第7話 3人で次の世界へ!
時光軍は、赤間軍との激しい合戦の末、見事に敵将・赤間篳鳥を討ち取った。
戦いは終わり、菜々美たちは城へと戻ってきていた。
「菜々美!大和!武!見事な活躍であった!」
時光は三人を前に、満足そうな表情を浮かべた。
「お褒めいただき光栄でござる!」
武が嬉しそうに答える。
しかし、菜々美だけは浮かない顔をしていた。
「……」
「菜々美…?」
大和がその様子に気づく。
「どうかしたか?菜々美」
時光も心配そうに尋ねた。
「分かってはいたんだけど…覚悟はしていたんだけど…やっぱり目の前で人が死ぬのを見るのは…」
菜々美は言葉を詰まらせた。
合戦が始まる前、自分も戦うと決意した。
死ぬかもしれないことも、覚悟していたつもりだった。
それでも、実際に目の前で人が命を落とす光景は、簡単に受け止められるものではなかった。
「……」
大和は何も言わず、菜々美の言葉を聞いていた。
「…菜々美の世界には戦は無いんだったな?」
「ええ…争いが全く無いって訳ではないですけど…」
「それは良いことだ、我々の世界も見習わなければいけないな!」
時光は明るく言った。
「そうでござるな、殿」
武も頷いた。
すると、時光は何かを思い出したように声を上げた。
「そうだ!お前達との約束があったな!」
「今回の合戦では大活躍してくれたんだ!期待を裏切る訳にはいかん!別世界に行くとなれば準備が必要だな!急いで支度を…」
その言葉が終わる前だった。
バタンッ!
突然、時光がその場に倒れた。
「…殿…?」
武が呆然と呟く。
「!?お殿様!?」
「お、おい!」
「殿!殿!?」
武は慌てて時光のもとへ駆け寄った。
倒れた時光からは、返事がない。
騒ぎを聞きつけた家来が駆け込んできた。
「ど、どうされました!?」
「殿が倒れたでござる!!早く手当てをしなくては!!運ぶのを手伝ってくれ!!早く!!」
「はい!!」
武と家来たちは、急いで時光を運び出した。
菜々美と大和は、その様子を見送ることしかできなかった。
* * *
「う…うぅ…」
しばらくして、時光がかすかに声を漏らした。
「殿!」
家来が声を上げる。
「殿!良かった…ご無事で…」
武はほっとしたように顔を近づけた。
しかし、時光は何も答えなかった。
「……」
「殿…?」
「どうかされましたか!?」
家来も心配そうに尋ねる。
時光はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「今、向こうの世界が一瞬見えた…」
「けど必死になって走って戻ってきた」
その言葉に、武は息を呑んだ。
「武よ…」
「殿、なんでござるか?」
「お前の名前はなんだ?」
「え?…えっと、山中 武でござる…」
突然の問いかけに、武は戸惑いながら答えた。
「その名前の由来…覚えてるか?」
「もちろんでござる、殿が山の中で捨てられていた僕を拾ったから『山中』にしたでござるよね?」
「そして『武』という名は殿がもし自分に子供が出来たら付けようと考えていた名前…」
「あぁ…そうだな…今思えばもう少しいい名前を付けてやれば良かったな」
時光はかすかに笑った。
「そんな!僕はこの名前とても気に入っているでござるよ!」
「ははは、そうか…」
武は真剣な表情で答えた。
自分を拾い、名前を与えてくれた時光。
武にとって、その名前は何より大切なものだった。
「なあ…武…」
時光は静かに語り始めた。
「俺には今、子孫がいない…」
「今まで女性を避けてきたからだ…でも…これには理由があるんだ…」
「俺が女の人が苦手ってのもあるんだけどな……実は時光家の血筋にはある呪いがかかるんだ…」
「呪い…?」
武は思わず聞き返した。
「あぁ…不治の病だ…理由は分からない…だけど俺も俺のご先祖様もみんな、この病にかかって産まれてきた…」
「いつも誤魔化していたが…かなり身体を苦しめられていた…」
時光は途切れそうになる言葉を、ゆっくりと繋いでいく。
「この病のせいで時光家の血筋はみんな若くして亡くなっていった…だから俺も早く結婚して子孫を残さなきゃいけなかったんだ…」
「でも俺…情けないけどよ…これから先、生まれてくる子孫がこの病に苦しみ続けるのが…すげえ怖かったんだよ…」
「だからずっと結婚を避けてきた…それがこの有り様…時光家を今後も残していかなきゃならないってのに…俺はもう駄目なんだ…」
「殿…そんな…」
武は言葉を失った。
時光が結婚を避けてきた理由。
それは、ただ女性が苦手だからというだけではなかった。
自分と同じ苦しみを、これから生まれてくる子供たちに背負わせたくなかったのだ。
「なぁ…武…?お前に頼みがある…」
「…!?なんでも聞くでござる!」
武は必死に答えた。
「時光家を…受け継いでくれないか…?」
「え!?」
あまりにも突然の言葉だった。
「殿!?何をおっしゃっていられるのですか!?」
家老も驚きの声を上げた。
しかし、時光の表情は真剣だった。
「武…これはお前にしか頼めない…お前は俺にとって息子のようなもんなんだ…」
「…殿…でも…」
武は戸惑った。
自分は山の中に捨てられていた子供だった。
そんな自分を拾って育ててくれたのが、目の前にいる時光だった。
そして今、その時光が自分に家を継いでほしいと言っている。
「武…お前の名前はなんだ!」
「!?」
時光の問いかけに、武は目を見開いた。
「僕の…名前は…」
武は言葉を詰まらせた。
これまで何度も名乗ってきた名前。
時光から与えられ、大切にしてきた名前。
「名前は…!」
* * *
その頃、菜々美と大和は城の外で待っていた。
「大丈夫かな…お殿様…」
菜々美は不安そうに呟いた。
「こればかりは信じるしかない…」
大和も落ち着かない様子で答える。
二人にできることは、時光の無事を願うことだけだった。
そのとき、城の方から声がした。
「菜々美!大和!」
「武!」
菜々美が振り向く。
そこには、二人のもとへやって来る武の姿があった。
ドキッ。
(えっ!?なんで…今…)
菜々美は突然の胸の高鳴りに戸惑った。
しかし、その理由を考えるより先に、大和が武へ尋ねた。
「どうなんだ?無事なのか?」
武は何も言わず、静かに首を横に振った。
「殿は…もう…」
「…」
大和は言葉を失った。
菜々美も、すぐには何も言えなかった。
あれほど元気に話していた時光が、もういない。
その事実が、二人の胸に重くのしかかった。
しかし、武は顔を上げた。
「二人とも聞いてほしいでござる!」
その声には、強い決意が込められていた。
「殿から最後に授かったものがあるでござる!」
「僕は時光家を受け継いだ!」
「僕の名前は時光 武でござる!」
「これからの旅、僕がお供するでござるよ!」
「時光…武…!?」
菜々美は驚いて武を見つめた。
時光。
その名は、菜々美たちが探していた「と」から始まる名前だった。
そして何より、武が大切な人から受け継いだ名前でもあった。
「よろしくでござる!菜々美!大和!」
武は二人に向かって飛びかかった。
まるで抱きつくように、勢いよく。
「にひっ!」
「ちょっと!武!?」
突然のことに菜々美は驚いたが、武の顔を見ると、思わず笑みがこぼれた。
「何よ…その顔…くすっ…!」
「ふふっ…!」
大和も小さく笑った。
「へへへ!」
武は照れくさそうに笑う。
「あははははっ!」
三人の笑い声が重なった。
時光を失った悲しみが消えたわけではない。
それでも、武は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
(殿…僕は時光の名に恥じぬ男になってみせるでござる…だから安心して見守っていてほしいでござる!!)
武は心の中で、亡き時光へと誓った。
ツヅク




