第68話「ティアナディアの襲撃」
第68話「ティアナディアの襲撃」
彼女は何やら関所兵と揉めているようで、激しく言い合いをしていた。
「そう言われてもねえ。お嬢ちゃん、親御さんは? ここまで誰と来たの」
「一人じゃと言うとるじゃろ! その言い方やめんか、誰がお嬢ちゃんじゃ! お姉さんと呼べクソガキが!」
「クソガキって……俺ぁ、オッサンの類だと思うが……ギルドカードを見せてくれれば、それでいいじゃないか。身分だってはっきりするし、年齢だって刻まれてるだろう?」
「なくしたんじゃ! さっきポケットを見たらのうなっておったわ! 魔獣と戦っていた時に落としたのやもしれん。だからないっ!」
「はあ……なくしたねえ……」
関所兵は、訝しげにルゥプを見ていた。
無くしたというのは嘘でルゥプのことはテキトーを宣う子どもだとでも思っているのだろう。実際、ユーリも彼女のことを聞いていなければ、同じように思っただろう。
「よしっ」
見かねたユーリは、意を決して二人の下に近づいた。
「すみません。この子、実は私の連れで! さっき逸れちゃったんです」
ルゥプのことを庇うような位置に立つと、先日作ったばかりのギルドカードを関所兵に差し出しながら、笑顔を作った。
「ふぅむ……」
関所兵は、カードとユーリを見比べて唸る。
ルゥプも訝しげに、こちらを見てくる。彼女からすれば、ユーリは得体の知れない冒険者でしかない。怪しむのもわかる。わかるが、こちらの意図を察してくれ! と祈りながら視線を送ると。
「なんじゃあ、コイツ。妾はこんなヤツ知らんぞ」
祈りは敢えなく撃沈。
ルゥプは呆れた顔でこちらを見てくる。
「……うぅ、ルゥプちゃん」
「知らないって言ってるけど? 嘘ついたの?」
「ち、違くて! あの、これはですね――」
しかし、妙案を思い付いたユーリは、関所兵に耳打ちをする。
「この子、そういう年頃というか、少しでも子ども扱いすると拗ねちゃって。だから、私のことも知らないふりを……すみません」
関所兵は、なるほど? と首を傾げている。まあ、そんなこともなくはないか、という顔だ。あと一押しといったところだろう。
ここが勝負どころだと捉えたユーリは、覚悟を決めて口を開く。
「お、お、おお、お姉ちゃん、私ひとりじゃ不安だから付いてきて欲しいな?」
顔から火が噴き出そうだった。
自分より幼そうな……いや、同じくらいの歳とは言っていたが、そもそも、歳など関係なく初対面の少女に対してお姉ちゃん呼びをするというのは気恥ずかしさがあった。
これで、さっきと同じような呆れ顔をされたら、もう立ち直れないかもしれない。
だが、その心配は杞憂だったようで、ルゥプは満足げに平たい胸を張った。
「仕方ないの! 妾はお姉ちゃんだから、頼られると弱いのじゃ」
「う、うん! やったぁ、お姉ちゃんと一緒だぁ」
扱いやすくて助かった。
やはり、彼女は子どもなのではなかろうか。
ひとまず、ルゥプの機嫌を損ねないようにテキトーを言うと、頭に衝撃が走る。
「きゃっ」
アゲートが呆れ顔で手刀を繰り出してきたのだ。
同じようにルゥプの頭も小突く。ルゥプは「にゅぅわぁっ」と珍妙な声を発し、恨めしそうにアゲートを見た。
「ぬぅあにをするんじゃ! このダサ眼鏡!」
「何がお姉ちゃんだ、バカガキ共が。それと眼鏡の悪口だけは許さねえ。眼鏡を敬え、これは知性の印だぞ、バカ幼女」
「誰が幼女じゃっ! バカはいいが、幼女は許さんぞ! この眼鏡! バカって言う方が、バカじゃ、バーカ、バーカ!」
ルゥプが小さな拳を握ってアゲートに向かっていくが、アゲートはそれを片手で受け止める。ルゥプは「うりょ! おりゃ!」とアゲートを殴りつけようとするが、その短い腕ではアゲートを捕らえることはできず、全てが空を切る。
当のアゲートは、呆れてルゥプから視線を切ると、もう片方の手で関所兵に魔術学院の講師であることを示す、魔導講師証を見せた。
すると、ユーリたちを見る目が一瞬で変わる。
「失礼しました! あなたがあの若き天才、アゲート・ホワイトナイト様だったとは!」
「こいつら二人とも連れだ。問題ねェな?」
「はい! あなた様の連れとあればもちろん! ようこそ、迷宮都市ラスアルゲティに」
関所兵は直立不動の姿勢を取って、はきはきと答えた。
さすがは、王国で最も格式高いと言われる、魔術学院の講師である。身分を示すのに、これ以上信用度が高いものもそうないだろう。
なら、初めからこうして欲しかった。早まったユーリが悪いのだけれど、余計な恥をかいた気がする。
「おい、行くぞ。バカガキ共。詳しい話は中でする、いいな?」
「おい、眼鏡! 何勝手なこと言うとるんじゃ、なぜ妾が貴様なんかと!」
「ちッ、めんどくせェ。カンデラから何も話聞いてねえのか? 俺らは――」
アゲートは相手にしていられないと気だるげに言い、突如、目の色を変えた。無駄のない動作でユーリとルゥプを突き飛ばすと、弾かれたように杖を構え。
「――ッ、クソが」
刹那、目の前が爆ぜた。
いや、違う。
何かが有り得ない速度で上から降ってきたのだ。
粉塵が舞う。ゆらりゆらりと人型のシルエットが浮かぶ。
そのナニカの姿を隠していた砂埃は内側から切り裂かれ、彼女は現れた。
綺麗な銀髪に、神が造形したような完璧に均衡が取れた肢体。漆黒と純白の二振りを携えたメイド――ユーリは彼女の姿に見覚えがあった。
「――ッ、七魔皇の」
「ご主人様の誇り高メイド、ティアナディアの登場でございます」
ティアナディアは、スカートの裾を摘まみ優雅に一礼する。
場に緊張感が走った。
「ちッ、めんどくせェのが来やがった」
「なんじゃあ、こやつは」
アゲートとルゥプは、咄嗟に武器に手を伸ばす。
王都での高台での騒動の時、ティアナディアは居た。
ベリウスの仲間として、二振りの剣を自在に操り縦横無尽に戦場を暴れ回った、固有職業持ちの少女。あのカンデラさえも圧倒していた戦いっぷりは、ユーリの脳裏にも焼き付いている。
「では、お覚悟を」
ティアナディアは明確な敵意を持って、二振りの剣を構える。
「――ッ、私はッ」
ユーリはまだ判断に迷っていた。
彼女の目的は? 勇者である、ユーリか? だが、高台での一戦では見逃しておいて、今更探し出して捕らえようというのか?
そもそも、戦いになるのか? カンデラが苦戦した相手に? また何もできずに蹂躙されるだけなんじゃ――そんな及び腰な考えが過り、ユーリは内頬を噛んで気合を入れ直す。
アゲートは素早く関所兵を非難させ、杖を構えていた。
ティアナディアと戦う気だ。
そして、今のユーリは恐れ多くも彼のパーティーメンバーなのだ。
「前衛職は私しかいないんだッ」
アゲートは上級職とはいえ、サポート特化の白魔導師。
ルゥプも同じく魔導系の職業で、つまりは後衛だった。
先陣を切るならば、近撃士のユーリしか有り得ないではないか。
「はぁあああ――ッ」
ホルダーから西洋剣を引き抜くと、闘氣術で身体能力を引き上げる。
そのままの勢いでティアナディアへと一直線に駆ける。
しかし――。
「ぁ――え?」
決着はあっさりと訪れた。
目の前を鮮血が舞い、鋭い痛みが全身に走る。
右肩。左腕。左脇腹。右太腿。
目にも止まらぬ速さで繰り出された連撃は意図も容易くユーリの体を切り裂いた。ユーリはがくりとその場に崩れ落ちる。
「一瞬で四連撃……」
全く反応できなかった。
辛うじて目で追うことはできたが、体は付いていかなかった。
ユーリは彼我の実力差に絶望的な隔たりを感じ、全身から力が抜ける。
ティアナディアがくすりと口角を歪めるのが見えた。
ユーリに視線を合わせて、手のひらを見せてくる。
「《《五ですよ》》」
「――ぇ」
瞬間、ユーリの腹部が横一文字に割けた。
痛烈な痛みが走り、真っ赤な血が溢れる。




