第64話「シグレの冒険者登録2」
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名前:シグレ・アカツキLv.47
種族:妖狐種
職業:竜喚師
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受付嬢の反応にシグレはビクリと体を震わせる。
そんなシグレの手を掴んで身を乗り出してきたのは、受付嬢だった。
「はえー……竜喚師ってマジっスか」
「……ふぇ、多分、ほんとです」
「え、今までなんで冒険者登録してなかったんスか?!?」
「ど、奴隷だったの、で……あ、今も、い、今は……善良な信徒です」
事前に奴隷であることは隠して振る舞うようにと話していたのを思い出したのだろう。シグレはたどたどしい言葉で訂正をする。
信徒というのもよくわからなかったが……幸いなことに、受付嬢の興味はそこに向かなかったようだ。
いや、本当に幸いだろうか。シグレは既に要らぬ注目を浴び始めていた。
「おい、今上級職って聞こえなかったか?」
「今日冒険者登録しようってヤツがか? いやいや、そんなヤツが今までどこにいたんだよ」
「元々どっかで有名だった子とか? 国お抱えの……みたいなさ」
「バーカ、さすがに冗談だろ。測定器が壊れてるとか」
徐々に冒険者共が集まってくる。シグレは「ふぇ……シグレなんて……」と深く三角帽子を被り直すが、却って注目を集めていた。
「あ、これ登録証っスね」
受付嬢がテキトーにギルドカードを投げて寄越してくる。
ベリウスのギルドカードには、先ほど測定した偽りのステータスが刻まれていた。ランクは見習いからスタートだ。
依頼を受けるために冒険者登録をしたわけではないから、別にいい。
ただ、シグレのステータスが、ここまで騒がれるとは思っていなかった。忘れていたが、この世界では上級職というだけで、最上位の実力者なのだ。
「シグレさん、あなたは素晴らしい実力の持ち主っス。何か困ったことがあったら、この私に全て相談して欲しいっス。私に!」
受付嬢はシグレにギルドカードを渡し、力強く言う。
優秀な冒険者を担当すると何かボーナスでもあるのかもしれない。
「い、いえ……そのシ、シグレはぁ……」
「あ、普段はこーゆーことないっスけど、シグレさんは白銀級からのスタートになるっス。ま、多分黄金級くらいの実力はあるんスけど、いきなりってのは前例がないんで。私の権限じゃどうともならず……我慢してください」
シグレは手元のギルドカードに視線をやる。
彼女のそれは淡白なベリウスの物とは違い、銀色に輝いていた。
白銀級。見習い、鉄級、青銅級の次が白銀級。つまり、初めから三つの等級を飛ばしての登録となる。
「おい! この新人上級職で銀等級からのスタートだってよ! 本物だ! 本物バケモンがきたぞ!」
シグレのギルドカードを覗き込んだ冒険者が声を上げる。
それを皮切りに、ワッと当たりの冒険者が盛り上がり、押し寄せてきた。
「あなた、シグレちゃんって言うのね! 是非うちのパーティーに入ってよ!」
「俺のところに! ここいらじゃ、結構有名なパーティーなんだぜ!」
「いやいや、俺のところに! ちょうど後衛が最近抜けちゃってさ!」
冒険者たちは、シグレを囲み我先にと声を掛ける。
どれも内容は同じようなもので、是非ともうちのパーティーに! ということらしかった。やはり、上級職というのはそれだけ珍しいのだ。
「ふぅえっへ……ど、どしよ。ゴミがなんか言ってる」
しかし、シグレは視線を逸らして、ボソリと呟くのみだった。
そんな彼女の声は聞こえていないのか、シグレへの勧誘は更に激化する。
自分はこんなところが優れていて、自分のパーティーはこういう状況で、とシグレへのアピール合戦が始まった。ほとんど聞き取れないし、この状況ではシグレも返答の仕様がないと思うのだが、一切お構いなしに迫ってくる。
「落ち着きたまえッ」
そんな時、爽やかで、しかし、よく通る声が響く。
辺りが水を打ったように静まり返る。
ザッと人混みが割れると、一人の青年がやってきた。
「彼女が困っているだろう? いくら上級職と言っても、初心者には優しくしないと。えっと、シグレ君だったかな」
洗練された一本の西洋剣を携え、鎧を着込んだ美丈夫。
人によっては派手とも言える鎧が良く似合ってより、その少々芝居がかった口調も嫌味にならない爽やかさが彼にはあった。
男は「大丈夫かい?」とシグレに手を伸ばす。
しかし、シグレはそっぽを向いたまま、無反応を貫く。
男はそれを照れ隠しだと思ったのか、仕方のない子だと言わんばかりに肩を竦めた。
「あいつは……ヴェント」
「飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長し、つい最近、超剣士に職業昇進したっていう、あのヴェントか」
「まさか、貴方も彼女を勧誘に……?」
あたりの反応を見るに、彼はどうやらここらで有名な冒険者のようだ。
【真眼】を使ってステータスを確認する。
ヴィント・レーヴェ。普人種。レベルは四十。
つまり、上級職に職業昇進したのは、つい最近のことか。スキルに関しては、特筆すべきような点は見受けられなかった。
「優秀な人材はいつでも募集中だからね。どうかな? よかったら、僕のパーティーに入らないかい? いい後衛職を探してたんだ」
ヴェントはにこりと笑い、シグレに手を伸ばした。
ヴェントのパーティーに誘われるなんて羨ましい。ヴェントが相手なら勝ち目がないと言った声が辺りから聞こえてくる。
受付嬢も「おー、いきなりついてるっスね」と感心していた。
血の気の多い冒険者のことだ。こんな横入りをされれば嫌悪感もあるだろうと思ったが、納得して引き下がる者が多数だった。
この反応を見るに、彼は人格的にも非の打ち所がなく、ギルドでもよく慕われているらしい。
「…………ない」
しかし、ヴェントの勧誘に、シグレは俯いたままボソッと答える。
「えっと……?」
ヴェントが聞き返すと、次は顔を上げて声を絞り上げて言った。
「は、入るわけないです! な、何を考えてるんですか? シグレは神様のものですよ? 変なこと言わないですください……ふぇ、不敬です」
シグレは恐れ多そうにべリウスの裾を掴む。
威嚇するように狐耳と狐尾をピンと立てた。
「神様……? その人、初級職だよね」
ヴェントは、ベリウスの持つギルドカードに視線をやった。
「どういう関係かはわからないけど、一緒にパーティーを組むのは止めておいた方がいい」
「な……っ、何を」
「別に意地悪で言っているわけじゃないよ。それが、その人のためにもなる。実力差があり過ぎるのはトラブルの元だからね。君のためにも、その彼のためにもならない」
「ふぇ……た、たしかに、シグレなんかが神様と一緒にいるのはおこがましいとはお、思ってます。や、役に立ちたいんですけど……ふえへ」
シグレは俯くと、いつもの不格好な笑みを零す。
ヴェントはそれを聞いて眉を顰める。
「何を言っているんだい? 初級職の彼が、上級職の君と釣り合うわけがないと言っているんだ」
「……へ?」
シグレは当惑して首を傾げる。
「さっきも言ったが、別に君や彼に意地悪がしたいわけじゃない。彼が心配だというなら、僕がちょうどいいパーティーを紹介してやってもいい」
「そ、それは……神様がシグレより弱いからということですか?」
「言葉を濁さずに言えば……そうだ」
「……そう、ですか」
シグレが小さく呟く。
彼女の翡翠色の瞳から、スッと光が消えていくのがわかった。そこには深淵のような、底なしの闇だけが映っていた。
「ヴェントならまだしも、そこの雑魚と組むってのは納得できねえっすわ」
「そいつになんか弱み握られてるのか? こんな初心者に構うことねえよ!」
「俺と組もうぜ? シグレちゃん。見たところ、そいつ才能ねえし。迷宮の入り口で野たれ死ぬんじゃねえの?」
ヴェントとシグレのやり取りを見ていた周りが騒ぎ立てる。
「…………まあ、そうかもな」
ベリウスはふうと息を吐く。
シグレには悪いが、こちらから注意が外れるのはありがたかった。
今のベリウスの立ち位置は、取るに足らない初級冒険者だ。明日には、ここに居る冒険者の記憶には残っていないはずだ。どうなることかと思ったが、これなら許容範囲内だろう。
「今すぐに返事が欲しいとは言わないよ。でも、真剣に考えておいて欲しいな」
ヴェントは笑ってそう言うと、自分のパーティーの下へ戻っていく。
何を考えているのか、シグレはその場に立ったまま動かなかった。




