第60話「迷宮都市ラスアルゲティ」
ベリウスは、ティアナディア、シグレ、ツルプルルを連れて、迷宮都市ラスアルゲティを訪れていた。
この街は、ティタウィンの聖墓と呼ばれる迷宮を中心として作られた迷宮都市である。
この世界の中でも巨大な迷宮の一つで、未だその全貌は明かされていない。魔獣に関しても駆け出しでも狩れる低レベルのものから、上級冒険者ですら手も足もでないものまで様々。
詳細な地図が作られた浅層でレベル上げに勤しむ駆け出し冒険者や、未知のアイテムや魔獣を求めて駆け回るベテランまで、様々な目的で数多くの冒険者が日夜、この迷宮に挑んでいる。
となれば、当然、迷宮都市ラスアルゲティは、冒険者や商人で賑わっているわけで、ベリウスもその想定で、この街を訪れたのだが。
「……これはさすがに多すぎるな」
街の中心部は人で溢れていた。
特に冒険者が多いように思う。
今から迷宮に挑もうという冒険者や、迷宮帰りの冒険者。
魔獣が出るのが迷宮だけというわけではないから、迷宮と関連しない依頼を受けた冒険者もいるだろう。
特にイベントがあるわけではないはずだが、まるでお祭り騒ぎだ。
「ご主人様の考えはよくわかります! たしかに、この場で特大の魔法をぶっ放したら気持ちよさそうですよね! どきどき」
「…………」
隣で、フードを被ったティアナディアが笑顔で言う。
なぜ、ティアナディアの思考はいちいち物騒なのか。
「ふぅえ、へへ……尊い」
シグレはというと、斜め後ろからジッとこちらを見つめていた。
しかし、ベリウスがシグレの方に視線をやるとサッと視線を逸らした。
シグレは人族、妖狐種の少女で、奴隷商に痛めつけられていたところを、ベリウスが半ば無理やり仲間……奴隷にした。それからというもの、彼女はベリウスのことを神様だと崇めている。
「シグレなんかを見たら……ふえへ、申し訳ないです」
視線を合わせてくれない方が失礼ではなかろうかとも思ったが、何も言わなかった。
ベリウスが何か注意をしたら、シグレは切腹する可能性があるからだ。
ツルプルルはというと、コッソリとベリウスのローブの下から触手を忍び込ませて魔力を吸っていた。
「うまうま」
何を隠そう、彼女は赤竜教団パラダイスロストが主導で行った実験の被検体で、体の一部に魔獣の細胞が埋め込まれている。
その魔獣の名はドレインクラーケン。
触手を使って対象のMPを吸収することが最大の特徴のイカ型の魔獣である。
「おい、プルル。街中では止めてくれ」
「ますたぁがおいしいから仕方がないよ!」
ツルプルルは邪気のない笑みを浮かべる。
まあ、無差別で辺りの冒険者のMPを吸い上げるよりかはマシかもしれないと思い直す。それに吸うなら自分の魔力にしろと言ったのは、ベリウスなのだ。
そんな時。
「わあ、大丈夫ですか?」
四、五歳のくらいの女の子が走ってきてティアナディアにぶつかった。
ティアナディアは、尻もちをついた子供と視線を合わせ、手を伸ばす。
「あ、ごめんなさい……その、えと」
女の子は謝罪の言葉を口にするが、心ここに在らずと言った様子できょろきょろとしている。
それを見て何かに気づいたティアナディアが「どうぞ」と女の子の死角となる位置に落ちていた人形を拾う。
すると、ぱあと女の子の表情が華やいだ。
「あ、ありがとう!」
どうやら、ぶつかった拍子に落としてしまったらしい。
「そのぬいぐるみ流行ってるんですか? ここに来てから、よく見かけますが」
「うん! りゅうゴンって言うの! 今すっごく人気でね、私もお兄ちゃんに買ってもらったんだ!」
デフォルメされた真っ赤な竜のぬいぐるみを掲げて言った。
「か、かわいい……どこか神様を感じます」
シグレは何が琴線に触れたのか、瞳をキラキラと輝かせていた。
りゅうゴンは、『Legend of Ragnarok』の公式マスコットキャラクターだ。
とはいえ、公式側もいまいち持て余しており、謎の四コマ漫画やら、キーホルダーやらが作られたことはあったが、プレイヤーの記憶にはあまり残っていなかった。
それがなぜ……? ゲーム内のアイテムとして出現した記憶はなかったが。
周囲を見渡せば、たしかに似たようなぬいぐるみを所持した人々が多く見受けられる。驚いたことに、目の前の女の子のような小さな子から、強面のオッサン冒険者まで老若男女問わずに人気があるらしい。
りゅうゴンのぬいぐるみを注視する。
どこにでもある普通のぬいぐるみだ。
ぬいぐるみ自体には何もない。
とはいえ――。
「ふむ……」
少し思うところはあったが、些事にかまけている余裕はない。
ティアナディアを見ると、女の子と仲良さげに話していた。この短い時間で女の子の心を掴んだようだ。最後には女の子は満面の笑みを浮かべて去っていった。
「そういえば、ご主人様。迷宮都市を訪れた崇高な目的はなんでございましょうか! もしや、新婚旅行的なラブな旅ですか? これは!」
顔を上げたティアナディアが問う。
いつどこで誰と結婚したんだと突っ込みたい衝動を抑え、咳払い。
「理由は二つある」
ベリウスは歩きながら、二本の指を立てた。
「一つ目。七魔皇の一人がここにいる。そいつを討つ」
迷宮都市ラスアルゲティは、原作ゲームのストーリーをなぞった場合、王都アルティバの次に勇者が訪れる街だった。
勇者はカンデラの助力もあり、王都で七魔皇の一人であるベリウスを倒すと、仲間を集めるため、また、他の七魔皇を倒すために旅に出る。
その際、魔術学院の講師を務めるアゲートが仲間になる。
とはいえ、彼は一時的にパーティーに加わるだけで後に離脱するのだが。強力な性能をしていた記憶はある。
そして、迷宮都市に到着した勇者は、新たな仲間と合流することになる。
なんとその仲間と勇者は顔見知りだった。
村で暮らしていた頃に短い間だったが交流があったのだ。
久しぶりの再会に、二人の仲はすぐに縮まっていく。
しかし、それは第三者によって埋め込まれた《《偽物の記憶》》である。
その第三者というのが、七魔皇の一人――。
「その七魔皇というのは?」
「ネーラ・ビシオンセイスだ」




