第78話「ユーリとシグレ」
彼女の名前は、シグレ・アカツキ。
後衛。魔導系の職業で、冒険者登録は先日したばかりだという。
夜中に突然、神様のためにティタウィンの聖墓に向かわなくてはならないという強迫観念に襲われ、一人迷宮に挑んでいたらしい。
シグレはすぐに浅層を抜け、気配察知の魔法を使いながら更に奥へ進んだ。
だが、集中力の欠如からドジを踏んだシグレは、ツインサーペントの毒を喰らってしまった。
ツインサーペントは、その流麗なフォルムに反して動きは鈍く、後衛職のシグレでも避けるのは難しくない。
だが、その毒は一級品だった。そもそも解毒ポーションを持っていなかったこともあり、シグレはそのままダウン。
その後、しばらくして、ユーリが来たというわけだ。
「すみません、すみません、すみません……た、助けて貰って、その上、ポーションを吐き出して、迷惑を掛けて、か、神様への祈りが足りないから……」
シグレは、目をグルグルと回しながら何度も謝る。
「いえいえ! こちらこそ、すみません。いきなりだとびっくりしちゃいますよね。私、本当に気にしてないですから!」
幸い、シグレの吐しゃ物で汚れた服は偶然近くにあった水場で洗うことができた。そうでなくとも、装備などどうとでもなる。
それより、魔獣に襲われる前にシグレを助けることができてホッとした。生きたまま、凶悪な魔獣に貪られる未来だって有り得たはずなのだ。
「で、でも……ほんと申し訳ないというか、ふえっへへ、消えた方がいいというか……」
「本当にそこまで思い詰めなくても……」
どんよりとしたシグレを見ていると、逆に申し訳なくなってきた。
「どうしても引け目を感じるというなら……一時的にパーティーを組みませんか!」
「シグレとですか……?」
「はい! お互い一人ですし、私はちょうど前衛職です。シグレさんの目的は、金のクロックローチですよね?」
今この迷宮にいるほとんどの冒険者は同じ獲物を狙っている。
巷で噂の金のクロックローチ――倒せばなんでも願いが叶うという伝説の魔獣だ。
「は、はい……ふえへ、神様のために、金のクロックローチを倒したくて……でも、パーティーを組むのはちょっと、で、でも、一時的になら……い、いいのかな?」
シグレには迷っているようで、視線を右往左往させる。
もう一押しだ。そう思ったユーリは、シグレの手を握って真っ直ぐ彼女の目を見て言った。
「私、迷宮で人を探しているんです。その手掛かりが金のクロックローチにあるかもしれなくて……だから、協力してくれませんか! 一時的にでいいので! 都合が悪くなったら解散でいいので! お願いできませんか!」
「人探し……わ、わかりました。そ、れなら、よろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします!」
控えめに了承するシグレ。
ユーリはニコリと笑顔を浮かべて、握った手をぶんぶんと上下に振る。
こうして、前衛後衛一人ずつの即席パーティーが出来上がった。
金のクロックローチを求めて、シグレと二人で迷宮の探索を進める。
シグレが仲間に加わったことで探索速度は格段に上がった。
まず、気配察知をしてくれるのがありがたかった。
おかげで、ユーリは魔獣との戦闘に注力することができた。
加えて、一度に複数の魔獣を相手取れるようになった。
これまでは一対多の状況は避けるか、地形を上手く使って囲まれないようにするなどの工夫をしていたが、シグレが後方から支援をしてくれるので、その必要もなくなった。
改めて、パーティーを組むことの有用性について考えた。
一足す一が二以上の力になる。これがパーティーというものなのか。もし、ここにルゥプがいたら……そんな考えが過り、慌てて頭を振る。
「……待っててね、今助けるから」
シグレは、基本的に中級の攻撃魔法を使って後方から支援してくれた。
魔法の威力は高く狙いは正確だった。彼女の技術故か、妖狐種の特性なのか、非常に繊細な魔力コントロールが成されているようだった。
職業は中級職の黒魔師か、赤魔師辺りだろうか。本人に聞いてみようかとも思ったが、どこまで突っ込んでいいのか迷う。
――そういうのはやたらめったら聞くもんじゃねェぞ。マナー違反だ。お前も他人に自分の手の内ペラペラしゃべんじゃねェぞ。もちろん、勇者だってこともな。
以前、アゲートのスキルや職業について興味本位から尋ねた時、注意をされた。
シグレとは今日会ったばかりで、パーティーだって一時的に組んだだけだ。
と言っても、職業くらいはギルドカードにも明記されているだろうし、問題ないとは思うのだが……もう少し仲良くなってからがいいだろうか。
それにしても……と、ユーリはシグレの顔を覗き見る。
「……ユーリさん? どうかしましたか?」
「いえ、ちょっと、シグレさんと以前どこかで会ったような気がするなあ、とか思ったりして」
「ふえへ……す、すみません、シグレ覚えてなくて……会ったこと、あるのかな」
「大丈夫です、すみません! やっぱり勘違いですよね! 気にしないでください!」
やはり気のせいだろう。
彼女くらい強烈な個性を持った子だったら、一度見たら忘れない。よく見たら、村で飼っていた犬にどことなく似ているかもしれない。うん、きっとそれだ。
少し休憩してから、また探索を続ける。
目的はあくまで金のクロックローチであるため、他の魔獣との会敵はできるだけ避けるようにした。
会敵する魔獣は、基本的にC~Bランク下位だった。
もっと奥へ潜れば基本がBランクになるという話だったが、金のクロックローチの目撃情報があったのは、浅層を抜けて少し潜ったこの辺りだった。
しかし、一日目は一度も遭遇することなく終了。
セーフティーエリアで暖を取り、交代で睡眠を取った。




