2ジェットの魔女
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「いや〜、助かったよ。ありがとう!」
その人物は私が持っていた美糸蜘蛛の糸を大切そうに受け取った。
「いえいえ。私も余分に持っていたので。お役に立てて良かったです」
「さて、改めて自己紹介をしておこう。あっしはジェットの魔女。ジェットでも魔女でも好きなように呼んでくれたまえ!」
「魔女様、でしたか……!」
ジェットの魔女と名乗った彼女は、黒くてストレートな長い髪を持ち、片目を髪で隠している。見えている瞳の色は濃い茶色だ。
黒いマントを羽織っているその下には、色合いの違う、黒のドレスを着ていた。
何となく、『サウィン祭の夜に』という昔話に出てくる死者を導く巫女が現実にいたら、こんな感じだろうかと思った。
彼女はこの街に用があって来たが、外貨を両替している暇がなく、美糸蜘蛛の糸を買うお金が足りなかったそうだ。
不憫に思った私は、彼女に声をかけ在庫で持っていた糸を譲ったのだ。そのために、我が家へと招待した。
「悪かったね。これがあっしが持っている全財産だ。一応、他国のお金は沢山あるけど、この国のお金に替えないと使えないからねぇ」
「あるだけで十分ですよ。……そういえば、この国のお金をここで全て差し出してしまうと、このあと宿とか困りませんか?」
「あ。サウィン祭まではこの街にいないといけないんだったわ……」
「それまで、七日ありますよ? この街じゃ、外貨の両替も難しいでしょうし……」
多分、王都まで行かないと無理だろう。この街にも銀行はあるが、果たして対応しているだろうか? ……多分、無理だな。
「ぐぬぬ……。王都まで行くとなると、戻ってくるのに時間がかかる……。あっしは今、魔力に制限がかけられているから、個人での転移魔法は使えないし……」
「転移ゲート……を使うにも、お金がかかりますね」
両替のために王都に行くのに、転移ゲートの利用でお金が無くなりそうだ。そもそも、この時期は王都でもサウィン祭の時期なので、転移ゲートの使用料も上がる。
王都のサウィン祭は、地方のここよりも盛大で豪華で、観光資源にもなっているらしいから。
「仕方ない。持ち物を何か売るか……」
「あ、このお金返しましょうか? 資金ができてからの支払いでも……」
「いやそれは、そのまま受け取ってほしい。……いや、少し足りないかな?」
「いや、そんなことは……」
例年の美糸蜘蛛と同じ代金だ。十分だと思う。
「いや、それじゃあっしの気がおさまらない。とはいえ、他にあげられそうなものは……。お、そうだ!」
魔女様は少し考えたあと、指を鳴らした。
すると、空中から手紙と何かが現れ、彼女の手の上に落ちた。
……収納魔法の類かしら? 魔女様って便利ね。
「これをどうぞ」
「何ですか?」
魔女様が差し出したものを受け取る。手紙──? いや、招待状と書いてある。
「裏サウィン祭の招待状だよ」
「う、裏?」
サウィン祭に裏があるなんて、聞いたことがない。
「表は生きている者が楽しむ祭り、裏は死者が楽しむ祭りだ。君が会いたい相手がいるのなら、裏サウィン祭で会えるかもね?」
「会いたい人に……」
そんな人物、一人しかいない。
「もし参加するなら、その仮面をつけるように」
「仮面?」
もう一つ渡されたもの。
目元だけを隠す、シンプルな仮面だ。
サウィン祭では仮装もするが、それ用にしてはシンプルすぎる。
そういえば、貴族はこういった仮面をつけて、舞踏会を行うと聞いたことがある。
「死者の中には、生者のことが羨ましくてたまらないって感じの輩もいるからね〜。そういった奴らに見つかると、命が危ういどころか、中身が入れ替わってしまうこともある。自分の体を他人に奪われたくはないだろう?」
「それは……はい」
凄く嫌だと思う。
「それじゃあ、参加するしないは自由だ。参加するなら、招待状に書いてあることを守るようにね」
「あ、はい。ありがとうございます──うわ!?」
ジェットの魔女様はいつの間にか席を立って、玄関のそばにいた。
そして、玄関の扉を開けると、風が部屋の中に吹き込み、一瞬視界が奪われる。
風が止むと、魔女様の姿はすでになかった。
「え、ええ〜?」
部屋は、落ち葉まみれになっていた……。
⚫︎◉⚫︎
それから、あっという間にサウィン祭の日になった。
祭りの本番は夜で、昼間はお墓で死者に祈りを捧げるのが一般的だ。
私は、アシュリーと共にバイロンのお墓に向かった。
彼の家族がお墓を飾り付けしたのか、マリーゴールドの花と、魔力で灯るランタンが捧げられていた。
火事にならないので、魔動ランタンは人気らしい。
私とアシュリーは持って来た花を捧げて祈る。
その後、お互いの家のお墓も回って、お墓参りは終了。
今年は、そこまで胸は痛まなかった……。
「夜のお祭りまではまだ時間があるね」
「それなら、人形劇団に顔を出さない?」
「え? 大丈夫なの?」
アシュリーは心配そうな顔をする。
「まあ、そろそろ顔を出しておいた方がいいと思ってね」
バイロンが亡くなって以降、劇団には顔を出してこなかった。
彼のことを思い出してしまうからだ。
それでも、彼の死から三年が経って少しは大丈夫になったと思う。
「そうか。それなら行ってみよう」
◉
街の中心にある広場は、サウィン祭特有のオレンジと黒、そして紫の色で溢れていた。
人形劇は広場近くの専用の劇場で行われるので、そこへ向かう。
ちなみに、人形劇団の名前は『傀儡座』。何の捻りもない名前だ。
「おや、クロイちゃん!」
「お久しぶりです」
団長さんが声をかけてくれる。
バイロンの人形遣いとしての、師匠に当たる人だ。
「元気そうで良かったよ。ほら、これクロイちゃんが作ってくれたアクセサリーと、刺繍してくれたドレスね!」
団長さんが指した方向には、黒髪の巫女の人形がある。
死者を導く、サウィン祭の重要登場人物だ。
人とほぼ同じ大きさの人形なので、ドレスもアクセサリーも人がつけても大丈夫そうな大きさになっている。
「間に合って良かったです」
「公演は、夕方五時からだから、見てってね!」
それから夜の十時くらいまで、数回公演するらしい。
「ええ、是非!」
「僕の作った人形も、大丈夫そうですね!」
「アシュリーも腕をあげたな! うちも一時は一気に二人も演者が減って大変だったが、何とか持ち直せて良かったよ……」
「え?」
一人はバイロンのことだろう。
その口ぶりからすると、彼が亡くなった時期にもう一人、劇団を去った人物がいるということだろうか?
「……団長さん」
「あ、おっとすまねぇ! とにかく、サウィン祭楽しんでくれな!!」
そうして団長さんは行ってしまった。
「まったく、デリカシーのない……」
「アシュリー、団長さんのさっきの言葉はどういうこと?」
「……そうだね。そろそろ、クロイにも話しておこうか。場所を移そう」
「え? ええ……」
私とアシュリーは、劇場近くのカフェに入った。
◉
「バイロンが亡くなる少し前、劇団員の一人が病死しているんだ」
「病死?」
「うん。ジェフって人で、バイロンからすると先輩に当たる人だね。入団当初からお世話になっていた方らしい。あ、ちなみに男ね。奥さんもいる」
「そ、そう……」
アシュリーはバイロンが浮気しているかもと悩んでいた私を知っているので、気を使わせてしまったようだ。
「その死因に、バイロンは疑問を持っていたらしい。それで、その奥さんを探っていたという噂がある。まあ、僕も劇団にずっといたわけではないから、詳しくは分からないんだけどね」
「そんなことが……。まさか、バイロンはそのせいで?」
「いや、バイロンの死は完全に事故らしい。ちゃんと遺族には事故を起こした相手から慰謝料が支払われたし、相手も実刑判決を受けたよ。御者はその奥さんのことは知らないみたいだったし」
「そう……」
少し、ホッとした。
彼の死が仕組まれたものだったら、私はその相手を許せなかっただろうから。きっと、同じ目に遭わせるまで、粘着するだろう。
「その疑惑の奥さんは現在、お子さんと二人で暮らしているとか。今は引っ越してしまって、行き先までは分からないらしいけど」
「お子さんがいるのね?」
「ああ、三年前に生まれたらしいよ?」
「三年前?」
ふと、嫌な予感がよぎる。
「……そのお子さんは、旦那さんとの子供?」
「え?」
「もしかして、バイロンとの……ということはない?」
「いや、まさか……」
アシュリーは否定しようとするが、言葉が続かない。
彼も気づいてしまったのだ。
もし、バイロンが先輩の奥さんと不倫していた場合、その先輩の死は二人が仕組んだと言えなくもない。たとえ、バイロンの死が偶然だとしても。
「それは……ないと思うけど……。バイロンは確かにクロイ一筋だったし……」
「でも、本人の意思とは無関係に関係を結ばされることも、ないとはいえないわ」
女性の方が男性に薬などを盛って、無理矢理にでも関係を結ぶということも、ないとはいえない。
現に数年前、この国の貴族の間でそういった事件があったらしい。
その事件では、相思相愛だった男性とその婚約者が心中したそうだ。薬を盛って無理矢理関係を持った女性は、幽閉されるか、どこかの修道院に入れられるかしたのち、何らかの理由で亡くなったという。あくまでも噂である。
関係を持った女性には子供ができたとかいう話もあるが、定かではない。
「でも、その奥さんの行方も分からないし、確かめようは無いんじゃないかな?」
「……そうね」
いや、確かめようはある。
魔女様にもらった、裏サウィン祭への招待状。
それで、バイロンに再会できれば……。
「さて、そろそろサウィン祭も始まるし、行ってみようか?」
カフェから見える広場には、人が集まり始めており、仮装している人々も結構いる。
空も暗くなり始めていた。
「……そうね」
私はアシュリーと共に、カフェを出た。
★この魔女様は、他作品に出てくる魔女様とは別個体です。




