第70話「異変」
第70話「異変」
「うっへっへ……これは、これは素晴らしい」
ティアナディアは、目の前に映し出された映像に釘付けになっていた。
思わず口元が緩んでしまう。
口端から唾液が垂れているのに気づいて慌てて拭いながら、慌てて脳内で言い訳を考える。
「違うんですよわたしはメイドとしてご主人様を守る義務があるからでございまして決して私的な邪な欲望というわけではなくてですね」
水晶からポップアップしたウィンドウに映っているのは、宿で待機しているベリウスの姿だった。
この水晶は、盗撮……撮影した映像を再生するためのアイテムだ。
撮影のためにはまた別のアイテムが必要であり、それは昨晩の内に宿に仕掛けていた。つまり、この映像は昨晩のものとなる。
「超小型のアイテムで魔力により対象を起点とした移動も可能の優れ物。これで二十四時間いつでも、ご主人様をお守りすることができるのですよ」
映像の中のベリウスは眼鏡をかけて椅子に座り、何やら魔導書を読み込んでいた。
あの眼鏡は読解の速度を上げるアイテムで、最近愛用している姿をよく見かける。
魔導書に一通り目を通すと、眼鏡を頭にのせて一息つく。
コーヒーを口にして、もう一冊の魔導書を取り出した。
何かを探すように辺りを見回す。
立ち上がり、部屋をうろうろする。
頭の眼鏡に触れると硬直。
静かに眼鏡をかけて再び椅子に座った。
どうやら、頭の上の眼鏡を探していたらしい。
「きゃーっ、カッコいい、でも、たまに抜けた感じも可愛い!」
しばらくして、二冊目を読み終わると、風呂場に移動する。
ローブをしまい、イヤリングなどの装備を外し、上着を脱ぐ。
徐々に、その程よく鍛え抜かれた肉体が露になり、ティアナディアの胸が熱くなる。
「お、おぉおお! 素晴らしいサービスシーン! ヤバいです、これは永久保存版です、ありがとうございます! 生きててよかった……っ、ドキドキ」
ティアナディアは映像にグイッと顔を近づけ、鼻息を荒くする。
メイドとしてよくないことをしているとは思う。だが、これは仕方がないのだ。事故なのだ。ご主人様を守護する際に起こった不幸な事故。
「ご、ご主人様……はあはあっ、ティアナディアは悪い子ですっ」
ついに、ベリウスがズボンを下ろし、その肌色の全てが露になろうという時、映像が暗転した。
ベリウスが引っかけたタオルが映像を記録しているアイテムを覆ったのだ。
ガサゴソと音は聞こえるものの、映像はいつまで経っても映像は映し出されない。
「ぬぅあ! なんで、ちょ、どうしてでございますか! もうちょっとズレて! ああぁあああッ、ひどい、こんなのひどいでございますっ」
有り得ない不幸にがっくりと項垂れる。
なんてことだ。自分が何をしたというのか……もう少しだったのに。
「きっしょ……なんじゃあ、コイツ」
冷めた声が響く。
声の主は両手を縛られ部屋の隅に転がされたルゥプだった。
「はあ? きしょくないですが!? 頭おかしいんですか!」
「どっから、どう見てもおかしいの貴様じゃろうがい! 貴様の主人とやらが不憫でならんわ!」
「不憫じゃないですぅ! ご主人様はわたしみたいな可愛いメイドがいて鼻高々ですぅ! 毎日わたしの姿に癒されてるんですぅ!」
ティアナディアは自信を持ってそう言い切るが、ルゥプはげんなりとした様子でこちらを見てくる。これだから、常識のない者は困る。
ここは迷宮都市ラスアルゲティ内にある、とある廃教会の地下だ。
ルゥプを捕らえた後、ティアナディアはツルプルルを連れ、ここを訪れた。
ルゥプはそれからずっと気を失っていたが、今さっき目を覚ましたらしい。
いや、ルゥプと言うのは仮の名だろう。ベリウスの推測が正しければ、この少女こそが、七魔皇の一人、ネーラなのだ。
「……いつまで、そうやって余裕ぶっていられますかね」
気が抜けるというのが正直なところだ。
七魔皇特有のプレッシャーも、強大な魔力も感じない。
だが、油断は禁物だ。何しろ、ネーラは他人の記憶に干渉する固有魔法を持っているのだ。既にティアナディアもその力の影響を受けている可能性もある。
「そうだ、プルルちゃん」
部屋の端で、街で購入した肉料理を貪るツルプルルに声を掛ける。
ツルプルルは、こちらを振り返り、不思議そうに首を傾げる。
口の周りには、べっとりとソースが付着していた。
それを指摘すると彼女はそれを触手で拭って舐めた。
「もしかして、てぃあも食べたい?」
ツルプルルは、チキンを差し出しながら問う。
「いえいえ、わたしは大丈夫です。むしろ、プルルちゃんに新しいご飯を上げようと思いまして。アレ、摘まみ食いしてもいいですよ」
縛られたルゥプに視線をやって、言った。
ツルプルルは、「いいの!?」と綺麗な瞳をキラキラと輝かせた。
「ひっ……う、嘘じゃろ」
ルゥプはサッと顔を青くする。
もぞもぞと体を動かし拘束から逃れようとするが、びくともしない。
ツルプルルの触手が蠢き、ルゥプを囲むように迫る。ゆらゆらと煽るように触手を動かし、また、食欲が堪えられないというようにツルプルルは唾液を拭う。
「や、いやじゃあ! 待って、それだけは!」
「ふふっ、わたしの崇高な趣味を気持ち悪いと言った罰です」
「趣味って言った! やっぱ趣味なんじゃろ! だったら気持ち悪いじゃろって、のう!」
ルゥプはなぜかツルプルルに同意を求めるのだが、当のツルプルルはよくわからないと首を傾げるのみだった。彼女の興味はもう目の前のご馳走にしかないのだ。
「プルルはおいしいものが食べられると嬉しいよ!」
「なんじゃコイツ! 話通じてないな!」
「あと、食べたことないものは一回は食べてみたいよ!」
ついに、触手がルゥプの体を捕らえる。彼女の腕に、脚に執拗に触手を巻き付け、ツルプルルはうっとりとした表情を浮かべた。
「いただきまーす!」
ツルプルルは魔力や氣力を吸収する他、肉や骨まで何度も喰らう悪食だ。
いい気味だ。
ティアナディアがメイドであることで、ベリウスが不憫であることなど絶対にない。ないったら、ないのだ。
「や、やめ、やあぁあああああ――ッ」
こうして、ツルプルルの食事が始まり、廃教会の地下にルゥプの絶叫が響くのだった。
◇
ベリウスは合流地点に指定していた、廃教会の地下へ向かった。
「ご主人様! やはり生のご主人様が一番です!」
「? そうだな?」
扉を開けると、ティアナディアが小走りでやってきて迎えてくれた。
奥に視線をやると、満足げにお腹を擦るツルプルルと、両手を縛られた白虎種の少女の姿があった。外傷はないが、ツルプルルに相当MPを吸われたらしい。その証拠に少女はげっそりとしている。
「ふっふっふ、どうですか! わたしはできるメイドですので、完璧にご主人様に言いつけられた任務を遂行しましたとも!」
ティアナディアには、勇者であるユーリが合流する仲間を捕らえるように指示を出した。
原作のストーリーになぞられて考えれば、その仲間の正体こそがネーラだからだ。ネーラは【改変】の固有魔法で、勇者たちの記憶を操りパーティーメンバーに入り込むのだ。
そのはずなのだが。
「違うな」
「……へ?」
ポカンと口を開けるティアナディア。
激しく揺れていた尻尾がしゅんと垂れさがる姿を幻視し、居たたまれなくなる。それどころか、自信満々に指示を出した手前、気恥ずかしさすらあった。
「そいつは、ネーラ・ビシオンセイスではない」




