けるペンダントの魔石が砕けていることに気づく。あれは、魔法攻撃を肩代わりするレジェンド級の装具だ。ベリウスとの戦いに備えて搔き集めたのか、それを計三つ装備していた。


「自由ってなんだと思いますか? ワタシ考えたんです、最も多く他人の自由を奪った者こそが最も自由な人なんじゃないかって」


 既に詠唱を終えたネーラが、大きく目を見開く。

 彼女は淫魔種――その特性は、状態異常付与率の高さ。


 つまり、それこそが彼女の真骨頂であり、十八番だった。


「ワタシ、元々あなたとは戦うつもりだったんですよ? だって、最も自由なあなたの自由を奪いたいから――【宵闇の魅了クレセント・チャーム】」


 ネーラの背後に浮かぶ巨大な眼が開き、ベリウスを捕らえる。

 それはベリウスを誘惑し、意のままに操るための精神操作の魔法。


 しかし――パリン。


 乾いた破裂音が響き、《《ネーラ》》がその場に頽れた。


「ど、して……そんな、ワタシの魅了が」


 ネーラは息を荒くし、熱っぽい表情でこちらを見る。顔は僅かに上気し、汗ばんでいる。落ち着きのない様子でもじもじと体を動かす彼女は、悔しそうに唇を噛んだ。


 状態異常――発情、魅了。それぞれレベルはマックス。


 発情に関しては、原作ゲームでは見なかったバッドステータスだ。ネーラのレベルの変化もそうだが(こちらはストーリーの都合上低くされていた可能性はあるが)、興味深い齟齬がいくつかあった。


「俺だって多少の準備はしているさ」


 そう言って、ベリウスはブレスレット型の装具を見せた。

 等級はレジェンド、その効果は魔法の反射。


【宵闇の魅了】はベリウスを捕らえることなく、ネーラに跳ね返った。


 結果は熱っぽい彼女の表情を見れば明らかだろう。


「下品な魔法だ。自らの魔法にかかるなど情けない、七魔皇の風上にも置けんな」

「はあはあ……っ、ふふ、体が熱い、こんな屈辱を受けたのは初めてです」


 座り込んだネーラは胸を抱いて身を捩り、だらしなく開いた口からは唾液が垂れている。体は更に熱を溜め込んでいるのか、汗の量は増していた。心なしかベリウスを見る目もとろんとしているようだった。


「この程度で屈辱? もっと想像力を働かせたらどうだ。お前はこれから一生俺に逆らえないぞ」

「ふふ、それは少し思い上がり過ぎではありませんか……? ワタシはまだ二回あなたの魔法を耐えることができます。その間に……ふふ、悔しいですが、逃げ遂せることくらいはできますよ」


 ネーラは残り二つのペンダントを指で弾いた。

 たしかに、それがあればベリウスの魔法をある程度無効化できるだろう。


 《《魔法は》》


「言っただろう、多少の準備はしてきたと」


 ストレージからある物を取り出すと、ネーラは驚愕に目を見開いた。


「まさか……っ、その中身は」


 マジックスクロール――冒険者ギルドで受け取った二つのうち、もう一つ。


「そのまさかだ。お前はなんと言ったんだったかな……そうだ、お前のことは一生扱き使ってやるよ、ネーラ・ビシオンセイス」


 ネーラの言葉を思い出しながら言うと、ベリウスはマジックスクロールを使用した。

 中のスキルは【ダイヤモンド・セイリオス】。


 ティアナディアに頼み、込めて貰った闘氣術アーツだった。


「――ッ、あは、はは……あははははははははははッ」


 ネーラは壊れたように高笑いする。

 彼女を襲うのは天から振り下ろされる、瞬く間の六連撃。


 ティアナディアが込めた極上の闘氣術アーツがネーラを貫く。鮮血が舞い、ネーラは短い呻き声を上げ、膝を付いてその場に崩れ落ちる。


「……っ、ふふ、はは、ここまで血を流したのは久しぶりですね」


 ネーラは傷だらけだが、HPは三分の一近く残っている。

 もし、これがゲームなら回復ポーションの仕様は状況によって迷うだろうし、仕様で多少の行動速度は落ちるものの、痛みも恐怖もない冷静な頭で思考ができた。


 だが、現実はそうじゃない。

 HPが残っていれば死なないが、死なないだけだ。


 痛みがある。

 痛みの先には死がある。

 勝負は数値上の有利不利だけで決まるわけではない。


 ベリウスは先日の高台での戦いで、それを嫌というほど思い知らされた。


「終わりだ。お前は俺が支配する」


 そう言って、ネーラに手を翳す。

 すると、視界の端で軽快な音楽が鳴り、光が発せられる。それは、ネーラの懐から零れた映像投影型通信水晶だった。空間に荒いリアルタイムの映像が映し出される。


「ネーラ様! 聞いて欲しいの! オデットたちは衝撃の事実を突き止めたの!」


 そこには、黒精種ダークエルフの双子の少女が映っていた。


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