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第71話「異変2」

 ベリウスは口元に手を当て、深く考え込む。


「……全く想定していなかったわけではないが」


 ルゥプというらしい、白虎種の少女を見やる。

 ルゥプは「はよ、開放せい!」ときゃんきゃん喚いていた。この状況で案外図太いヤツである。


 ネーラの【改変ペイント】は、対象に任意の過去を植え付けることができる。


 ややこしいが、可能なのは記憶を付け足すことで、自由自在に消去することはできない。

 ならば、ベリウスが既に【改変ペイント】の影響を受けていようが、ベリウスの記憶にルゥプの存在がない以上、こいつはネーラではないのだ。


「早くも原作とズレてきているな……」


 考えられる、最も大きな原因はベリウスの生存だろう。

 原作ストーリーをなぞるならば、ベリウスはチュートリアルで死んでいるはずの悪役だ。それを捻じ曲げ、ベリウスは今、迷宮都市ラスアルゲティにいる。


 ネーラに直接接触したわけではないが、ユーリとは対面しているし、その他の要素がバタフライエフェクト的に作用した可能性も十分ある。


 ユーリは、カンデラの紹介で仲間と合流する予定だった。


 しかし、その仲間が七魔皇の一人である、ネーラに入れ替わっていたというのが、ベリウスの知っているストーリーだ。


 だが、目の前の少女はネーラではない。


 ということは、この少女は本来、勇者が合流する予定だった仲間ということか。


「くそぅ! サイコイカ女に、変態メイドめ! 妾の真の力が解放されれば、貴様らなんて一発なんじゃぞ! 今なら許してやるぞ!」


 ルゥプがきゃんきゃんと叫ぶ。

 ……なんというか、ネーラの介入がなかった世界線でも苦労はしそうだった。


「あ、あの……か、神様?」


 すると、一緒に廃教会までやってきたシグレが、控え目に声を掛けてきた。


「入口見張っていましょうか……だ、誰か入ってきたら困りますし」

「ああ、そうだな。頼む」

「でしたら、ワタシもシグレさんとご一緒しましょうか?」


 同じくシグレと共に廃教会にやってきた、フンカルが提案してくる。フンカルは少々世話焼きなところがあるから、シグレが危なっかしく思えるのだろう。


 だが、シグレは「いえいえ」と横に首を振る。


「だ、大丈夫、です! こんな雑用はシグレに任せてください……ふえっへ」


「雑用かどうかは置いておいても、フンカルは魔族だからな。万が一のこともあるし、シグレに任せた方が無難だろう」


「あらまあ、ワタシの認識阻害を疑っているのですか?」


 フンカルは、綺麗なルビー色の瞳で、こちらを覗き込んでくる。


 片方の瞳は宵闇のような漆黒の髪で隠れているが、晒された片方の目だけでも全てを見通しているような怪しさがあった。長く伸びた髪は綺麗にまとめてあり、寒がりなのか彼女はいつもローブを着込んでいる。


 すらりと伸びた手足に、豊満なバスト。陶器のような白い肌は――。


「ベリウス様……?」


 フンカルの声でハッと我に返る。


 ズンと頭が重くなるような感じがして、眉間を抑えた。


「……いや、何でもない」

「なら、いいですが……」

「ねえ、ふんかるう! プルルはまだお腹が空いてるよ! あれ最後まで食べていーと思う?」


 てとてとと近づいてきたツルプルルは、フンカルに触手を絡ませる。

 縛られたルゥプの方を見て、じゅるりと涎を垂らした。


 ルゥプの口はいつの間にか布で塞がれており、「うがー! むがー!」とくぐもった叫び声を上げていた。


 やったのはティアナディアのようで、ふふんとドヤ顔をしている。


「やっちゃいましょう、プルルちゃん! わたしは完璧に任務をこなして、ご主人様にスーパー褒め褒めしてもらう予定だったのに、これが偽物だったせいで!」


「わーい! 食べるっ、食べるっ」


 ツルプルルは涎をだらだらと垂らして触手を躍らせる。


 ティアナディアのそれは完全に八つ当たりだった。


 どちらかというと、悪いのは指示を出したベリウスだ。


 だが、なんとなくで殺すのは待って欲しかった。ゲームと違って一度死んだ人は生き返らないのが、この世界だ。まだ使い道があるかもしれないし、勿体ない。


「もう、ダメですよ」


 すると、ベリウスの意志を汲み取ってくれたのか、フンカルが二人を嗜める。


「プルルさんはもうたくさん食べたでしょう? どうしても足りないというなら、ワタシが何か作りますから。ティアさんもほどほどに。あまりベリウス様を困らせてはいけませんよ?」


「……はーい、ふんかるうが作ってくれるならいーよ」


 ツルプルルは口を尖らせながらも、触手をスカートの中に引っ込めた。

 ティアナディアも反省したようで、「むう」と唸りながら目を逸らす。


「……フンカルさんには、高台の時の借りもありますしね。ご主人様を困らせたいわけではないのです、困った顔も可愛いですが」


 おい、と突っ込みたくなるのを飲み込む。

 先日のカンデラ率いる王国騎士団との戦いのことだ。


 調子に乗ってやたらめったらに闘氣術アーツを使い暴れ回るティアナディアのサポートをしていたのが、フンカルだった。


 もしそれがなければ、カンデラに痛い目に遭わされていたかもしれないという自覚があるから、最近のティアナディアはフンカルに強く出られないでいるのだ。


 ベリウスもその気持ちはわかった。


 フンカルはこちらの考えを見透かしたように、適切なサポートをしてくれるのだ。たまに、恐ろしくすら感じるほどに。


「ふふ、ルゥプさんの管理はワタシがしておくので、ご安心くださいね」

「ああ、頼む」


 ベリウスが自らを勇者に討たせる策を取ったことも、フンカルの指摘があったから気づけたことだ。ルナとの会話の中、フンカルが出した鋭い視点からの一言により、ベリウスはチュートリアルでの死に関する真実を見抜けたのだ。


「悪かったな、ティア。元はと言えば、俺の確認不足が原因だ。ティアにはいつも助けられてるよ」


 そう言うと、項垂れていたティアナディアがパッと顔を上げる。


「ふふ、そんなぁ、いつも可愛くて綺麗なティアのおかげで幸せな毎日が送れているよ大好き結婚しようだなんて~! ご主人様の褒め上手ぅ!」


 かなり言葉を捏造されていたが、まあ、いいだろう。間違いって程でもないし。

 ベリウスは魔法でルゥプの口を塞ぐ布を切り、ストレージから最低限の食料を投げて渡した。これで飢えて死ぬことはないだろう。


「よし、ひとまず宿に戻るぞ。来い、ティア、プルル、フンカル」


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