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第81話「オデットとオディール」

 ユーリは金のクロックローチを見失わないように必死に駆けた。


 金のクロックローチはカサカサと迷宮の壁を縦横無尽に這い、奥へ、奥へと進んでいく。

 その動きは矢のように速く、そして不規則で、捉えどころのないものだった。


「ふえへ……す、すみまぜん、ずびばぜぇぇえん」


 シグレはぜーはーぜーはー、と息を荒くしながら、後ろを付いてくる。

 先の戦いで魔力を消耗し過ぎたことに加え、あまり運動を得意としていないようで、その走りは滑稽なダンスのようにも見えた。


 だが、ここまでシグレには十分過ぎるほど活躍してもらった。


「任せてください、次は私が役に立つ番です!」


 速度上昇の闘氣術アーツを使用し、ユーリは更に加速。


 よく観察していると、不規則だと思っていたクロックローチの動きにも規則性が見えてくる。ヤツが通化するであろう道筋がジグザグの線となってユーリの目に映る。


「そこッ」


 ユーリは駆ける勢いそのまま、刀を投擲。

 クロックローチの進路を見極め投げた刀は矢のような速度で突き進み、クロックローチ――ではなく、その数センチ先の壁に突き刺さった。


 クロックローチは急に現れた刀に身体を震わせ、壁の側面で一瞬動きが止まる。


 ユーリは、その隙を見逃さず、跳躍。


「ふッ――【空蹴】」


 そして、更に闘氣術アーツでもう一段階跳躍し、クロックローチに迫る。クロックローチはこちらに気づかない。ユーリは予備の短刀を取り出し逆手に持つ。


 よし、取った――そう確信した瞬間、クロックローチが爆ぜた。


「きゃあ――っ」


 咄嗟に顔面を腕で覆う。粉塵が舞い、クロックローチの姿が隠れる。ユーリは見逃してなるものかとクロックローチに再び迫るが、クロックローチは鋭い矢に貫かれて既に絶命していた。


「あ、え……?」


 クロックローチが爆ぜたと思ったが違った。

 ユーリが攻撃を仕掛けようとした瞬間、どこからか放たれた矢に貫かれたのだ。


「やったの! オデットのパワーでスーパーな狙撃の腕を見たか! なの!」


 声をした方を見ると、褐色肌の小柄な少女がやってきた。

 彼女は身の丈ほどもある巨大な弓を装備していた。その言動からしても、彼女が金のクロックローチを撃ち抜いた冒険者に違いなかった。


「これでオディールは一週間、皿洗いなの! やった、やった!」

「くそぉ、てかよ! やっぱこれアタシが不利じゃねえの? 姉貴は弓で遠くから狙えっけどよ、アタシはあの金ピカに近づかなきゃならねえわけだし」


 遅れて、同じく褐色肌で、長身の少女がやってくる。


「負け犬の遠吠えってヤツなの。これも全部実力でしかないの」

「腕だってくっついたばっかで本調子じゃないんだぜ?」

「そんなの関係ないの。それでいったら、オデットも朝お腹の調子悪かったの」

「はぁあ? じゃあ、今からタイマンで勝負しようぜ! それで決着付けてやらぁ!」

「何がじゃあなの。オディールはバカなの? 遠距離のアタシが、近距離スピード特化のオディールに勝てるわけないの。オデットは勝てない勝負はやらないの」

「あぁぁあ! クソうぜえ、このっ、どの口が!」

「ぬやぁ、はえるの! 暴力はよくにゃいにょ、や、やめの!」


 オディールがオデットの頬を掴み、ぐりぐりと引っ張る。

 どうやら、二人は姉妹らしく、金のクロックローチを放って喧嘩を始めた。落ち着くまで待とうかとも思ったが、ヒートアップするばかりで終わりが見えない。


「あ、あのぉ……」


 痺れを切らしたユーリがおずおずと声を掛けると、オデットとオディールは「あぁ?」とこちらを睨みつけてくる。姉妹らしく非常に息の合った動きだった。


「悪いけど、金のクロックローチを倒したのはオデットなの! 文句は全く、全然、何も受け付けてない、なの!」

「えっと、えと……」


 強気なオデットに気圧される。


「しっし! なの! オデットは忙しいから、お前みたいなヤツに構っている暇は……お前、みたいな……お前は、あーっ!」

「わ、わあ! わあ?」


 オデットは嫌悪感をむき出しにユーリを追い払おうとして、唐突に声を上げる。ユーリの顔をまじまじと見て、大きく目を見開いている。


「オディール……まさか、この子って」

「あ、ああ、アタシは最初から気づいてたぜ! まったくよぉ、独り占めなんてよくないぜ? 姉貴」

「そ、そうなの! たしかに、オデットは強欲な悪い子だったの」


 オデットとオディールは顔を見合わせて、ひそひそと相談を始める。

 よくわからないが、風向きは悪くないような気がする。どうにか、穏便に話を進められないだろうか。手柄は譲ってもらう形で。


「金のクロックローチは渡して貰います、です」


 そう画策していると、ユーリを押しのけてシグレが前に出てきた。「ふへ」と不気味な笑みを漏らしながらも、彼女の瞳は鋭く細められていた。


「そ、それはシグレたちの手には余るものでぇ、金のクロックローチは神様のためのものなんです。これだから、野蛮人は困ります……ふえへ」

「はあ? 誰が野蛮、なの」

「不安ですか? でも、神様に出会っていないなら、それも仕方のないことです。野蛮でも、愚かでも、みんな初めはそうだから」

「……コイツ、イカレてるの。本当に何言ってるのかわからないの」


 オデットはドン引きしていた。

 その気持ちはユーリも理解できた。シグレの言葉はたまによくわからない。もちろん、個人の信仰を悪く言うつもりはないが、彼女はたまに行き過ぎているように思う。


「金のクロックローチで、神様はまた一つ理想を叶えるんです。きっと、世界はよくなりますよ。それはこの世の全ての人にとって幸せなことです」


 シグレは天を仰ぎ、うっとりとした表情で語る。

 そこに、「何か勘違いしてねえか」と口を挟んだのは、オディールだった。


「金のクロックローチを倒せば願いが叶うなんて与太話、本気で信じてんのか? あの金ピカゴキにそんな大それた力はねえぜ」

「……神様を謀ろうというのですか?」

「嘘じゃねえよ。あれはただの鍵だ。ほら、見てみろよ」


 オディールが金のクロックローチに視線をやる。

 すると、金のクロックローチの死体は迷宮に飲み込まれることなく、金属が擦れるような音を響かせ、パズルピースのように細かく体を割った。


 眩いばかりの光を発し、大地を轟かせながら質量が肥大化する。地面がひっくり返りそうなほどの激しい揺れ。


 その間に、巨大な黄金は滑らかに形を整え、既知の形を取った。

 現れたのは、宮殿に備えられるような、熱く煌びやかな黄金の扉だった。


「隠しボスってヤツだ。お宝を守る門番に挑む挑戦権を与えてくれる。それが、金ピカゴキの役割。残念だったな、狐の狂信者」


 オディールの言葉に反応するように、ギイと扉が開く。

 挑戦者を招くように。はたまた、命知らずを飲み込む冥府の入り口かのように。


「門番に挑む……」


 ユーリはその禍々しくも美しい扉を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。


「もし、それでも挑むというなら、一緒に門を潜ることを許すの。でも、生半可な覚悟じゃあ死ぬの。どうする? オデットとオディールは二人でも行くの」

「いいんですか? さっきはあんなに嫌がっていたのに……」

「き、気が変わったの!」


 ユーリの問いに、オデットは何かを誤魔化すように視線を逸らした。

 金のクロックローチは求めていた存在とは違っていた。

 これはゴールではなく、新たな試練の始まりだ。

 ならば、引き返すのか。ここまで来て? そんなバカな。


「……勇者は逃げない」


 ぼそりと呟き、アゲートから貰ったりゅうゴンのぬいぐるみを撫でる。

 ユーリとシグレは顔を見合わせて、深く頷いた。


「いきましょう、シグレさん」

「はい。敵が何であろうと、神様に捧げるのみです」


 こうして、ユーリ、シグレ、オデット、オディールは一時的にパーティーを組み、黄金の門を潜ることになった。


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