第62話「ユーリの修行」
「くぅ――きゃっ」
正面の魔獣に気を取られていたユーリは、死角から迫る別の魔獣に気づけなかった。
鈍い衝撃が走り、体が地面に投げ出される。
痛みに涙が出そうになりながらも、すぐに状態を起こし、西洋剣を構える。
一歩、二歩と後退すると、背中に老朽化により半壊した遺跡の壁が当たる。
――グルルルッ。
腹を空かせた魔獣――サンドドッグが深紅を炯々と輝かせる。
スピードに特化した痩せた体。鋭い牙に、かぎ爪。それが三体。
ユーリは、軽い身のこなしで代わる代わる突進してくるサンドドッグに翻弄されていた。
ここは、王都アルティバから、迷宮都市ラスアルゲティに向かう道中の荒野である。
荒れ果てた遺跡が点在しており、比較的見晴らしがいい。商人によるルート開拓が進んだことにより、一定の領域に踏み入らなければ魔獣との会敵も比較的少ない。
だから、この戦いは意図したものである。
――実践に勝る経験はねェ。それに単身七魔皇に立ち向かったって聞いたぜ? この程度屁でもねェはずだ。強くなりたいんだろ?
アゲートの言葉を思い出す。
そうだ。ユーリは何よりも強くなりたいのだ。
これはアゲートによる、修行の一環だ。
ユーリをここに送り出したのは、乗り越えられる試練だと考えたからのはずだ。
「集中ッ、集中しろ、私!」
改めて、三匹のサンドドッグを見やる。
逃げ場はない。追い込まれた? いや、囲まれるよりは、壁を背に戦った方がいい。その方が、まだ対応もできる。
サンドドッグの脅威度はC+。
C級が初級冒険者――見習い~鉄級の冒険者なら討伐可能なことから、サンドドッグは初級冒険者上位が適正なレベルとなる。
ちなみに、ユーリは先日見習い冒険者を脱したばかりである。
「でも、私は勇者だから! これくらいッ――【空跳】」
地面を蹴って飛び上がると、特殊な歩法で空中での跳躍を可能とする闘氣術を発動。更に高く飛び上がり、サンドドッグの真上へと躍り出る。
サンドドッグは俊敏性に優れており、魔法や闘氣術による攻撃を当てるのは困難だと言われている。だが、その素早さも横移動に限った話だ。
「上からの攻撃ならッ」
意表を突ける。
ユーリは両手で西洋剣を握ると、重力の加勢を得て落下。
剣先はサンドドッグの頭部に突き刺さる。汚い悲鳴。血しぶきが舞い、絶命。
素早さに特化したサンドドッグは防御力に乏しい。
それこそ、先日見習いを脱したばかりのユーリの攻撃でも殺しきれるくらいに。
「このまま押し切るッ」
気を抜かずすぐにその場を離れると、残った二匹の猛攻を凌ぐことに専念する。目も慣れてきた。二匹ならば、なんとか対応できている。
同じ魔法や闘氣術は連続で発動することはできず、一定の間を空ける必要がある。
その条件が今、満ちた。
時間稼ぎが終わったユーリは、西洋剣をホルダーに収めて再び跳躍。
しかし、サンドドッグも学習したようで、動きに迷いがなかった。ユーリを追って一直線に跳躍してくる。
だが。
「狙い通り――【空蹴】ッ」
空中での跳躍を可能とする特殊な歩法。
空中で反転。
先ほどと同じ闘氣術を使い、今度は《《地面に向かって跳躍》》した。
迫りくるサウンドドッグを正面から向かい討つ形だ。
サウンドドッグは予想外の動きにギョッとする。
「はあぁああ――ッ、【抜刀】」
ホルダーから西洋剣を引き抜き、思い切り腕を振り切る。
迷いのない一閃はサンドドッグの首を綺麗に斬り落とした。
ユーリが地面に着地。
遅れて、泣き別れになったサンドドッグの頭と胴が地面に転がる。
「これであと一匹」
最後に残ったサンドドッグの正面で、西洋剣を構える。
いける。そう確信した瞬間――低い唸り声が響き、遺跡の影から深紅の目を輝かせて、仲間のサンドドッグが現れた。一、二、三、四、五匹。
つまり、計六匹。
「――ッ、三匹でギリギリだったのに」
絶望的な状況だ。
王都からの連戦で剣の状態もよくない。
それでも――。
「私は勇者なんだから、こんなところで苦戦してちゃダメだッ!」
ユーリは弱気を吹き飛ばすように、剣の柄で己の額を叩く。細く息を吐くと、勇を鼓して再び西洋剣を構えるのだった。
アゲートは少し遠くに停車した馬車の荷台から、ユーリの戦いを見ていた。
「すげえな……あれで、冒険者になって一月も経ってねえとかバケモンだろ。勇者ってのもあるだろうが、元の素質が半端ねェな」
たしか、レベルは十五に満たない程度だったはずだ。
その短期間でそこまで上げたのがまず規格外なのだが、レベル以上に身のこなしに危なっかしさがなかった。控えめな性格に反して大胆な戦い方だ。
「冒険者ランクも、鉄級ってとこだろ? 普通はパーティーを組んで倒す魔獣だぜ? ありゃ」
サンドドッグの脅威度はC+。
つまり、初級上位の実力を持つ冒険者が《《パーティーを組んで討伐すべし》》、というのが、冒険者協会が定めた水準である。
決して見習いを上がったばかりのユーリが単独で相手取る敵じゃない。
アゲートも危なくなったところで介入するつもりだったのだが、彼女は今も六体のサンドドッグ相手に大立ち回りを演じているではないか。
「カンデラの話を聞いた時は心配したが、こりゃひょっとするかもしれねェな」
――ユーリが現在発現している固有スキルは二つですわ。
ユーリと合流する以前に、カンデラから話は聞いていた。
勇者の伝説については専門外だが、歴代の勇者が九つの固有スキルを操ったという伝説は有名だ。ユーリは内、二つを発現しているという。
一つは、【天勇】。
一定の確率で、あらゆるスキルの影響を受けずにダメージを与えることができる、魔纏である。
もう一つは、【発展】。
こちらは、得られる経験値を引き上げる魔纏で、ユーリが早熟である理由だ。と言っても、レベル以外の成長も著しいため、本人の素質もあるだろうが。
「問題は、残りの固有スキルを得る条件が七魔皇を倒すことってところだが……」
七魔皇はその名の通り、七人存在する。
一人を倒すごとに、一つの固有スキルが覚醒するらしい。
特に歴代の勇者が必ず発現していたという、【大物喰らい】がユーリの成長と、七魔皇の討伐の鍵を握るとカンデラは話していた。
――そのスキルは格上との戦闘時に全ての能力を引き上げるというものですわ。経験値を引き上げる【発展】と合わさることで、彼女の成長率は凄まじいものになるでしょう。
「高台でベリウスを倒せてりゃあ、それが手に入ってた可能性があるが……」
それはさすがに夢物語が過ぎるか。
あそこでユーリが殺されなかっただけ運が良かったと考えるべきだ。
それに目の前の戦いっぷりを見るに、彼女の将来には期待ができそうである。
なんとか全てのサンドドッグを一人で倒しきったユーリは、満身創痍でこちらに戻ってきた。顔には疲労の色が濃く表れており、外傷も多い。
「すみません……手間取りました」
それでも、ユーリの目は飢えた獣のように爛々と輝いていた。
汗を拭いながらそう言うユーリは達成感など微塵も覚えていないようだった。もう次のステージを見ている。いい目だと思った。
だからこそ、真剣に向き合わねばなるまい――久しぶりに骨のありそうな生徒に出会えた。
「おい、クソチビ」
「は、はい!」
「全然ダメだな。特に後半、お前考えるのサボっただろ。動きが大雑把。余計な大振りが多かった。敵の動きを予測することも止めたな」
「……ぅ」
理解はできる。
痛みと疲労。徐々に腕が上がらなくなり、足も鉛のように重たく思った通りに動いてくれない。そんな中、冷静な思考を続けるのは至難の業だ。
実際、中級以上の冒険者でも、特に前衛は力任せに武器を振るうだけのヤツも多い。
でも、これから長く戦っていくなら、それじゃダメだ。
「考えるのを止めるな、サボるな。常に視野を広く持て。相手の動きを予測し続けろ。複数のパターンを脳内で思い描け。思考を止めたヤツから死んでくぞ」
「はい……すみません、がんばります」
「だが、最初の動きは悪くなかった。お前は常識に捕らわれず持てる手札の中で最善を尽くした……まあ、結局全部倒したわけだしな、頑張ったんじゃねェの?」
「は、はい! ありがとうございます!」
しょぼんと肩落としていたユーリは、勢いよく顔を上げて言った。
顔を綻ばせるユーリに、激しく尻尾を振る姿を幻視して、思わず吹き出しそうになるのを堪える。眼鏡の位置を直すふりをして表情を隠した。
「えっと……アゲートさん?」
「何でもねェよ。気の抜けたテメエの表情に呆れただけだ。サンドドッグなんてまだ序の口だぞ。甘やかす気はねえから気合入れてけ」
「ひゃ、はい! すみません!」
ピンと背筋を伸ばすと、ユーリはぶつぶつと何やら唱えて先の戦いの振り返りを始める。今時見ないほど実直なヤツだと思った。
そんな彼女の姿を見て、アゲートはできるだけ力になってやろうと密かに決心するのだった。




