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第84話「プロトラドン2」

第84話「プロトラドン2」


 半ば突進する形でシグレを突き飛ばす。プロトラドンの牙が振り下ろされる。


 ユーリの方を擦過。装備が破壊され、鋭い痛みが走る。ユーリを抱えて地面に投げ出される。


 だが、腕はある。

 脚もある。

 耳も聞こえる。

 両目は機能している。

 体は無事だ。


「私は生きてるッ」


 ユーリは現状を確認するように叫んで、すぐに体を起こす。

 プロトラドンの首はすぐそこにあった。


 瞬膜が瞬き、爬虫類めいた巨大な瞳がぎょろりとユーリを見る。手を伸ばせば触れられる距離。もし、竜息ブレスを放たれれば確実に殺される距離だ。


「う――っ」


 その未来を想像して、ユーリは僅かに怯む。

 しかし、そんなユーリと入れ替わるように立ち上がったシグレは、うっとりとした目をしていた。底なし沼のような暗闇と、狂信的な愛情を孕んだ危うい瞳だった。そこに恐怖は一滴だって介在しなかった。


「あぁあ……ふえへ、へへへッ、これも神様の思し召しッ!」


 シグレは己の手のひらを短剣で貫く。


 ニッと口角を歪めると、真っ赤に染まった手のひらをプロトラドンの眼球に押し付けた。


「触れれば、触れられれば、シグレのもの。シグレのものは神様のもの――我は竜に祈りし神官、竜を従えし愚者と落ちる」


 シグレは意気揚々と詠唱を始める。

 その詠唱に含まれる言葉を読み解いて、ユーリは彼女の意図を理解してしまった。

 プロトラドンの討伐。


 いや、竜喚使ドラゴンマスターの彼女にはそれ以上の手段が存在した。理論上は可能だが、か細い糸を通すような神業的な技術を要する、その手段とは。


「まさかプロトラドンを従え……」


「我が血と魂を持って宣言する。翼は地に、血は我が手の中」


 シグレの詠唱が完了する。

 プロトラドンが思い出したように喉を震わせる。


 だが、もう遅い。シグレのローブがはためき、竜種を縛り付ける血色の紋章が巣を張るようにプロトラドンの体に広がった。


「古き空の支配者よ、応えよ――【竜従のインぺリウム・ドラコ】」


 プロトラドンが絶叫を上げ悶える。

 己を縛ろうとする忌々しい印を振り払おうと頭を地面にたたきつけ、尻尾を振り回す。しかし、そうするに連れて紋章は更に濃く、その体に現れる。


「無駄ですよ」


 つうとシグレの鼻から血が流れる。

 シグレは翡翠色の目を大きく見開き、魔力を注ぎ続けていた。


「シグレさん……!」


 ユーリが心配して声を掛けると、シグレの魔力はぶわりと出力を増した。シグレの右眼からも血が流れる。だが、シグレは魔力を注ぐのを止めない。


「ふえへ、神様、神様、神様ァ! 尊いシグレたちの神様のためにッ」


 シグレは最後の力を振り絞るように、血で濡れた手のひらを強く握った。

 プロトラドンは抵抗する。しかし、その動きは確実に鈍くなっていた。首を擡げる動きは鈍重で、振り下ろした尾に力はなく、やがて、ひれ伏すように崩れ落ちる。


 爛々と輝いていた深紅の瞳からは精気が失われていき、ぐるると力なく啼いた。


 その声は、まるで参ったと白旗を上げているかのようで――。


「や、やったのか……?」


 一連の流れを見ていたオディールが、呟く。

 すると、プロトラドンの体は細かな粒子となって空に溶けていく。それはシグレが完璧にプロトラドンを調教し終えた合図だった。


「は、はい……ふえへ、プロトラドンは完璧に従えました」


 シグレはふうと息を吐いて、その場に座り込む。

 さすがにもう魔力が残っていないのか、息も絶え絶えだった。


「わ、わああ! やりました! さすがです、すごいです! シグレさん!」

「い、いえ、ユーリさんが庇ってくれた、から……えへへ」

「そんなこと、全然私なんて脚を引っ張ってばっかで――きゃっ」


 ユーリが飛び跳ねて喜びを露にすると、向こう側から走ってきたオデットがシグレも巻き込んで抱き着いてきた。満面の笑顔を浮かべ、「やった、やった」と体を揺らす。


「みんな最高なのッ! やった、やったなの!」

「たく、姉貴はしゃぎ過ぎだろ」


 そんな姉を見て、オディールはやれやれと肩を竦める。呆れたような態度をしているが、オディールの表情は優しいものだった。

 ユーリたちは、即席パーティーでティタウィンの聖墓に住まう固有魔獣、プロトラドンを討伐したのだ。


 きっと、誰もが求めた偉業の一つを成し遂げた。

 四人は誰ともなくハイタッチを交わすと、顔を見合わせて達成感から顔を綻ばせた。


 ゴゴゴ。


 そんな四人を祝福するように、この場を仕切っていた鉄格子がスライドし、元来た道と、その先の回廊が露になる。


 プロトラドンが背に抱えていた回廊の魔石灯が順に明かりを灯す。勝者を湛え、向かえるかのように明かりは暗闇の中で揺らめいていた。


「おい、クソ姉貴。この先の宝を全部ひとり占めしようなんてするなよ。これはみんなで勝ち取った勝利なんだからな」

「オデットのことをなんだと思ってるの! そんなことしないの! ちゃんと宝は山分けしてやるの」

「あ、あの……私はそこまで活躍できなかったので、取り分は少なくても……」

「そ、そんなことないです。きっと、ユーリさんの頑張りは神様も認めてくださります」

「あ、ありがとうございます……? でいいんですかね?」


 四人は和気あいあいと回廊を進む。


 すぐに次の部屋に出る。天井は高く、球形に広がった壁には所狭しと壁画が刻まれている。そして緩やかな水路に囲まれた中心には、空の柩が祀られた祭壇があった。


 辺りには投げ捨てられたように高価なアイテムが転がっていて――だが、最も目を惹いたのは、柩の後ろに鎮座した巨大な石板だった。


「えと、これは……」


 石板には羽を生やした何者かの姿と、古代文字が刻まれていた。

 ユーリには何が書かれているかさっぱりわからなかったが、シグレはそこに刻まれた絵の方に思い当たるものがあったのか、「……ぁ」と口元を覆い、ぽつりと呟いた。


「……メイド長」

「どけ! なの!」


 オデットはユーリとシグレを押し退けると石板の前に立ち、食い入るように見つめる。ぶつぶつと何やら呟きながら、何度も上から下まで視線を往復させる。


 オデットは人が変わったように表情を歪ませ、やがて笑った。


「はは、あははははッ、なるほど! たしかに、これはすごいの! 人族と、魔族と、天使と、赤き竜と! 全ての勢力図が書き換えられてもおかしくない!」


「……オデットさん?」


「苦労した甲斐があったの! これなら、ネーラ様も喜んでくれる! ここには――」


 オデットは大口を開け、長年の野望を叶えてやったぞと言わんばかりに吠える。

 そして、ゆっくりと石板の文字読み上げる。


「天使ミカエラは魔族の男と恋に落ち、子を身ごもった――その子供の名ををティアナディアという」


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