5王子様を求めた彼女
◎⚪︎◎
「オレと結婚してくれますか?」
「ああ、王子様! あなたが、わたしの王子様だったのね!?」
「ええ。オレのできる限り、あなたを幸せにしてみせます」
プロポーズの言葉は、アンが最も求めていた言葉だった。
しかし、その結婚生活は、アンが望んでいたものとは程遠かった……。
◎
アンは貴金属店の娘として生まれた。
平民ではあったが裕福であり、何不自由なく暮らしていた。
そんなアンが憧れたのが『お姫様』だった。
絵本に出てくるようなお姫様に憧れ、両親の隙をみては店に並ぶ豪華なアクセサリーを勝手に身につけ、叱られるような幼少期を過ごした。兄もいたが、そんな彼女をよく馬鹿にしていたので、あまり好きではなかった。
そんな彼女の憧れは成長しても失われることなく、ある時見た人形劇で更に加速することになる。
この街には、『傀儡座』という劇団がある。
その名の通り、人形劇を上演する劇団で、アンが子供の頃は子供向けの小さな劇団だった。
その演劇で見た、平民だと思われていた女の子が実はお姫様で、苦難を乗り越え、自分を虐めた者や陥れた者を成敗して素敵な王子様と結ばれるという物語は、アンの心に深く焼きついた。
それからアンは自分が実はお姫様なのだと信じて疑わず、それを他人にも強要するようになったため、友人には恵まれることはなかった。
成長すればそれがただの思い込みだったと理解できたが、それでも素敵な王子様と結婚したいという願望は無くならなかった。
そして、アンが年頃になった時、彼女は久しぶりに『傀儡座』の人形劇を見た。
物語に影響されやすいアンは、家族に人形劇を見ることを禁じられていたのだが、商店のくじ引きで鑑賞券をもらったことで、久しぶりに見に行くことになったのだ。
久しぶりに見る人形劇に、アンは衝撃を受けた。
昔は糸で吊るした小型の人形を操るのが人形劇の基本だったが、今は人間ほどの大きさの人形を、魔法具を使って操り、人間の演者ではできないような芸当まで演じて見せる。
劇団はその次世代人形劇で大成功し、専用の劇場まで建てたようだった。
アンは、その人形劇にのめり込んだ。
特に女の子が王子様と結ばれる物語が大好きなのは、昔と変わらなかった。
そして、演者の一人であるジェフに惚れてしまった。
彼は主に王子様や騎士などの、ヒロインの相手役を演じることが多く、彼自身の見た目も良かった。
アンはジェフに猛アプローチを仕掛けた。
その甲斐があり、アンとジェフはファンと演者から恋人同士になった。そしてアンは彼との結婚を望んでいた。
苦労することが目に見えていたため家族には反対されたが、アンは聞く耳を持たなかった。
そして周りの反対を押し切り、どうにか結婚まで漕ぎ着けたのだった。
「オレと結婚してくれますか?」
「ああ、王子様! あなたが、わたしの王子様だったのね!?」
「ええ。オレのできる限り、あなたを幸せにしてみせます」
その言葉をジェフから聞いた時、アンは自分が幸せになると信じて疑わなかった。これでようやく、お姫様としての生活が待っているのだと。
だが、その結婚生活はアンが思い描いていたものではなかった。
ジェフは人形劇団の売れっ子演者ではあったが、実家にいた時のような不自由のない生活はできなかった。
さすがに、使用人を雇うような余裕はなかったのだ。
とはいえ、平均的な平民の生活はできるくらいの収入はあったのだが、箱入り娘のアンは家事ができず、仕事もしたことがなかったため、その生活は厳しいものとなった。
何よりジェフは付き合いや演技の勉強のためと言って、度々仲間と飲みに出かけてしまう。
自分だけを大切にして、一番に扱って欲しかったアンにとっては、浮気ではないと分かってはいても、我慢がならなかった。
気付けば、アンの白くて滑らかな手は慣れない家事で荒れ、髪は艶を失っていた。化粧品も、愛用していた高価なケア商品も買えなかったのだ。
いや、ちゃんと家計をやりくりすれば余裕はあったのだが、箱入り娘だったアンにそんな芸当はできず、化粧品のランクを落とすという発想もなかったため、そんなことになってしまった。
夫のジェフは幾度となく進言はしたが、自分の現状を嘆いてばかりのアンはそれを受け入れることはなかった。
そうして二人の仲は、結婚して一年ほどで完全に冷え切ってしまった。
その頃になってアンは、この結婚は間違いだったとようやく気付いた。
よくよく考えてみれば、ジェフは王子様を演じてはいたが彼自身が王子様というわけではない。
彼の生まれは、アンの実家よりも生活水準の低い平民だ。
そんな彼が、アンが望むような生活をさせてくれるはずがなかった。
しかし、『王子様と結婚して幸せになりたい』という願いしか持っていなかったアンには、現状を打破するような考えは思い浮かばず、望まない生活を続けるしかなかった。
実家は、アンが無理にジェフと結婚したことで、長年没交渉。
そもそも、現在はアンを馬鹿にする兄が実家の店を継いだので、あまり頼りたくはなかった。
しかしアンは、本当の運命の出会いを果たす。
ある時の買い物帰り、アンは誰かにぶつかり、荷物を落としてしまった。
「ああ! 申し訳ありません!!」
相手は平謝りし、散らばった荷物を一緒に拾ってくれた。
「あ、ありがとうございます……」
身なりのいい若くて優しそうな青年が、落ちた荷物を拾うさまに、アンはあっけに取られてしまった。
「すみませんでした。ダメになったものは、弁償しますね」
相手は、とある商会の会長で、若くして成功を収めた男性だった。
クリーム色の髪に茶色の瞳の優しい雰囲気の男性に、アンは一瞬で恋に落ちてしまった。
それから何かと理由をつけて相手とは会うようになり、男女の仲になるのにそう時間はかからなかった。
「ああ、王子様! あなたこそが、わたしの本当の王子様だったのね!?」
「あなたが望むなら、きっとそうなのでしょう。きっとこれは、運命の出会いだったのですね」
アンはようやく本当の王子様と出会えたのだと思った。
そうなると、邪魔になってくるのが夫のジェフだ。
アンは密かに手に入れた『適量なら問題はないが、摂取しすぎると徐々に体が弱り、死に至る薬』をジェフに盛り、亡きものにした。
功を焦って薬を多く盛ったため、予定よりも早くジェフが弱って亡くなってしまい少し焦ったが、アンとしては都合が良かった。
それから愛しの王子様の元へ行こうとしたが、自身の妊娠が発覚。
それを知った相手の男性は、自分の子供なら面倒を見るが、そうでないなら知らないと言い放った。
後に知ったことではあるが、優しい王子様のような彼は、アンの他にも多くの女性を囲っており、複数の子供がすでにいた。だが、自分の子供であれば、面倒を見るというのは本当のようで、囲っている女性も子供も不自由はしていないようだった。
アンは彼の子供であることを願ったが、生まれた子供は彼の色合いを受け継いではいなかった。
魔力による親子鑑定でも、彼との親子関係は否定されてしまった。
生まれた子供は、彼女が亡きものにした夫との子供だった。
それでも、当面の生活費をジェフは残していたが、その資金が子供のために使われることはなかった。
アンは愛する王子様との子供ではない我が子の育児を最低限しかせず、苛立つ時は手も上げた。
そして、愛しの王子様の元へ通うのをやめなかった。彼は子供の費用は出さなかったが、相手をすればお小遣いやプレゼントをくれるからだ。それは、アン自身を着飾るのには十分な資金だった……。
◎⚪︎◎
──その年のサウィン祭の夜、アンは不思議な場所にいた。
その夜は愛しの王子様と過ごす権利を勝ちとり、一緒に高級宿で過ごしていたはずだった。
しかし、隣に寝ているはずの王子様はいない。というかこの場所は、二人で過ごしていた宿でもない。
どうやら森のようだが、どことなく絵本の世界のような現実味がない場所だった。
「アン」
アンは自分の名を呼ぶ声に、振り返った。
そこには数年ほど前に亡くなった夫のジェフがいた。
元気な頃の姿のままだ。
「ジェフ? あなたなの?」
「そうだよ。今夜はサウィン祭だからね。死んでもこうして君に会いにくることができたんだ」
「そ、そう。サウィン祭、だものね……」
自分で毒を盛って殺した相手が気さくに声をかけてくることに、アンは気まずさを覚える。
(でも、これなら、私がやったことに気付いてはいないみたいね……。これもどうせ夢でしょうし)
「ところで、オレたちの子供は元気かな?」
「え? ええ、元気よ?」
(彼が死んだ後に生まれたのに、知っているのね。私が見ている夢だから?)
「本当に?」
「そ、そうよ?」
「お前は子供を放置して、今宵も浮気相手とお楽しみだというのに?」
「は? ──ヒィ!?」
ジェフの姿がドロドロに溶け始める。
眼窩は黒くぬり潰され、口は耳まで裂けた。
その姿は、いつか見た人形劇に出てくる悪霊のようだった。
「ぐえっ!?」
鋭い鉤爪がついた手が、アンの首を掴む。
『浮気については今更何も言わないが、子供を大切にできないんなら、オレと代わってもらうぞ?』
そう、おどろおどろしい声音で言われ、アンは意識を手放した。
◉⚫︎◉
『うう?』
アンが目を覚ますと、不思議な光景が目に入った。
ベッドの上に、愛しの王子様と自分自身が寝ている。
『え? ど、どういうこと!? わたし、まだ夢を見ているの!?』
そして、ベッドの上の自分が起き上がる。
その気配で王子様も。
「おはようアン」
「おはよう。ところで、今日限りでアンタとの関係は終わりにするわ」
「は?」
『はぁ!? 何言ってんのよ、わたし!!』
「私、自分の子供のために生きることに決めたから。それに、女にだらしないあなたとこういうことしてる暇がないの。複数の女に突っ込んでるアンタって、凄く気持ち悪いしね!」
「え、ええ……?」
もう一人のアンは身支度を整えると、さっさと部屋を出ていってしまった。
後には困惑している王子様と、体を奪われたアンが残されたのだった。




