4未来へ共に歩く
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「バイロン!?」
バイロンの白目部分が黒く染まり、その姿が黒い煙に包まれた。
そして、黒い煙から現れた姿は、禍々しいものに変わっていた。
それはまるで、人形劇の『サウィン祭の夜に』に出てくる悪霊そのものの姿だった──。
『ああ、くそ! 俺はそうならないって思っていたけど、実際に愛する人を前にすると、自分を抑えられなくなるな……』
「バ、バイロン……」
私は彼のあまりの変わりように、動けなくなっていた。
何かの間違いかもしれないと思いたいが、今のバイロンは、悪霊としか思えない姿に変容してしまった。
『クロイ、逃げてくれ……』
苦しそうな声で言いながら、バイロンが鋭い鉤爪に変化した手を伸ばす。
「だ、だめよ、バイロン……」
しかし、足が動かない。そこでようやく、自分が怯えていたことに気付く。
私がバイロンを怖がるなんて……。
『クロイ……もう、自分をとめられないんだ……』
その鉤爪が私の首にかかろうとした瞬間──。
「クロイ!!」
誰かに体を引っ張られ、抱き止められた。
『──!?』
バイロンの鉤爪が宙を掻く。
「──その声、アシュリー?」
私と同じ仮面をつけたアシュリーが私を抱き止めていた。
どうしてここに?
「細かいことは後だ! 逃げるぞ!!」
「え、ええ!」
私はアシュリーに手を引かれて走り出した。
『待て!』
後ろから、バイロンが追ってくる気配がする。
だから必死で走った。
裏サウィン祭の会場から抜けたあたりで、後ろの気配が消えた。
振り向くと、裏サウィン祭の会場の入り口でバイロンが手を振っていた。その姿は元の彼のものに戻っており、その傍らには人形劇で使用されていた人間大の悪霊の人形がいた。
──ああそうだ。彼は人形遣い。人形を介するとはいえ演技することは得意だったのだ。
私は涙が溢れて止まらなくなってしまった。
◉
「……」
「クロイ、大丈夫か?」
気付けば、街の中心広場まで来ていた。
アシュリーが心配そうにハンカチを差し出してくれる。
私はそれを受け取り、仮面を外して涙を拭う。
「バイロン、最後に手を振ってくれていたわ……」
「……そうか。してやられたな」
アシュリーも仮面を外す。バイロンの意図に彼も気付いたらしい。
「そうね。彼の演技にすっかり騙された」
バイロンの行動はきっと、私の未練を無くすためのものだったのだろう。まあ、最後に見せた優しさのせいで、すべてオジャンだけど。
「でも、何だか吹っ切れたわ。未練はあるけど、彼のことでいつまでも曇ってるのがバカらしくなった」
「そうか」
「でも、一人で未来を歩くのは不安だから、アシュリーも一緒に歩いてくれると嬉しいわ」
「え? ──うん。一緒に歩いて行こう!」
気付けば空が微かに明るくなっていた。
裏サウィン祭にいた体感は一時間にも満たなかったけど、実際には数時間も経っていたらしい。
「今日また、バイロンのお墓に行ってもいいかしら?」
「うん、行こう。僕も言いたいことがあるから!」
そうして、サウィン祭の夜は明けて行った。
◎⚪︎◎
久しぶりに会ったクロイは、相変わらず可愛かったとバイロンは思った。本当に、命を奪ってでも一緒にいたいくらいに。
「バイロン、うまく行ったか?」
「ええ。ありがとうございました、ジェフ先輩」
バイロンは、協力者のジェフに礼を言う。
ジェフの手には、悪霊を模した人形があった。
「まあ、お前の方は未練がなくなって良かった感じか?」
「ええ。俺の行動と言葉が足りなかったせいで、クロイに疑惑を持たれてたとは……」
「まあ、全面的にお前が悪いな」
「はい……。弁解の機会をくれた魔女様に感謝です」
「まさか、死者を導く巫女の正体が魔女様とはな〜」
「死んでから分かることって、あるんですね」
二人は裏サウィン祭の会場へ戻った。
屋台で飲み物を受け取ると、二人で適当な場所へと座る。
「で? いいのか? 最愛の恋人は助けに来た彼と一緒になるぞ?」
「一人で長い人生を生きてほしいなんて残酷なこと、言えませんよ。まあ、未練がないと言えば嘘になりますけどね」
「そうだな」
「まあ、アシュリーならクロイを任せられますからね。もし、クロイを悲しませるようなことがあれば、化けて出ますけど」
「そりゃあいい」
ジェフはバイロンの言葉に笑った。
「それで? 先輩の方はどうなんですか?」
「まあ、アンが幸せならこのまま何もしないつもりではあったんだけどね……」
「ということは、やっぱり……」
「子供に酷いことをしているんなら、話は別だろ?」
「まあ、そうですね。手助けは?」
「いや、お前にまで何か影響があると色々問題だろ? オレの方の真実を彼女に話してくれただけで十分さ。魔女様も協力してくれるし」
「そうですか」
「それじゃあ、これでお別れだな!」
「ええ。先輩もお元気で──っていうのは変ですね。俺たちもう死んでますし」
「そうだな」
「ここは、そうだな……。ご武運を!」
⚫︎◉⚫︎
その日の昼間、私とアシュリーは再びバイロンの墓へ行った。
サウィン祭から二〜三日の間は、当日お墓参りをできなかった人のための期間なので、飾り付けもそのままなのだ。あとは、表立ってお墓に来られない人のための期間らしい。
バイロンの墓は前日と同様、サウィン祭の飾りがつけられたままだった。
特に変わったところはない。
裏サウィン祭の会場だった墓地隣の広場も、特に変わったところはなかった。裏サウィン祭の痕跡さえ……。
「何だか拍子抜けだね」
「そうね……」
裏サウィン祭での出来事は夢だったのかと思いそうになるが、私たちの手にはジェットの魔女様にもらった仮面と招待状が、確かに残っていた。夢というわけではなさそうだ。
「そういえば、アシュリーはどうして裏サウィン祭にいたの?」
「ああ、ジェットの魔女様から、珍しい布を購入してね。そのお礼? で招待状と仮面をもらったんだ。裏サウィン祭だっけ? それにクロイが参加するかもって言っていたし……」
「なるほど……」
魔女様はあの後、アシュリーに布を売ったらしい。
アシュリーは魔女様から私が裏サウィン祭に参加するって聞いていたのか。
「どんな布なの?」
「聖糸蚕の糸で織った聖なる絹だよ。ちょうど一巻きもらった」
「え? 大聖女様のドレスになるやつじゃない!?」
「といっても紅色だから、そこまで高くはないけどね」
「ああ、純白が最高級なんだっけ?」
「そうそう。クロイは服も作れるだろ? 紅聖絹で何か作らない? 人形用の衣装にするには勿体無いし」
「そうね〜」
そんな話をしながら、私たちは街へと帰った。
……多分もう、大丈夫だと思う。
◉
それから、私はアシュリーが魔女様から買った紅聖絹でドレスを作ってみた。
といっても、貴族が社交界で着るような重厚なドレスにするには布が足りないので、ワンピースのシンプルなドレスだ。
こういったシンプルなドレスは、平民が着飾るときや結婚するときに着ることが多いが、最近では貴族の間でも流行っているらしい。
「へぇ、綺麗だね」
「うん。上手にできたわ!」
アシュリーが紅聖絹の刺繍糸を買ってくれたので、それで刺繍も施した。
趣味で作ったので、数ヶ月かかってしまったけど、なかなかの出来栄えだった。
紅聖絹は紅と名がついているけど、実際には少し赤味が強いピンクといった色合いだった。
この色合いなら、結婚式の花嫁用のドレスとしても使えるかもしれない。
花嫁のドレスには、薄い色合いのドレスが好まれるのだ。
「それでこのドレスどうする? どこかの仕立屋に買い取ってもらう? 結婚式に着ても大丈夫そうだし……」
結構な金額になる自信はある。そのお金で、アシュリーと美味しい物を食べに行くのも良いかもしれない。
「そ、そうだね……」
あれから、バイロンと会うことも、ジェットの魔女様と再会することもなかった。
少し寂しくも思うが、その方が生きている人間にとってはいいのだろう。
「あ、あの、クロイ!」
このドレスを作っていた数ヶ月で、私とアシュリーの距離も縮まったと思う。
だから彼の表情の微妙な変化にも気付くようになっていた。
だけど、このときのアシュリーの表情は初めて見るものだった。
何か決意をして、緊張と不安が混ざったような表情だ。
「アシュリー? どうしたの?」
「そ、その。僕たちの結婚式で、クロイが着たらいいんじゃないか、と……」
「え? それって……」
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その日、私たちは恋人同士から婚約者同士となった。
そして数ヶ月後、私は自分で作ったドレスを着て結婚式を挙げることになる。
バイロンのお墓に結婚報告をすることも忘れてはいない。
彼が私たちのことを祝福してくれることを、願っている──。




