1曇った心
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窓から見える木々が紅葉しているのを見て、今年も十の月の半ばを過ぎた頃だということを思い出した。
実りの森の入り口にある我が家は街からは少し遠いが、その分森の恵みにあやかれる。
そろそろ、森に木の実などを取りに行こうかと考える。少し多めに取れば、買い取ってもらえるのだ。
彼の予定を考えたところで、ハッとする。
すでに彼はいないので、もう手伝ってもらうことはできないのだ。
「……はぁ」
私はため息をつくと作りかけの刺繍をやめ、気分転換のためにお茶の準備をすることにした。
刺繍はあと数時間頑張れば、明日には完成するだろう。納期にはまだ十分余裕はあるけど。
そろそろ冬支度も必要だ。一瞬、一人で準備するのは大変だと思ったが、今年も一人分でいいので、それほど手間はかからないことを思い出して気分が更に落ち込んだ。
お茶はカモミールにした。きっと、気分が晴れるだろう。
今日は特別な日用に買った、お高めのクッキーも食べてやろう。
しかし、棚から出したクッキーの詰め合わせを見て、私の気分はまた更に曇る。
彼が好きだったものを多めに買い込む癖は、直した方がいいな……。
そうしてお茶の準備ができた頃、玄関の扉がノックされた。
そういえば、今日は彼が来るといっていたか。
「どうぞ」
「やあ、クロイ。久しぶり」
「アシュリー、いらっしゃい。久しぶりといっても、三日ぶりだけどね」
「そうだっけ? あ、これ。頼まれていた赤色のガラスビーズ。大きさは合ってる?」
私は差し出された箱を受け取った。
木製の箱の中には、柔らかい布製の袋に入った小粒のビーズが大量に収められている。赤色のガラス製で、個数は数千個。
数は多くても小粒のビーズなので、片手に乗るほどの箱に入っている。
街にある手芸用品問屋で、彼に買ってきてもらったものだ。
「ありがとう。──うん。希望通りのやつね。代金は……」
「大して高いものでもないし、いいよ」
「そんなわけにはいかないわ。そういうのはきっちりしないと!」
私は、用意しておいた代金を差し出す。
「クロイはしっかりしてるな〜」
アシュリーは、ちゃんと代金を受け取ってくれた。
「あ、これはオマケでもらった、金属パーツとかチャームとか? それと、こっちは僕からのお土産ね」
「ありがとう。わざわざいいのに。頼んだのは私だし……」
馴染みの手芸用品問屋は、一定金額以上を買うと、余ったアクセサリーのパーツやチャームをオマケでくれる。
今回は、ネックレス用のパーツと、動物やカボチャを模した金属チャームが入っていた。
おそらく、サウィン祭向けのものだろう。ちょうどいい。それに向けて何かアクセサリーでも作ろうか。
アシュリーからのお土産は、贈答用の焼き菓子の詰め合わせだった。……私が昔好きだと言ったものばかりだ。
可愛らしい缶の箱に入っている。こちらもサウィン祭に向けた期間限定のデザインだ。毎年、違うデザインなので、集めている人もいるそうだ。
「いいの、いいの! その代わり、お茶もらっても?」
「もちろん」
そうして二人でささやかなお茶会。
アシュリーが持ってきてくれた焼き菓子も出した。
「仕事の方はどう?」
「ん〜? まあ、忙しくさせてもらっているよ。人間サイズの人形を使った人形劇は今でも大人気だからね」
アシュリーは人形劇などで使う人形を作る、人形師だ。
一時は、人が演じる演劇の方が人気で人形劇は下火になっていたが、数年前から人間サイズの大きな人形を使った迫力ある人形劇が人気となった。その影響で、人形師のアシュリーも忙しいようだ。
私はそんなアシュリーの所属する人形師工房で使うアクセサリーの製作や、衣装への刺繍などを請け負っている。
彼らのおかげで私も生活に困っていないので、とてもありがたい。
今も、人形用の新衣装へ刺繍を施している最中だ。サウィン祭で上演する人形劇用だ。
「こっちも、納期には間に合いそうよ」
「それは良かった。それでサウィン祭はどうする?」
「そうね〜。特に予定はないけど……」
私もアシュリーも裏方仕事なので、当日は祭りに参加できる。
そういえば、彼とは数えるほどしか一緒にサウィン祭に参加したことがなかった。それを思い出し、せっかく晴れた気持ちがまた少し曇ってしまった。
まあ、彼の場合、その仕事の特性のため仕方がなかったのだけれど……。
「まあ、昼間はお墓参りに行って、夜は適当に屋台回るくらいかしら?」
「じゃあさ、今年は僕と回らない?」
「え? そ、そうね……」
そうか。彼はもういないのだから、誰かとサウィン祭を回ってもいいのか。去年と一昨年は、そんな考えを持てるほどの余裕は無かったけど、今年は……。
「……クロイがバイロンのことを忘れられないことも分かっている。それでも、僕と未来を歩くことを、考えてもらえないだろうか?」
「アシュリー……」
いつものおちゃらけた雰囲気とは違う真剣な眼差しに、私は何も言えなくなってしまう。
彼は真剣に私との未来を望んでくれている。だからこそ、半端な気持ちでは向き合えない……。
「その、気持ちはとても嬉しい。でも、まだどうしても、彼のことが忘れられないの……」
「そうか……」
「私も、そろそろ前を向いて歩きたいとは思っているの。それでも……」
心は彼を忘れてはくれない。
「まあ、あんなに愛し合ってたんだから、仕方がないよな〜。でも、今年のサウィン祭は一緒に行こうな!」
「そ、そうね……」
あ、しまった。アシュリーの勢いに呑まれた。
「それじゃあ、何かあったら何でも言ってよ!」
「うん。ありがとう」
空に夕焼けの気配を感じ始めた頃、アシュリーは帰って行った。
彼が帰ってしまうと、家の中は途端に静まり返る。
この日はそのまま夕食の準備をして、依頼された分の刺繍を一気に仕上げた。
だから、余計なことを考えずに済んだのだった。
◉
私とアシュリー、そしてバイロンは幼馴染だった。
バイロンの家は代々人形師をしていたが、彼は人形を作るよりも演じる方に興味があったようで、人形遣いの道を選んだ。
そしてアシュリーは、彼の家が営む人形製作工房に入った。彼は人形製作に興味があったらしい。
私の家は母や祖母が刺繍やビーズを用いたアクセサリーの作家だったため、祖母の代からバイロンの家の工房から仕事をもらっていた。その影響で、私も同じ道を歩くことになった。刺繍もビーズでアクセサリーを作ることも大好きだったので、特に苦労はしなかった。
そして年頃になると、私とバイロンは彼からの告白で付き合うようになった。
初めのうちはごく普通の恋人同士といった関係だったが、彼が人形劇団に提案した、人間大の人形を用いた人形劇が流行り始めると、彼は売れっ子人形遣いとして忙しくなった。
それ自体は喜ばしいことだが、彼は主に女性の人形を操っていたため、その所作を学ぶために多くの女性と親しくするようになった。
本人は浮気はしていないと言っていたが、当然私の心は穏やかではなかった。
あの頃は、喧嘩もよくしていたと思う。私も、結構気が強いからね……。
そして、今から三年ほど前、バイロンは死んだ。
馬車の前に飛び出して轢かれたらしい。
女性を庇ったとか、その前に女性と一緒にいたという話もあり、私の心は荒れ狂った。まあ、ギリギリで表には出さなかったが……。
とにかく、バイロンが浮気をしていたのかどうか、本当に私を愛していたのかも分からないまま、彼の遺体は埋葬されたのだった。
そして、三年たっても、私の心はどんよりと曇ったままなのだ……。
◉
「……」
懐かしい悪夢を見て、その日は目が覚めた。
この日は依頼されていた刺繍を施した人形用のドレスの納品がてら、街に行くことにした。
このまま家にいたら、気が滅入ってしまう。
私は軽く朝食をとり、身支度を整えると街へと向かった。
アシュリーの所属する人形製作工房に人形用のドレスを納品し、その足で市場へ向かう。アシュリーは、サウィン祭で公演予定の人形劇の打ち合わせで不在だった。まあ、昨日も会ったしね。
市場にはサウィン祭に向けての商品も多く並んでいた。
サウィン祭は毎年十の月の最後の日に行われる祭りだ。
国や地域によって多少の違いがあるらしいが、死者を偲ぶ祭りであることは共通している。
この地域では、秋の実りに感謝する意味も含めて、二〜三日前から盛大に行われる。
サウィン祭では、ランタンとマリーゴールドの花を飾るのが恒例だ。
この祭りでは死者が黄泉の国から帰ってくるのだが、マリーゴールドはその道となり、ランタンはその道を照らし、悪いものを遠ざける役割があるらしい。
なので、街には様々なランタンが並ぶ。
カブやカボチャをくり抜いたものや、ステンドグラス製のものなど。
うちには昔バイロンがくれたものがあるので必要はないが……いや、新調するのもいいのかも?
そんなことを考えながら、露店を見ていると何か騒いでいる人がいた。
「え? 足りない? 去年はこの値段だったはずだが?」
「ああ。今年は美糸蜘蛛の糸があまり採れなくてね。去年より値上がりしているんだ」
「まじか……」
そこは、魔獣から採れた素材を売っている露店だった。冒険ギルドや、個人から買い取った素材を売っているらしい。
美糸蜘蛛は、アクセサリー用の上質な糸を作る魔獣の蜘蛛だ。その糸は主にビーズを連ねたネックレスなどに使われ、透明で丈夫なのが特徴だ。
一応、養殖もされているが、その餌になるものが今年は不作だと少し前に噂で聞いたことを思い出した。
その露店の前で、黒いマントを羽織った黒髪の女性が難儀しているようだった。
美糸蜘蛛の糸はサウィン祭でも多く使われるので、この時期は特に値上がりするだろう。サウィン祭用のオーナメントを吊り下げたりね。
私もよく使うので、在庫は持っているが……。
「ぐぬぬ、この国の貨幣にもっと両替しておくんだった……」
その人は、買うことを諦めたらしい。
私は何となく、その人に声をかけたのだった。




