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第79話「ティタウィンの聖墓」

 しんとした静寂の中、魔獣の鳴声が響く。


 浅層は一瞬で過ぎ去り、辺りにはより濃い闇が広がっている。


 溢れんばかりだった冒険者たちの気配は一切感じられず、ただ、凍てつく魔力の流れだけが、冥界への道標のようにこちらを歓迎していた。


 浅層では魔獣の方がこちらを避けて道を空けていたものだが、初層を抜け、中層となれば、命知れずの飢えた魔獣が堪えず向かってくる。


 しかし、この中に恐怖や不安といった色を見せる者は一人たりとも居なかった。


「ご主人様、そろそろお昼にしますか? わたし、今日は腕に寄りを掛けてサンドウィッチを作ってきたのですよ! 自信作でございます!」


 ティアナディアが、A級の魔獣の首を落としながらニコリと笑う。


「まあ、楽しみですね。ティアさんのご飯は絶品ですから」


 フンカルは、魔法で魔獣の大軍を眠らせながら嬉しそうに言う。


「お昼……じゃあ、これはおやつ? ねえねえ、ふんかるう、お昼って何時までお昼なのかなあ」


 ツルプルルは、倒した魔獣を触手で引き千切り、スカートの中に引き込む。バリバリ、ボリボリと鈍い音が響き、彼女は満足そうに息を吐いた。


「プルルさんがお昼だと思えば、それがお昼です。今日は好きなだけ食べていいですよ」

「やったぁ! ごはん、たくさんっ! 魔獣、おいしっ! めいきゅ、さいこーっ!」


 そんな彼女らの姿を見て、ベリウスは内心「ピクニックか」とツッコミを入れる。

 ベリウスたちが迷宮に訪れたのは、失踪したシグレを探すためだ。


 シグレはベリウスの奴隷だ。そのため、ベリウスはシグレの大まかな位置情報は知ることができる。それが、このティタウィンの聖墓だった。


 本来の目的を考えれば、ちょうどいいと思った。

 シグレを回収して、そのまま金のクロックローチを討伐。ティアナディアの出生について刻まれた石板を破壊する。


「ご主人様? まだお腹が空きませんか?」

「ああ、いや、そろそろ食べようか。俺も楽しみにしていたんだ」

「ふふ、その期待に完璧に答えてみせましょう!」


 そう言うと、ティアナディアはその場で準備を始めた。

 スープを温めるための火を起こし、シートを広げて手製の料理を並べていく。


 フンカルが手伝うかと申し出るが、これもメイドの仕事です、とティアナディアは譲らなかった。鼻歌を歌いながら、楽しそうにしているから本当に苦であるというわけではないのだろう。


「プルルちゃん、元気ですね。楽しそうで何よりです」


 シートの上に座ったフンカルが、奥で魔獣を食べるツルプルルを見て言った。


 巨大な魔獣がツルプルルに迫る。ツルプルルは触手を自由自在に操り、魔獣を宙吊りにすると、その手足を順に捥いだ。魔獣の声にならない絶叫が響く。ツルプルルはそれを見て「きひひ」と笑うと、美味しそうに捥いだ腕をスカートの中に放り込んだ。


 魔獣には気の毒だが、これは彼女にとって戦闘ではない。食事なのだ。


「なんだか、初めて彼女と会った時のことを思い出してしまいますね」

「そうだな。あの時も、フンカルにはよく助けられた」


 フンカルの隣に座ったベリウスは、イマイ村でのことを思い出す。

 イマイ村の住人は、赤竜教団パラダイスロストという邪教集団に村の子供を売ることで金銭を得ていた。その被害者の子供の一人がツルプルルだった。


 ツルプルルは人体実験によって、魔獣の細胞の一部を身体に埋め込まれた人族とも、魔族ともつかない存在だ。


 ベリウスが研究所に足を踏み入れた時、彼女は既に研究者共の拘束を逃れて、目に付く人間を端から喰らっていた。そのまま蒼い触手は一振りで家屋を両断するほどに肥大化し、イマイ村の忠臣で縦横無尽に暴れ始めた。


 そんな彼女の動きを止めるのに一役買ったのが、フンカルだった。


「いえいえ、助けられたなんてそんな」

「上手く触手を斬り落として無力化してくれただろう?」


 フンカルは、ツルプルルが地上に出ると、すぐに駆け付けてツルプルルの注意を引いてくれた。


 その時、たしかティアナディアは……そうだ、シグレと料理をしていたはずだ。料理に夢中になっていて、ツルプルルの大破壊に気づかなかったとか。


 ちなみに、その後、ツルプルルの歓迎会と称して食した彼女の料理は絶品だった。


「あの時、ワタシが真っ先に駆け付けてベリウス様のお役に立てた時、実はほんの少しだけ優越感を覚えていたんです。だって、貴方様の隣に居るのは、いつだってティアさんでしたから」

「ほう、フンカルにもそんな感情があったんだな」


 面倒見がよく、みんなのバランスを取ってくれる姉役という印象が強かったから、少し驚いた。


「ええ、独占欲も、嫉妬も、野望も……たくさん」


 フンカルは口元に手を当てると、奥ゆかしく笑った。

 と思った瞬間、素早くナイフを取り出し、ベリウスに放つ。

 それはベリウスの頬のぎりぎりを掠め、背後に浮遊する魔獣の頭部に突き刺さった。魔獣は地面に墜落すると、絶命する。


「あら、さすがですね。気づいていましたか」


 微動だにしないベリウスを見て、フンカルは目を丸くした。

 魔獣がベリウスを狙っていたのだ。気楽にピクニックなんて初めてはみたが、ここはセーフティーエリアではない。魔獣も普通に現れる。


「ああ、初めからな」


 ベリウスは杖を抜き去ると、【加速】にて詠唱を破棄し、中級の攻撃魔法を発動する。それはフンカルに迫り、彼女の宵闇の如き髪を撫で、その背後の魔獣に炸裂した。


「あら、こちらにも。気づきませんでした……いけませんね、気が抜けているみたいで」

「悪いなんてことはないさ。せっかくの食事だ。いつも気を張っている分、肩の力を抜いて楽しんだらいい」

「あー! ご主人様!」


 ティアナディアが間に割り込んで声を上げる。

 彼女が指差した方を見ると、サンドウィッチが地面に転がっていた。どうやら、ベリウスが放った魔法の余波でひっくり返ってしまったらしい。


「……せ、せっかく、ご主人様のために心を込めて作ったのに」


 ティアナディアがその場に崩れ落ちる。


 ズキリと心が痛む。


 困った、どうしようか。


「……えっとね、ティア」


 S級の魔獣に囲まれたとしても、七魔皇を一度に複数人相手取らなくてはならないとしても、きっとここまで焦ることはないだろう。


「だ、大丈夫! めちゃくちゃうまいぞ! 俺の故郷には三秒ルールというものがあってだな、地面に落ちたものでも、三秒までの間なら食べられるという」


 ベリウスはサンドウィッチを拾い上げ、口の中に放り込む。

 スパイシーな味が口いっぱいに広がる。少し砂利っぽかったりもするが、味は問題ない。絶品だった。ティアナディアが作ってくれたというだけで百点満点だ。


「……もう、三秒は過ぎていると思うのですが」

「……じ、十秒ルールだったかな。そうだ、そんな気がしてきた」

「ご主人様ぁ……すみません、わたしは超スーパーウルトラパーフェクトメイドを自称していましたが、もしかしたら、スーパーウルトラメイドくらいかもしれません。サンドウィッチも守れないメイドに、果たしてご主人様が守れるでしょうか」


 ティアナディアは「うぅ……」と涙を流し始める。


「別に守れると思うぞ……」


 ティアナディアがわけのわからない落ち込み方をし始めた。

 横着せずにセーフティーエリアまだ移動するべきだったかもしれない。


「あの……楽しそうなところ、すみません」


 隣で居心地が悪そうにしていたフンカルが、おずおずと口を挟む。


「目を離してしまったワタシも悪いのですが……プルルちゃん、どうしちゃったんですかね?」


 フンカルの視線を追って迷宮の奥を見やる。

 そこには魔獣の死体が残っているだけで、ツルプルルの姿はなかった。


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