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第74話「ユーリとアゲート」

 寝不足で頭が働かない。


 疲労から視界はぼやけ、足取りは重たい。

 ただ、身を焦がすような焦燥感だけがあった。


「ルゥプちゃん……っ」


 ユーリは、己の頬を殴りつけ、気合を入れ直す。


 あれから一睡もせずにルゥプの捜索をしていた。


 ティアナディアは、迷宮都市の方に去っていったから、街を中心に聞き込みをした。

 しかし、目撃情報はなし。ルゥプの外見は目立つから根気よく続ければ……とも思ったが甘かった。


 情報が集まりそうな酒場を訪ねても結果は同じだった。


 冒険者ギルドにも寄ったが、辛うじてルゥプの存在を知っている者には出会えたが、今の彼女の居場所に繋がる情報は得られなかった。


 わかったのは、街に集まった冒険者のほとんどが金のクロックローチを狙っているということくらいだった。金のクロックローチを倒せば何でも願いが叶うらしい。


 いささか無謀にも思うが、最後の手段くらいには考えておこうと思った。


「……私がもっとしっかりしないと」


 道中の魔獣討伐の実績と、それによりレベルアップにより、ユーリは青銅級に冒険者ランクが上がった。


 中級職への職業昇進の条件も満たしたようで、街にある神殿へ向かうよう勧められた。冒険者を初めて一か月足らずでこの躍進は有り得ないことだと驚かれたが、全く誇らしい気持ちにはなれなかった。


 仲間一人助けることができずに何が勇者だ、青銅級だ。


 ここまで、ルゥプの手掛かりはゼロだ。

 ルゥプとは少し顔を合わせただけで、彼女の人となりも戦い方も詳しくは知らない。それでも、彼女はこれから共に冒険をする仲間のはずだった。


 正直に言うと、ユーリは浮かれていたのだ。

 村を出て未知の世界に飛び込み、新たな出会いをして、魔獣を倒して力をつけ、己の信念の下、カッコいい冒険者になるのだ。


 そんな妄想を何度も繰り返していた。

 輝かしい未来ばかり考えて――現実は何一つ上手くいっていなかった。


「助け、ないと……私、が」


 まだ、探していないところはどこだろうか。


 ルゥプの居場所を知っていそうな人。

 ルゥプに辿り着く方法――ダメだ、上手く思考が回らない。


 一歩を踏み出そうとして、ぐるりと世界が回転する。違う、ユーリが足を縺れさせて倒れたのだ。受け身を取らなくてはと頭では理解しているが、体が動かない。


「……ぁ」


 地面に叩きつけられる衝撃に備えて身を強張らせるが、それはいつまで経ってもやってこなかった。


「ちッ、いつになったら諦めるかと思って見てりゃあ……バカかテメエ」


 アゲートが倒れるユーリを支えてくれたのだ。

 ユーリはアゲートの腕の中でぱちくりと目を瞬かせる。

 近くに居たのか。全く気が付かなかった。


「すみません……ご迷惑をおかけして。でも、大丈夫です! 私まだまだ頑張れますよ! まだ、何も手掛かり見つけられてませんしね!」


 ユーリは慌てて立ち上がると、力こぶを作って元気アピールをする。

 すると、アゲートに額を小突かれる。


「あてっ」


 思わず額を押さえて、アゲートを見やる。

 アゲートはジッとこちらを見つめてきた。


「クソチビが。んな自分を痛めつけるような真似したって結果は変わらねえぞ」

「そういうつもりじゃ……ただ、私は私出来ることをしないとって! 弱い私でもできることをしようって、それだけです……」


 そう言いながらも、ユーリの言葉は尻すぼみになる。


 本当は心のどこかでわかっているのだ。自分が冷静ではないことも、もっと他に冴えた方法があるのではないかということも、アゲートの言う通りこれが一種の自傷行為だということも。


「はあ……たく、なんでこんな不器用なクソチビが勇者なんだよ」

「……す、すみません」


 アゲートにも呆れられてしまった。

 元々、彼はユーリに同行することに乗り気ではなかった。きっと、今でもこんな小娘に勇者が務まるわけがないと思っている。


「私なんかがって言うのは本当にその通りだと思っていて……でも」


 アゲートを批判したいわけではない。彼は熱心に指導をしてくれたし、実際、間違ったことは一度も言わなかった。ただ、ユーリが不甲斐ないのだ。


「でも、私は――っ」

「おい、これやる」


 急に何かを押し付けられ、言葉に詰まる。


「えっと……?」


 それは迷宮都市で謎の流行を見せていたりゅうゴンのぬいぐるみだった。子供から、中年の冒険者まで、街中の人が夢中になっていたからユーリも覚えていた。


 意図がわからなかった。

 なぜ、今これをユーリに渡したのか。


 アゲートはというと、そっぽを向いてガシガシと頭を掻いていた。目線を合わせようとすると、逸らされた。何故かこちらを見ようとしない。


 そこで、ある可能性に思い至る。


「もしかして……私を元気づけようとしてくれてます?」

「…………わりぃかよ」


 アゲートはそっぽを向いたまま言った。

 彼の耳が赤く染まるのを、ユーリは見逃さなかった。


「……ぷ、ふふ」


 思わず、吹き出してしまいそうになる。

 さすがに悪いだろうと抑えようとするのだが、それが却ってよくなかったのか、変な壺に入ってしまい爆笑に変わる。まずい、お腹が痛い。


「くふ、ふふ、はははは――っ」

「テメエ、何がおかしいんだ!」


 アゲートはユーリを捕まえて、ぐりぐりとこめかみを圧迫してくる。


「やあっ、痛い! 痛いです! すみません、悪気はなくて、ただ、アゲートさんって結構可愛いところあるなって。学院でも言われませんか?」

「……ウザってえ。オレの親切心返しやがれ。そのぬいぐるみもいらねえなら捨てろ。クソチビ勇者」

「ふふっ、捨てませんよ。親切にされたことも返しません」


 その反応を見るに、普段から生徒たちにも同じような弄り方をされているのかもしれない。


 ユーリは、絶妙な愛らしさのぬいぐるみと目を合わせ、顔を綻ばせる。


 さっきまであれほど思い詰めていたのに、それが嘘のように心が軽くなった。勇者だからなんて形だけの責任感に追われて大事なことを見失うところだった。


 自分から一人になることはない。顔を上げれば、ユーリのことを見てくれる仲間がいるではないか。


「アゲートさんは、私が助けてって言ったら力を貸してくれますか?」

「さて、どうだろうな。そりゃ、俺の気分次第だな」

「そうですか! ありがとうございます! じゃあ、私を助けてください! ルゥプちゃんを救い出したいんです。お願いします!」

「テメエ話聞いてたか!? なんで俺がやる前提で話進めてやがるッ」


 少しだけ、彼のことがわかってきた。

 迷宮都市の道中でも思ったが、この人は不器用なだけでとても優しい人だ。困っている人は放っておけなくて、ついお節介を焼いてしまうような、そんな人。


「ふふ、私一生懸命頑張りますね、先生?」

「ウザってえ。先生はやめろ、オレはお前の先生じゃねえっての」


 そう言いながらも、アゲートは満更でもなさそうだった。

 ユーリは心の中で強く唱える――待っててね、ルゥプちゃん。私、絶対あなたのことを助けてみせるから。


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