第3話 影の組織イレギュラー!
爆発音が響いた方向へ、菜々美と大和は走っていた。
商店街に戻った二人が目にしたのは、先ほどまでの賑やかな街並みとはまるで違う光景だった。
辺りには炎が広がり、その中で一頭の黒い獣が暴れ回っている。
そして、その近くには黒いコートをまとい、黒い制帽を深くかぶった一人の男が立っていた。
「…」
「グアルルルルッ」
男は何も言わず、獣は低い唸り声を上げている。
「なッ!? これは!?」
「辺り一面…燃えてる…」
菜々美は呆然と周囲を見渡した。
その隣で、大和が怒りに声を震わせる。
「あいつの仕業かッ!!!」
「許せない…よくも…」
大和は拳を握りしめた。
「よくもオオオオオッ」
「駄目!! 危ない!!」
菜々美の制止も聞かず、大和は獣に向かって駆け出した。
「うおあああああ!」
「グウウ?」
バキィ!
勢いよく振り抜かれた拳が、獣をまともに捉えた。
「グアア…」
獣が呻き声を上げる。
その様子を見ていた黒いコートの男が、わずかに反応した。
「フン…ん? あれは…」
男の視線が菜々美へと向けられる。
ドキッ。
(あれが…もしかして影の組織…どうしよう…)
承知之助から聞かされた、謎の組織「イレギュラー」。
目の前の男がその一員なのだろうか。
一方、男もまた菜々美を見つめていた。
(あいつが世界の歯車を直す力を持った少女か…)
「グアアアアアッ!」
黒い獣が激しく吠える。
男は獣へと目を向け、冷たく言い放った。
「後は好きにしろ…この世界はお前に任せる…」
シュウウ…。
男の姿が、その場から消えていく。
(消えた!…まさか別世界に!…急がないと!)
菜々美が焦りを覚えた、そのときだった。
「ガシュゥゥゥッ!」
鋭い爪が、大和の体を切り裂いた。
「いッ!」
「未来君!!」
「大丈夫…傷は浅い…」
大和は痛みに顔をしかめながらも、獣から目を離さなかった。
「ガルルルル」
「未来君! 気を付けて! そいつは…普通じゃない!」
「ふ…普通じゃない?」
「えっと…なんていうか…」
(どうしよ…説明のしようが無いじゃんこんなの…承知之助さんの気持ちが今分かった…)
菜々美が言葉に詰まっている間にも、獣は大きく口を開いていた。
「ガアァァァッ!」
「!?」
次の瞬間、その口から炎が噴き出した。
獣の吐き出した火が、大和を襲う。
「あ…あぁ…」
大和の体に火がつき、瞬く間に全身が燃え上がった。
「未来君!!」
菜々美は悲鳴を上げた。
(私が…未来君に声をかけたから…)
自分が声をかけていなければ、彼は攻撃を避けられたのではないか。
そんな思いが頭をよぎる。
しかし、炎の中から聞こえてきたのは、意外にも落ち着いた声だった。
「菜々美…俺は大丈夫だよ」
「でも!!」
「さっきこいつの事『普通じゃない』って言ったよな? 実は俺も普通じゃないんだ」
大和は全身を炎に包まれたまま、平然と立っていた。
「俺さ、最近変わった力を手にしてさ」
「耐性って言うのかな? 火がついても平気なんだ!」
(歯車のずれによる影響…!)
菜々美は承知之助の説明を思い出した。
世界の歯車がずれたことで、特別な力を手に入れた者が現れる。
大和もまた、その一人だったのだ。
「見てろよ、菜々美!!」
大和が地面を蹴った。
燃え上がる拳を握りしめ、再び獣へと向かっていく。
「ガアァッ!」
炎をまとった拳が獣に叩き込まれた。
「はああっ!」
続けて、大和は大きく脚を振り上げる。
綺麗な半円を描く蹴りが、獣の体を捉えた。
「ギャギャアアァァ!」
獣の体へと炎が燃え移った。
黒い獣は苦しそうに暴れ回る。
しかし、その動きは次第に鈍くなっていった。
やがて体力を使い果たしたのか、獣はその場で動きを止めた。
「ガアァァァ……」
「はぁ…はぁ…」
大和は肩で息をしながら、倒れた獣を見つめていた。
「やった! 獣を倒した!」
菜々美は思わず声を上げた。
「やったよ! 未来君!」
「ああ…」
周囲の炎が徐々に消えていく。
それとともに、黒い獣の体も少しずつ姿を失っていった。
「なんなんだ…こいつは…」
大和が呟く。
「えっと…それはね」
菜々美が説明しようとしたところで、大和が口を開いた。
「ちょっと待って」
「え?」
「悪いんだけど、バケツに水を汲んで来てくれないかな? 俺の火…まず消したいんだけど…」
そう言われて、菜々美は改めて大和の姿を見た。
獣を倒した後も、彼の全身はまだ炎に包まれていた。
「あ! そうだよね! 待ってて今持ってくる!」
菜々美は慌てて水を汲みに向かった。
バケツいっぱいに水を入れると、大和のもとへ戻ってくる。
「じゃあ、かけるよ?」
「ああ、悪いな。頼む」
菜々美はバケツを持ち上げた。
そのとき、ふと疑問が浮かぶ。
(そういえば服ってどうなってるんだろ、もしかして燃えちゃってて今素っ裸なんじゃ…)
想像した途端、菜々美の顔が一気に赤くなった。
「キャアッ!」
バシャァァァン!
思わず手を離してしまい、バケツがそのまま大和に飛んでいった。
「いって!」
水だけでなく、バケツまでまともに当たってしまった。
「あ! ご、ごめん!」
「もうちょっとやさしくかけてくれると嬉しかったなあ」
「本当にごめん!」
菜々美は慌てて謝った。
そして、水を浴びて炎の消えた大和を見て、あることに気づく。
(あれ? 服が燃えてない…)
大和の服は、燃える前と変わらない姿のままだった。
そんな菜々美の様子を見て、大和が口元を緩める。
「もしかして服が燃えてて裸になってると思ってた?」
(ギクッ!)
図星だった。
菜々美の顔が再び赤くなる。
「あはは! 図星か!」
「未来君ってデリカシーないんだね!」
菜々美は思わず言い返した。
すると、大和は何かを思い出したように口を開いた。
「…それ」
「?」
「大和でいいよ、俺の事」
「え? で、でも」
「じゃあ逆に聞くけど、菜々美って呼ばれるのと相原ちゃんって呼ばれるの、どっちがいい?」
「それは絶対に菜々美!」
「だろ? だから俺の事も大和って呼んでくれよ」
菜々美は少し戸惑った。
今まで「未来君」と呼んでいた相手を、突然名前で呼ぶ。
ただそれだけのことなのに、なぜか少し恥ずかしい。
「…わかったよ…大和…」
小さく名前を口にする。
すると、大和が楽しそうに菜々美の顔を覗き込んだ。
「あれ? また顔赤くなってる?」
「もう!」
菜々美は、からかってくる大和に声を上げた。
ツヅク




