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第83話「プロトラドン」

第83話「プロトラドン」


 フンカルは短剣から手を離すと、たたらを踏むように距離を取った。


「フンカル……貴様」


 ナイフが落下し、カランと乾いた音を立てる。

 ヒュドラの血刀けっとう――斬りつけた相手を百パーセントの確率で毒状態にする、レジェンド級の装具。毒状態になれば、継続的に定数のダメージが入る。このヒュドラの血刀が与えるそれは、ベリウスが知る中でも最上級だ。


「ぐ……っ、ぶ」


 吐血。強烈な猛毒にせり上がる血に溺れそうになる。

【魔禍の冠】は与えられるダメージをMPが肩代わりする、ベリウスの固有スキルだ。そして、毒状態は、HPから定数を減らす効果というのが正確なテキストだ。


 ダメージを与える、とHPを減らす、は厳密には異なるものである判定になる。

 特定の異常状態は、【魔禍の冠】を貫通する数少ない手段だった。


「あら、その名前で呼んでくださるのですね。まだ【改変ペイント】が効いていますか?」


 フンカルは口元に手を当てて、くすりと笑った。


「いや、そんなものずっと効いていなかったさ」


 ベリウスが口元を拭うと、淡い薄緑色の光が体を癒す。


 魔纏により、毒状態が自動回復したのだ。

 弱点を自覚していながら、対策をしていないわけがない。この魔纏が発動するのは、二十四時間に一回のみだが、一度目の異常状態を確実に無効化してくれる。


「ようやく正体を現したか。待ちくたびれたぞ」


 体の調子を取り戻したベリウスは、泰然とした態度で目の前の魔族を睨め付ける。



「まだこの茶番を続けるのかとうんざりしていたところだ。七魔皇が一人――ネーラ・ビシオンセイス」



 ベリウスの言葉に、フンカルが――いや、ネーラが口角を吊り上げる。


 闇がその存在を塗り替えるように彼女に纏い、その姿を変えていく。


 纏められていた漆黒の髪は夜天のように広がり、ルビー色の相貌が爛々と輝く。

 艶やかに揺れる尾と、頭に付いた蝙蝠の羽根のような器官は淫魔種特有のものだった。


「あら、ワタシは結構楽しかったですよ。ベ・リ・ウ・ス・様♡」


 たおやかな指が柔らかそうな唇を撫で、彼女は挑発するように瞳を細めた。

 フンカルなど初めから存在していなかった。


 彼女との記憶も、思い出も、ベリウスが思う人格すらも。

 それは、彼女の固有スキル【改変ペイント】で、ベリウスたちの記憶の中にのみ生み出された虚構だった。


    ◇


 ティアナディアは漆黒と純白の剣をクリスタルの壁に叩きつける。


 しかし、何度続けても壁は不動。ヒビすら入らなかった。

 物理攻撃に強い耐性を持っている。

 だが、ティアナディアに魔法の適性はない。

 単独でこの壁を崩すのは不可能だった。


「くぅうう! わたしとご主人様を隔てるこの壁が憎いッ!」


 ティアナディアは二振りの剣を収めて、地団太を踏む。

 ベリウスの心配はしていない。彼がこの程度でどうにかなることはあり得ない。ティアナディアが彼と再会することは決まっている。


 ならば。


「ご主人様の目的を達することで褒めて貰うのがいいのでは……?」


 我ながら天才的な発想だった。

 金のクロックローチが倒された地点に向かい、黄金の扉を潜るのだ。その先にある、ベリウスの求めるものを手にして、再会した時、堂々と言うのだ。


『安心してください、ご主人様の求めるものは全てここに!』


 そしたら、きっとベリウスは感激して、こう返すに違いない。


『すごい! 天才だ! こんな可愛くて優秀なメイドは見たことがない! 結婚しよう!』


 ティアナディアは輝かしい未来を想像して、ふと表情を緩めた。


「なんて、ね」


 少し茶番が過ぎる妄想だろうか。

 だが、この想いに嘘はない――全てはご主人様のために。


「ごめんなさい、わたしやっぱり悪い子です」


 ベリウスがティアナディアのために奔走してくれているのは知っていた。

 彼は前の世界でティアナディアを救った。

 きっと、この世界でも同じなのだ。


 さて、彼は何をどこまで排除すれば、この世界を安心だと思ってくれるだろうか。もし、そうなれば、ずっと自分だけを見てくれるのだろうか。


 そうだとしたら――。


「邪魔者はぜーんぶ処分しなきゃ。メイドはお掃除が得意なものでございますから」


    ◇


 三つ目。プロトラドンの首がまた一つ、落ちる。


 残りの首は二つ。

 プロトラドンは憤怒からユーリたちに咆哮する。


 四本足で大地を踏み鳴らし、翼を広げると暴風が繰り出される。

 地面がひび割れ、礫の混じった風が叩きつけられるが、ユーリは紙一重で躱し、プロトラドンの視界に入り駆ける。


 攻撃が届くか届かないかのぎりぎりの距離を保ち続ける。


 シグレは五体のワイバーンを自在に使役し、オデットは弓を引いて氣力を溜めている。

 ここまでは順調だ。誰一人欠けることなく、プロトラドンを追い詰めている。


「毒が切れたの! オディール! もういっちょ、なの!」


「おうよ、クソ姉貴! ――【邪毒閃】」


 オディールは蝶のような軽い身のこなしでプロトラドンに迫る。体を捻って回転し、短刀による一閃を叩き込む。


 プロトラドンは許すまいと大口を開けるが、既にそこにオディールの姿はなかった。


 ――グルアアアァ。


 プロトラドンが苦痛に悶える。

 じわりとプロトラドンの体に雷のような痣が入った。オディールの一撃はプロトラドンに猛毒状態を引き起こさせた。これが、プロトラドン攻略の鍵だった。


「褒めてやるの! プロトラドンは魔法への耐性が強いの! その分、毒のダメージは半端なく通るの!」


 オデットは弓矢を引きながら確認する。

 物理攻撃による毒状態の付与を担うのが、忍刀士ニンジャであるオディールの役目だった。


 その隙に、ユーリはプロトラドンから注意を引くための一撃を放ち、すぐに離脱。回避に専念する。これで後衛のシグレとオデットにゆとりを与える。


「おっしゃ、やったれオデット!」


 オディールは二つ残った内の一つの首の注意を引きながら、サッとオデットの射線を空ける。


 長年共に戦ってきた双子の阿吽の呼吸だった。


 オデットとオディールは互いの考えが手に取るようにわかるらしい。


「もち、なの! 次は、オデットの番ッ」


 オデットは中断していた詠唱を再開し、弓矢を引き切る。

 きりきりと弦が音を立て、弓が氣力を凝縮しながらしなる。


 それは例外的に詠唱を必要とする、大弓士グランアーチャー特有の闘氣術アーツ


「疾く貫け、破滅の神弓よ――【ガーンディーヴァ】」


 オデットが弦から指を離した。

 ぶわりとオデットのツインテールが逆巻く。


 次の瞬間には矢はプロトラドンの頭部に命中。

 矢と弓を繋ぐように細い雷光が走る。その閃光を辿るように爆発的なエネルギーが爆ぜ、プロトラドンの頭部を飲み込んだ。


 皮膚が裂けそうなほどの鋭い爆風が広がり、粉塵が舞い上がる。


 巨大な竜の影が砂埃の向こうで揺れる。

 やがて、それが晴れた先にあったのは、一つの首を失ったプロトラドンの姿だった。首の断面はズタズタに切り裂かれ、うんともすんとも言わない。


 オデットの一撃は確実にヤツの命を一つ、削り取ったのだ。


 これで、残りの首は一つ。

 あれは落とせば勝ちだ。


「いける、いけるの!」


 それぞれ魔力や氣力もそこが尽きそうなほどだが、満身創痍のプロトラドンを前に、瞳はギラギラとした熱を帯びた。


 疲労を吹き飛ばすほどの高揚感と、一体感が今のパーティーにはあった。


「は、はい! このままお、押し切りま――」


 シグレが意気揚々と杖を掲げ――その瞬間、彼女の眼前にプロトラドンの首が迫っていた。優々と人一人を飲み込めるほどの大口が開き、その牙がシグレの三角帽子にかかる。


「――え?」


 完全に虚を突かれた。

 シグレは全く反応できていない。

 それもそのはずだ。全くの想定外だった。


 プロトラドンは後衛であるシグレには到底届かないほどの距離に居て、加えて、四つの脚を備えながら、そのでっぷりとした巨体のせいかほとんどその場から動かなかった。


 実際、今もヤツは一歩も動いていない。


 だだ、伸びたのだ。

 残ったプロとラドンの首だけが伸び、あり得ない速度でシグレに迫った。


「シグレさん!」


 ユーリは声を発す前に体が動いていた。


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