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第75話「ティアナディアと湯浴み」

 夜の闇が薄れ、空が白み始める。

 早く目が覚めたベリウスは、部屋に備え付けられたシャワーを浴びる。例によって、ティアナディアが高級宿を取ったため、部屋は快適だった。


 冷水を浴びて引き締まる思考のまま、ベリウスは現状を整理しようと思考に潜ろうとして――それは、勢いよく開かれるドアの音で即座に中断された。


「朝でございます! 可愛いメイドのわたしの出番ですよ!」


 ティアナディアが乱入してきた。

 ベリウスは反射的に振り返りそうになるのを押さえ、体が硬直する。

 それで何かを察したのか、ティアナディアは「ああ」と言葉を続ける。


「安心してください、水着だなんてつまらないことはしません! すっぽんぽんでございます! ドキドキ!」

「……何に安心しろと言うのか」

「とか言ってぇ、嬉しいでしょ? ご主人様?」


 ティアナディアはピタリと体を密着させてくる。

 柔らかな感触と、彼女の体温を感じて飛び跳ねそうになる。それをわかってか、ティアナディアは絡ませるように両腕を回して、ベリウスを抱きしめた。


「…………おい、ティア?」

「どうですか? ドキドキします? ちなみに、わたしはします」

「……ドキドキはする、するけどさぁっ」


 引き剥がそうと、体を捻る。


 すると、だらしない顔をしたティアナディアと視線が合った。

 綺麗な瞳はとろんと蕩け、口端からは涎が垂れていた。


「ふえへへ……ああ、いい。ご主人様との接触面積が広いのがとてもいい。やっぱり肌と肌が触れあっているのがいい。エロい……けど、落ち着く感じもありますぅ」


 無理やり引き剥がして追い出すのがいいだろうと思ったが、なんだかそういう気持ちも失せてしまった。なんだろう、コイツは……。


「……自由だな」

「はぁい! ご主人様ももう少し素直になったらどうですか?」

「……………………」

「嬉しいですよね? だって、ご主人様はわたしのことが大好きですもんね? 本当はいちぃちゃしたくてしょうがないでございますもんね?」


 ティアナディアは、細い指でつうとベリウスの肌をなぞりながら言う。


「ずぅっと、わたしに振り向いて欲しかったのですよね? どうですか? 今は貴方様のことしか眼中にありませんよ? もう、我慢することなんてないんですよ?」


 ドクリと心臓が跳ねる。


 以前、高台でカンデラと対峙した時、ベリウスを迎えに来たティアナディアは自身の秘密を話した。彼女はこの世界のティアナディアではなく、■■がゲーム世界で共に旅をした、あの闇落ちしたティアナディアだったのだ。


 そして、彼女は共に旅をしているうちに、■■に救われていたのだと言った。


 ■■のことを求めてくれた。

 必要だと言ってくれた。

 嬉しかった。


「えっちなこと、したいですよね?」


 したい。

 したくないわけがない。


 ティアナディアが、外側ではなく本当の自分を求めてくれるのだとしたら拒む必要など――いや、あるのだ。彼女には言っていない引け目がある。


「ご主人様……?」


 黙るベリウスを不思議に思ったのか、こくりと首を傾げる。


「なあ、ティア」

「は、はい……ドキドキ。まさか、ついに……」

「アイテムを使って、俺を盗撮してるだろう?」


 そう指摘をすると、ティアナディアはビクリと体を跳ねさせる。


「ぬぅわぁっ、な、ななななんのことでございますか!?」

「してるな」

「そ、そそそそんなこと……へ、へへ」

「記録を全て渡して貰うぞ」

「そ、それだけはっ! 何卒!」

「ダメだ。やるなら、もっと上手くやるんだな。さすがに気づくぞ」

「うぅ……不覚でございます。でも、これはつまり気づかれなければいいということでございますよね! 次こそは……もっと高価なアイテムを使って、ふっふっふ」


 ティアナディアは肩を落としたかと思ったら、ハッと顔を上げて、次の瞬間には何やら悪巧みを始めていた。


 本当に見ていて飽きないヤツである。

 まあ、彼女が楽しそうなのは、嬉しくはあるし。

 盗撮について思考を巡らせているという点は複雑だが。

 そんな彼女を見て、思い切り抱きしめたい欲が沸き上がったが、軽く頭を撫でるに留めた。

 くすぐったそうに身を捩るティアナディアを見て、ちくりと胸が痛んだ。


「……ティア」


 引け目とは、ベリウスが前の世界で勇者であったことだ。

 目の前のティアナディアとは、前の世界で共に旅をした中で、つまり、本物のベリウスではないということは、彼女も知っている。それを知った上で一緒にいてくれている。


 だが、前の世界で■■が勇者であったことは知らない。

 勇者であるということは、プレイヤーの立ち位置であるということであり、チュートリアルでベリウスを殺したのは、■■なのだ。


 ティアナディアの最愛の人を奪ったのは、自分だった。

 それがたとえ、ベリウス自身の策略の下に行われたことであったとしても。


 ベリウスは、アイテムを集め、カンデラに協力を申し出て、自らが勇者に討たれることで勇者の固有スキルの覚醒を促した。全てはティアナディアのためだった。それがベリウスのチュートリアルでの死の真実だった。


 彼は最初から死ぬつもりだった。


 それでも、やはり、最後にベリウスの命を刈り取ったのは勇者であった自分なのだ。

 もし、ティアナディアがそれを知れば、どう思うだろうか。

 今までと同じ笑顔を向けてくれるだろうか。


 それとも――。


「なあ、ティア。話があるんだ」


 ティアナディアが首を傾げる。


「……実は、俺は」


 隠していた事実を告げようとして、声が震える。

 もし、ティアナディアが、ベリウスと共に行動したくないと言ったら? 天使の子孫であることが露見すれば、彼女は良くも悪くも人族、魔族を含むすべての陣営の注目の的となるだろう。彼女を利用しようとする者は後を絶たないはずだ。


 その時に、敵となる者を潰すために、ベリウスは動いている。

 七魔皇を討つのも、そのためだ。


 だから、彼女のためにも――いや、違う。そうじゃない。


「俺は、な……」


 ■■は自分勝手だ。


 推しの幸せのために邪魔する者は全て蹴散らしなどと豪語しておいて、半端な理由でシグレを仲間にして、ツルプルルの境遇に半端に共感して手を伸ばし、全ての畏怖も、賞賛も、全て自分へのものだとは信じられなかった。これはあくまでベリウスへのもので、自分はそうじゃないのだと心のどこかで思っていた。


 結局は自分が救われたかったのだ。

 それを高台での精神攻撃で突き付けられた。


 家族にも虐げられ、友人もいなかった■■は、ずっと誰かに認められたかった。

 それを叶えてくれたのがティアナディアだった。


 本当の自分を見つけて、認めてくれたのが彼女だった。


 それを手放すのが怖いのか。

 きっと、そうだ。

 わからない。全ての選択が、ティアナディアのためのものか。

 それとも、自分のためのものなのかがわからないのだ。


 すると、ティアナディアが優しく手を握ってくる。


「……ティア?」


「ご主人様は、わたしをただの純粋ないい子だと思っていますね? 思い返してください。前の世界で一緒に旅をしたときのことを。ベリウス様を生き返らせるために手段を選ばず、狡猾で、残酷で、残虐なわたしのことを」


「……えっと」


 わけがわからずに首を捻る。

 ティアナディアはふと怪しく微笑む。努めてそうしているようにも思えた。


「わたしは、その時と同じか、いえ、それ以上の執着をご主人様に抱いているのでございますよ」


 それは、つまり、どういう意味だろう。


「なあ、ティア――」

「ベリウス様! ティアさん!」


 その言葉の意図を確かめようとするが、狼狽した声に中断される。

 部屋の扉が思い切り開けられ、慌ただしい足音と共にフンカルとツルプルルがやってきた。


「こちらに、シグレさんが来ませんでしたか? 目を覚ましたら、彼女の装備と共に姿が消えてい、て……」


 早口で捲し立てるフンカルは、しかし、途中で言葉を途切れさせ硬直する。

 その理由は「まあ」とツルプルルの視界を隠すフンカルを見て、遅れて理解した。

 ベリウスとティアナディアは、全裸で向かい合っている。主人とメイド。ティアナディアはベリウスに熱っぽい視線を向けていて、ベリウスも満更ではない様子。この状況を見て何を思うかなど一目瞭然だった。


 さて、この状況、本物のベリウスならどうしただろうか。

 考えてみるも答えは出ず、代わりにティアナディアが立派な胸を張ってドヤ顔で口を開く。


「フンカルさん! わたしたちは、あなたが今想像した三倍すごいことをしていましたよ!」


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