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第57話「ユーリの旅立ち」


 染み一つない真っ赤なカーペットに、複雑な意匠が施された椅子やテーブル。

 壁には魔獣の角や骨を使って作られた装飾品や、絵画、ソードウォールが飾られている。

 ふかふかのクッションが備えられたソファに腰掛けたユーリは、まるで別世界の光景に気後れしていた。ピンと背筋が伸び、体は硬直している。


「……わ、私絶対場違いだよね」


 ユーリがぽつりと呟く。


 部屋の隅には数人のメイドが控えている。

 彼女らはピクリとも動かず、命令を待つ人形のように直立不動。


 正直居心地は悪い。


 ここは、人類最強と名高い剣聖カンデラ・ミカエリスの屋敷、その応接室だった。

 ユーリが招かれるに至ったきっかけは、先日の王都高台での一戦にあった。


 七魔皇が一人、ベリウス・ロストスリー一行とカンデラ率いるエルタニン王国聖騎士団の戦いは苛烈なものだった。

 ベリウスから繰り出される、災害とも呼べるほどの規模の魔法の数々。山肌を削り、地面を抉り、騎士団を蹂躙する。まさに悪夢とも呼べる光景だった。


 そんな過酷な戦場の中にユーリもいた。

 駆け出しの冒険者。冒険者ランクは先日やっと見習いを抜け出したばかり。役立たずだというのはわかっている。それでも体が勝手に動いてしまった。


 結局、ベリウス一行を討滅することは叶わず、惨敗と言って遜色ない結果に終わったわけだが……その後、カンデラが接触してきたのだ。


 ――後日、わたくしの屋敷に来なさい。話がありますわ。


 そして、今。

 駆け出しの分際で余計なことをしてくれたな、と説教をされるのだろうか。

 だが、あの剣聖がわざわざそんな些事のために時間を取るとは思えない。


「……うぅ、緊張でお腹が痛くなってきたよ」


 そのとき。

 正面の扉が開き、ネグリジェに身を包み派手な寝癖がついた金髪の女性が、黒髪のメイドに首根っこを掴まれ引き摺られながら応接室に入ってきた。


「ノワール! 放しなさい! 仮にもわたくしは主人ですわよ! もうちょっと、あと五分だけだから! わたくしをベッドに連れていきなさい! ふかふかのベッドが恋しいですわ~!」


 見間違いかと思った。

 だが、目を擦って何度見ても、その女性こそがカンデラだった。


 比類なき強さを誇り、強気を挫き弱気を守る英雄。

 天使ミカエラから賜った加護を代々受け継いできた剣聖の家系に生まれ、当代最強と名高いカンデラ・ミカエリス。


 それが、ノワールと呼ばれていたメイドの少女に引っ張られて駄々を捏ねていた。

 側に控えているメイドたちを確認すると、若干居た堪れないような表情を浮かべていた。もしかしたら、これが屋敷での日常なのかもしれない。


 ユーリはもう一度カンデラを見る。


「……あ」


 視線が合う。

 カンデラは表情を無にする。

 スッと立ち上がると扉の奥へ。


 ドタドタバッタンと激しい物音がして少し経つと、カンデラは再び応接室に現れた。


「ごきげんよう。ようこそおいでくださいました、ユーリ・グレイル。会えるのを楽しみにしていましたわ」


 凛とした声音に、引き締まった顔つき。さっきの寝癖が嘘のように美しい金髪は整えられている。そして、派手すぎず、しかし、カンデラの魅力を最大限引き出した外行きの装に身を包んだ、まさに剣聖に相応しい姿。


「……あ、あの、さっきのは」

「はて、何のことでしょう?」

「……えっと、剣聖様はきっと私には思いもよらないような大変なことが毎日あって、すごく疲れているんだろうなって思うので、その……もう少し休んでいても大丈夫ですよ? 私はこの後用事があるとかも特にないので!」


 本心だった。

 魔獣の討伐に、先日の事件の後始末。他にもきっとユーリが思い付かないような業務が無数にあるのだ。十分な睡眠が取れておらず疲労が溜まっているというのもおかしなことではない。


 すると。


「いたいけな少女に気を遣わせて……ダサッ」


 ノワールがボソッと呟いた。

 カンデラは顔を伏せてプルプルと震えている。


「ノワール! なんで言ってくれませんでしたの! なんで言ってくれませんでしたの! 来客があるってどうして!」

「今朝、何度も説明しましたよ。寝ぼけて聞いていなかったようですが」

「昨日の内に言うのが常識じゃないんですの!」

「昨日も説明しましたよ。甘味に夢中で聞こえていなかったようですが」


 カンデラがノワールの首元を掴みぐわんぐわんと揺らす。

 ノワールはスンとした無表情で淡々と事実を伝えるのみだった。まったくお嬢様は……という呆れがこちらにまで伝わってきた。


「……わ、わたくしの完璧超人なイメージが」


 がっくりと肩を落とすカンデラ。

 なんとフォローをすればいいのだろうかと迷っていると、後ろに控えていた年長のメイドがコホンと咳払いをする。


「お嬢様。ノワール。来客の前ですよ。しゃんとなさい」


 年長メイドの鶴の一声にノワールは一礼。観念したカンデラが正面の席に着く。

 ユーリは一連の流れに苦笑いをするしかないのだった。


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