第85話「ネーラVSベリウス」
第85話「ネーラVSベリウス」
ネーラの固有スキル、【改変】は、対象の記憶に自身の存在を刻み込む。
その効果により、ベリウス、ティアナディア、シグレ、ツルプルルは、フンカルという架空の仲間の存在を認識した。
一度も共に冒険などしていない。共に敵と戦ったこともない。ベリウスが自らの死の真相に気づくきっかけフンカルの存在は関係なかったし、高台でカンデラ率いる騎士団と戦った時もその存在はなかった。
全てはネーラが植え付けた、虚構の物語だった。
「参考までにいつから気づいていたのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「初めから怪しいとは思っていたさ」
原作ゲームの世界に、フンカルなどというキャラクターは存在しなかった。
どうやら、彼女が介入できる記憶は、■■がこの世界に転生してからのものに限るらしい。
「だが、決定的だったのは……」
ベリウスはストレージから、とあるアイテムを取り出し、起動する。
「これは……あなたの様子が記録された映像でしょうか」
「そうだ。これはティアが俺を盗撮……記録したものだ」
迷宮に来る前にティアナディアから没収した、記録した映像を再生するアイテムだった。これでティアナディアは、ベリウスの行動を逐一記録していた。
ベリウスを守るために必要なことだったと弁明をされたが、彼女の熱の籠った瞳からはなぜだろうか、邪な欲望が見え隠れしていた。
「……盗撮、はあ……あの変態メイドの考えることはよくわかりませんね。これがどうだというのです?」
「気づかないか?」
ベリウスは映像を早送りで再生していく。
それはベリウスたちが王都を発ち、迷宮都市ラスアルゲティまでの道中、また、迷宮都市内での行動が記録されていた。
基本的には、ベリウスを中心に、その周りの光景が広く写されている。
王都でティアナディアと二人で買い物をするベリウスの姿。道中、シグレが謎の祈りをベリウスに捧げている姿。焚き火を囲って暖を取るベリウスに触手を絡めるツルプルルの姿。迷宮都市内で、並んで歩くベリウスとフンカルの姿、などなど。
映像が最後まで再生され、止まる。
繰り返し冒頭から再生が始まると、ネーラは何かに気が付いて、呆れたと息を吐く。
「……なるほど。変態趣味も役に立つものですね」
ネーラはフンカルとして、ベリウスたちのパーティーに合流した。
果たしてそれはいつだろうか。
ベリウスの記憶では、王都で破滅エンドを回避するために翻弄していた時から、彼女はいた。彼女の助言でベリウスの死の秘密に気が付いたし、高台での戦いでも助けられた。
だが。
「王都や、王都から迷宮都市の道中で、フンカルの姿は一度も映っていない。記憶と記録に齟齬が出たら、俺は記録を信じるぞ。お前の【改変】は知っていたからな」
一度も映っていない――当たり前だ。
その時点では、フンカルは王都にいなかったのだから。
ベリウスがフンカルと過ごした記憶は誤りなのだから。
「あら、なかなかうまくいかないものですね」
原作ゲームでは、勇者パーティーに潜り込んでいた。
だから、勇者であるユーリが合流する、ルゥプという少女を攫ったが、彼女はネーラではなかった。
ネーラはその隙にフンカルとして、ベリウスのすぐ隣に居たのだ。
なぜ原作と齟齬が生じたかは気になるところだが、それは後でゆっくり聞けばいい。
「でも、不思議ですね」
「何がだ」
「気づいていたなら、なぜすぐに手を打たなかったのですか? そうすれば、こうして罠にはまることもなかったでしょう?」
ネーラは一帯を囲うクリスタルを見て、くすりと笑った。
まんまと陥穽に陥れてやったとでも言いたげな彼女を見て、失笑が漏れる。
「この程度で罠だと? 手を打たなかった理由など一つしかないだろう? 必要がなかったからだ」
「あら、よく聞こえませんでした」
ネーラはニコリと笑う。しかし、その目は凍てつく怒りに満ちていた。
「ならば、もう一度だけ言ってやろう、ネーラ・ビシオンセイス。貴様の猿知恵程度正面から叩き潰してやると言っているんだ」
ベリウスは杖を構え、先をネーラに向ける。
ネーラはベリウスと同じ、魔導系の職業だ。ならば畢竟、二人の戦いは魔法の打ち合いになる。となれば、固有スキル【加速】によって詠唱を破棄できるベリウスが圧倒的に有利だ。
しかし。
「…………」
杖から、あの強力無比な魔法が放たれることはなかった。
僅かにベリウスの表情が曇るのをネーラは見逃さなかった。
「ふふ、あはははははは――ッ、叩き潰す? 面白い冗談ですね、ベリウス・ロストスリー! 魔法を使えないあなたがどうやってワタシを倒すというのですか」
ネーラは腹を抱えて大笑いをする。
もう一度、二度と魔法の発動を試すが、うんともすんとも言わなかった。
ベリウスは魔法が使えなくなっていた。
存在する全ての魔法を扱える可能性のある、最強の固有職業、魔導皇帝。加えて、倍のMPを払えば詠唱を破棄できるインチキスキルまで持っている。
だが、いくらベリウスと言えど、魔法が使えないとあれば攻撃手段はない。
「……このクリスタルはやはり」
「魔封じの函――クリエイター級のアイテムです。すごいでしょう? このクリスタルの範囲内に存在する者は魔法が使えなくなるんです。けれど、物理攻撃への耐性が非常に高いので魔法でしか壊せません」
ネーラは上機嫌に語る。
「強力だな。理不尽なくらいに」
「魔法が使えないのも、この効果範囲内の話です。外側から壊そうとすれば案外簡単に割れてしまいますよ。外に魔法を使う誰かいればの話ですが」
ネーラの視線を追って壁の方を見やる。
外にはティアナディアが居たはずだが、彼女が使うのは闘氣術、つまり物理攻撃だ。それでは、クリスタルは壊せない。
ネーラはそこまで計算していたのだろうか。
「あらあら、困りましたね。ところで、七魔皇が一人、ベリウス・ロストスリー様? 魔法が使えないあなたに価値はあるでしょうか?」
わざとらしく、「まあ」とネーラはお道化てみせる。
思い通りに事が運んだことが余程嬉しかったと見た。
「そうは言うが、効果はこの範囲内に有効だ。魔法が使えないのはお前も一緒だろう? まさか、俺と同じ魔導系のお前が剣を握るというわけではあるまい」
「まさか」
ネーラがパチンと指を鳴らす。
すると、背後の塞がっていない方の通路から、ぞろぞろとゾンビのような足取りで冒険者がやってきた。
彼らはそれぞれ剣や弓などの武器を構えており、血走った目でベリウスを睨め付けている。ふーっ、ふーっ、と荒く息を吐く彼らは、とても正気とは思えなかった。
「もちろん、ワタシも魔法は使えません。ですが、既に使用した魔法が解除されるわけではないんですよ」
「【改変】による洗脳か」
「あら、洗脳だなんて物騒な! 彼らはワタシのお友達ですよ。みんなワタシに深い恩を感じてくれているみたいで、言うことを何でも聞いてくれるんです」
冒険者たちは、それぞれ武器を掲げてネーラの言葉に賛同する。
「もちろんだぜ! ネーラさんには妹の命を救って貰ったんだ!」
「私もネーラさんがいなければ死んでたからね。ふふ、これくらいお安い御用よ」
「ああ、ネーラ様が敵だっつうなら、俺の敵でもあるしな!」
だが、どの言葉も空虚で実態のある熱を伴わないものだった。
当たり前だ。彼が口にする全てのことはネーラによって植え付けられた偽物の記憶だからだ。
「いい身分だな。そのお友達とやらに戦いは任せて、貴様は高みの見物か」
「ええ、ワタシは偉くて、正しいので。戦いは相応しい者たちに任せることにしました」
「そうか。よく見れば、全員が物理職だな」
「運よく冒険者がたくさん集まっていたものですから、選り好みしてしまいまったのです。どうですか? ワタシのお友達は素敵でしょう?」
「偶然、な」
集まった冒険者を見渡してみる。
彼らが持つ武器は、剣や、斧、槍、弓と全てが物理職のものだった。初めから、魔法を封じたベリウスを袋叩きにする目的で集められたのだ。この魔法が使えない空間で、彼らだけは自由に戦うことができる。
更に後ろを見れば、数えきれないほどの冒険者が列をなしていた。
果たしてネーラはどれだけの冒険者に【改変】を掛けたのか。数百は下らないのではなかろうか。
「ワタシは正しいことしか言いません。真に心からワタシの言葉を聞けば、誰もが言うことを聞くはずなのです。ならば、【改変】を使ったとしても、多少順序が入れ替わるだけで結果は変わりません」
ネーラは天を仰ぐように両手を広げ、声高に言った。
「ワタシの言葉は正しいから、みんながワタシに従えば世界が平和になる。そうは思いませんか?」
「全く思わないな」
反吐が出る言い分だった。心底どうでもいい。
「興味があるのは、ティアのことについてだけだ。正しかろうが、間違っていようが、どうでもいいんだよ。俺はティアのこと以外考えていたくないから――死ね」
ティアナディアと分断された苛立ちも込めて、そう言い放つ。
すると、ネーラはキョトンと目を丸くして、数瞬後、おかしいと吹き出した。
「ふふ、あははは――っ、なんですか、それ! あなたそんな人でしたか? 変態同士お似合いですね。あなたの変態メイドの記憶を全てワタシで塗り替えてやるのも面白そう!」
艶やかに下を濡らし、意地の悪い笑みを浮かべる。
たおやかな指をベリウスに突き付けると、高らかに叫んだ。
「ワタシがあなたを便利に使ってあげましょう! ベリウス・ロストスリー! さあ、まずは彼を蹂躙するのです、ワタシのお友達!」




