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第87話「魔禍の冠」



 大槌が振るわれる。


 双剣の二連撃が迸る。


 身の丈ほどある巨大な槍が迫る。


 刀の細い糸のような一閃が駆け抜ける。


 大剣に重力の加勢を受けて振り下ろされる。


 数えきれないほどの矢が雨のように注ぎ、巌のような拳が振り抜かれる。


 全ての攻撃をベリウスは真正面から受けた。

 躱すことも、受け流すことも、受け止めることもしない。


「まだ続けるのか?」

「ええ、もちろん」


「無駄だというのがわからないのか? 俺の固有スキル【魔禍の冠】は、魔力を消費することで受けるダメージを肩代わりする。続けたところで傷一つ付かないぞ」

「つまり、魔力が尽きるまで攻撃を続ければいいわけですね」


 ネーラは動じることなく、言った。

 実際、それができるほどの戦力をネーラは揃えていた。


 数えきれないほどの冒険者が彼女の手足となり、次から次へとベリウスに襲いくる。到底一人で捌ける量ではない――普通なら、そうだろう。


「無駄だと言ってるだろう。俺は被ダメージ時に魔力が1021回復する。お前が集めた雑魚共の攻撃では、俺の魔力を削りきることはできない」


 つまり、ベリウスが削られたMPは、その瞬間に全て回復しているのだ。

 この世界には、被ダメージ時にMPを回復する魔纏の他、同条件でHPを回復する魔纏も存在する(ベリウスは取得していないが)。その場合の回復数値は被ダメージからの割合だったり、定数だったりするのだが、基本的にMPほど回復はしない。


 それに特化した職業も存在するが、基本的にはHPを自動で回復する魔纏は貴重なのだ。

 だが、ベリウスは【魔禍の冠】の効果でMP回復量がHP回復量と同義である。


 ちなみに、装具やスキル、職業などの数値によって左右されるため、大まかな指標でしかないが、1000のダメージをベリウスに与えようとするなら、上級職であることは必須だと考えていいだろう。


「ハッタリですね」


 しかし、ネーラは冷静だった。


「ほお、なぜそう思う」

「傷を負った際に、魔力が回復する魔纏の存在は知っています。たしかに、あなたの回復量は驚異的ですが、その魔纏自体は珍しいものではない」

「ああ、その通りだ」

「なら、やはりあなたの魔力は減り続けている。傷を魔力が肩代わりしているのでしょう? つまり、あなたは《《ダメージを受けていないのだから魔力も回復しないはずです》》」


 MP回復の魔纏の発動条件は、被ダメージ時。

【魔禍の冠】でMPがダメージを肩代わりしているのだから、そもそも被ダメージ時という条件では魔纏は発動しないのではないかと言いたいわけだ。


「くく、ははッ、なるほど、なるほど。それは申し訳ないことをした」

「何がおかしいのですか?」


 ネーラの表情に初めて苛立ちが浮かぶ。

 たしかに、そうだった。ゲームを始めた頃は、自分もその辺りを勘違いしていた。理不尽だと思ったこともあったし、逆に助けられたこともあった。今回は後者だ。




「魔力回復の魔纏は発動するさ。なぜなら、俺はゼロダメージを受けているからだ」



「……は? ゼロ? ダメージ? ……それは受けていないということでは」

「いや、傷を負っていないだけで、ダメージは受けている。そういう判定だ」


 ネーラの表情に強い困惑の色が滲む。

 ゲームならば、体力や魔力、与えるダメージなどが全て数値化されているだが、ここは現実だ。混乱するのも無理はない。傷を負っていないのだから、ダメージなどない。そう考えるのが当たり前だし、それが見たままの答えだ。


「そもそも、MPを全損させた後はどうするつもりだったのだ? 貴様の考えた通りだったとしても、HPが削られれば被ダメージ時の条件は満たされるぞ」


 とはいえ、ベリウスの素の体力はかなり低い。削る方法もなくはないだろう。低いと言っても、このレベルにしてはという話ではあるが。


「ですが」


 ネーラは冷静さを主張するように髪先を手の甲で払った。


「あなたが魔法を使えないことには変わりありませんよ。まるで勝ち誇ったような顔をしていますが、あなたがワタシを害する方法はないわけです」

「つまり、膠着状態に陥ると?」

「あら、そうなってしまいますね。では、根競べを始めましょうか」


 ネーラが指を鳴らす。

 すると、冒険者たちが獣のように吠えた。それぞれの武器を力強く握り締め、親の仇でも見るような血走った目でベリウスを睨め付ける。いや、ようなではないのかもしれない。ネーラの【改変ペイント】を使えば、それも不可能ではない。


「改めて恐ろしい固有スキルだな」

「ふふ、これでも七魔皇の一人ですから」


 ネーラは魔法鞄から、繊細な意匠が施された豪奢な椅子を取り出し、腰を掛けた。ゆったりとした動作で脚を組むと、頬杖をついてニコリと笑った。


「あなたの魔力が潤沢なのは十分理解しました。はてさて、精神力の方はどうでしょうか。ワタシのお友達は倒れるまで戦いますよ。一日中でも、三日三晩でも、一週間でも。その間、ワタシは優雅にお茶でもして待っているとしましょう」


 ネーラは両端に冒険者を侍らせると、ティーセットを用意させた。

 簡易的なテーブルからポット、クッキーなどの焼き菓子まで取り出して、完全な別世界が形成されていた。


「あら、美味しい。この戦いが終わったら、あなたのメイドにも給仕をさせましょうか。変態メイドでも容姿だけは優れていますし、今より格の高い主人に仕えられて彼女も喜ぶこと間違いなしです」


 頬に手を当てて、ネーラは顔を綻ばせる。

 なるほど。三流魔族も他人を煽ることに対しては天才的だ。


 ただ、その相手を間違えた。尻尾を撒いて逃げていれば、もう少しは延命できたものを。一つの判断の誤りで、ネーラは今日全てを奪われる。


「それで、ここからどうするつもりだ?」

「あら、聞こえませんでしたか? それとも理解ができませんでしたか? あなたが根を上げるまで戦いを止めないと言っているんです。幸い、金のクロックローチのおかげで冒険者は掃いて捨てるほどいますから」

「その後はどうすると聞いているんだ」

「はあ? それで十分でしょう」


 ネーラはやれやれと嘆息する。


 いくらベリウスでも何日も意識を保って戦い続けるのは、精神が持たないだろうという算段らしい。たしかに、実際そのシチュエーションになって耐えられるかは怪しいところだが。


「驚いたな。俺を陥れる策を必死に考えてきたのだろうと身構えていたのだが、まさかもう何もないのか。随分舐められたものだな」


 ネーラは、怒りからピクリと眉を動かした。


「あら、負け惜しみでしょうか」

「なんだ、俺の言葉が理解できなかったか? お前の負けだと言っているんだ、ネーラ」


 言うと、ベリウスはストレージからマジックスクロールを取り出した。


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