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第69話「ティアナディアの襲撃2」

「ぅ、あ、いっ……」


 ユーリはその場に蹲り、呼吸を整える。

 しかし、溢れる血と尋常じゃない痛みに思考は逸り散漫なものとなる。


「そ、んな……っ、ここまでの差が」


 情けない。不甲斐ない。

 一瞬で四連撃? 辛うじて目で追うことはできた?


 ふざけろ、ティアナディアは瞬く間に五連撃を繰り出していたのだ。ユーリは、それを目で追えてすらいなかったのだ。


「クソキメエな、クソッたれがッ!」


 その時、アゲートの声が聞こえてきて振り返る。

 そこには複数の灰蒼い触手を操り戦う少女と、その触手に翻弄されるアゲートの姿があった。


「アゲート……さん」


 ギザギザとした歯に、アイスブルーの髪。あの触手の少女も、高台での戦いに参戦していた。ベリウスの配下で、ティアナディアの仲間だ。


「うーん、そこそこだね。そこそこの味だよ! リピートはしなくていいかも。でも、プルルは偉いから好き嫌いなく食べるよ!」


 自身をプルルと呼んだ少女は投網のようにバッと触手を広げ、アゲートを捕獲。


 触手には魔力や氣力を吸収する力があるようで、アゲートは拘束から逃れられずにいる。アゲートは藻掻くのを止め、まさか諦めたのか――。


 と思ったのも、束の間。


「――【ルミナ・グラディウス】」


 密かに詠唱をしていたらしい、アゲートの魔法が炸裂する。

 目を焼くほどの眩い発光が閃き、それは鋭い刃の形を取った。アゲートの精密な魔力操作により繰り出された白光の連撃は、プルルの触手を正確に斬り落とす。


 触手はバラバラと地面に転がり、アゲートの体に自由が戻る。


「ユーリ! ルゥプも連れて退散だ!」


 拘束から脱したアゲートは、一目散にこちらに駆ける。


 しかし、ユーリはその後ろで繰り広げられる光景に息を呑んだ。


 触手が蠢くと有り得ない速度で再生していたのだ。

 上手く声が出せず、こちらへ来るなと両手を動かすが、アゲートは察してくれない。


「アゲートさん後ろ!」


 やっと声を絞り出せたと思った時には、もう遅かった。

 完全に再生したプルルの触手が矢のような速度で伸び、アゲートの腕を、脚を拘束して吊り上げた。


「きひひっ、くひひひひっ」

「ちッ、クソウザって――クリシアンフェーレ=ル――もがぁ」


 しかし、アゲートは冷静だった。触手に捉えられながらも下手に藻掻くことなく、詠唱を始め――その口の中に触手を突っ込まれた。アゲートの魔力が霧散する。


 アゲートは素早く戦略を変え、短剣を用いて拘束から脱しようと触手を斬りつけ始めるが、旗色は悪かった。


 アゲート一人ならなんとかなったはずだ。


 足手纏いの自分がいるから……。

 なんとかしなきゃ――立ち上がろうとすると、目の前に純白の剣が突き刺さった。


「人の心配をする余裕がどこにあるのでございますか?」


 顔を上げると、冷え切った目をしたティアナディアと視線が合う。

 ナイフのような鋭い視線に全身の傷が疼く。これは恐怖だろうか。そんな場合じゃないとわかっていても、体が動いてくれなかった。


「――っ、勇者なのに」


 ティアナディアが漆黒の剣を振り上げ――。


「いえいえ、勇者なんてそんなものですよ」


 振り下ろされようとした、そのとき、体に優しい衝撃と浮遊感が走る。

 ティアナディアと距離が離れる。遅れて、ルゥプが自分を抱き抱え、素早く後退したのだと悟った。


「……ルゥプちゃん?」


 密着したルゥプの体は熱く、魔力の滾りを感じる。


「かかッ、やっと準備ができたのじゃ! 恐れ慄くがいい、妾のとっておきは、そんじょそこらの魔族じゃあ、ちぃとばかしキツイでの!」


 ルゥプが眼帯を取り払う。

 右眼が晒されると、爆ぜるように魔力が溢れた。


 彼女の右眼には異様な紋様が刻まれており、紅く怪しいを帯びていた。


 ――まだ駆け出しですが特別な力を持った子ですの。


 カンデラの言葉を思い出す。

 そうか、彼女が言っていた特別な力と言うのは。


「――魔眼」


「妾を怒らせたことを後悔するのじゃ。さあさあ、ここからは妾が主役のぱーてぃたいむじゃ――【アマイモンの魔眼】」


 キンと耳鳴り音が成り、ルゥプの白髪が逆巻く。


 大きく見開かれた魔眼がティアナディアを捕らえ、時が止まった――ように思えた。


 ルゥプは目を見開いたまま動かず、ティアナディアも同じように微動だにしない。だが、動きが止められたという様子ではなくて、彼女はこてんと首を傾げる。


 これは魔眼の力が発動しているのか?


 それとも――。


「――ッ、効いてないじゃと!?」


 ルゥプはサッと顔を青くして、頭を抱えた。


「な、なぜじゃ、魔族に効果がないはずはッ」

「ふふ、それはわたしが可愛い、可愛いメイドさんだからでございますよ」


 ティアナディアは軽く地面を蹴り、ルゥプが離した距離を一瞬で詰めた。


「なんて、ねッ」


 怪我で動きの鈍いユーリを引き剥がし、動揺で反応が遅れるルゥプの腹部を剣の柄で殴りつける。


「う、ぐ――ッ」


 ルゥプは痛みに顔を歪め、意識を失う。

 ユーリは抵抗しようと起き上がるも、痛みで足がもつれ、昏倒。


「ルゥプちゃん……っ」


 ユーリは痛みに歯を食いしばり、必死に手を伸ばす。しかし、ティアナディアはこちらに見向きもせず、土袋でも担ぐようにユーリを抱えて背を向けた。


「待って、連れて行くなら私を!」

「はあ?」


 ユーリの訴えに、振り返ったティアナディアが眉を顰める。


「狙いは私なんじゃないの! ルゥプちゃんは関係ないでしょ、だから!」

「いえ、目的は最初からこの子ですよ。別にあなた如き、倒そうと思えばいつでも倒せるので。自惚れですね、勇者ちゃん」


 とんだ勘違いにカッっと頬が熱くなる。

 改めて己の無力感を突き付けられた。弱ければ、価値もない。勇者なんて名ばかりの役立たずだ。


「そんな……っ、どうして」


 それを自覚した瞬間、痛みと疲労がドッと押し寄せ、視界がぼやける。

 五指で地面を抉る。立ち上がろうとするが、平衡感覚が狂って体を起こすこともままならない。


「プルルちゃん、いつまで遊んでるんですか。行きますよ? ご主人様が待ちくたびれてしまいます」


 ティアナディアの声に釣られて、アゲートの方を見る。

 アゲートはプルルの触手と攻防を繰り返し、疲弊はしているものの、目立った怪我はなかった。それぞれ決め手がなく戦闘が長引いていたという感じだ。


「ん! ますたぁで口直し~!」


 プルルはサッと触手をしまうと軽い足取りでティアナディアと合流。

 気を失ったルゥプを抱えたティアナディアは、危なげなくこの場を去っていった。

 アゲートは悔しそうに歯噛みしながら、それを見ていた。それもきっとユーリのせいだ。怪我をしたユーリを一人にしておけないから、追うことができなかった。


「ごめ……ん、ルゥプちゃん」


 それから、ティアナディアたちと入れ替わるように、関所の方から兵士が現れるのが見えた。あの関所兵が応援を呼んできてくれたらしい。


「おい、クソガキ。平気か」


 アゲートの苛立たしげな声が聞こえる。

 それで安堵してしまったのか、固く握り締めていた意識の紐がするりと零れる。


「あァ? おい、ユーリ! ユーリ!」


 後悔と無力感だけを感じながら、ユーリの意識は沈むのだった。


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