第15話 終わらなかった旅
イレギュラーのボス、モグリ・メグラによる銃撃を受けた大和。
菜々美たちは何とかゲートへ逃げ込み、追っ手を振り切ることができた。
しかし、たどり着いた先は、薄暗く、何もない空間だった。
建物も、道も、空さえも見当たらない。
どこまでも続くような暗がりの中に、五人だけが取り残されていた。
「…」
大和は横たわったまま、動かなかった。
「大和…」
菜々美はそのそばに膝をつき、震える声で名前を呼んだ。
いつもなら、何か言い返してくれるはずだった。
心配しすぎだと笑ってくれるかもしれない。
けれど、いくら待っても返事はなかった。
「どうして…」
武が呆然と呟いた。
「くそっ!あいつ…」
フランは拳を強く握りしめた。
怒りの向け先を探すように顔を歪め、セイレーヌへ振り向く。
「なあ!セイレーヌ!魔法でどうにか出来ないのか!」
セイレーヌは大和のそばにしゃがみ込んでいた。
傷を治す魔法なら使える。
けれど、今の大和を前にして、彼女にはどうすることもできなかった。
「ごめんなさい…傷は治せても…もう…こればかりは…ごめんなさい…」
セイレーヌは俯いた。
その声は、今にも消えてしまいそうなほど小さかった。
「俺が…俺が馬鹿だった…イレギュラーの奴なんかに味方して…お前達のことはまともに信じもしなかったのに…」
フランは悔しそうに歯を食いしばった。
自分がイレギュラーに加わらなければ。
もっと早く菜々美たちの話を信じていれば。
そんな思いが、次々と胸を締めつけていた。
「フランさんは何も悪くないですよ!」
セイレーヌが顔を上げた。
「そうでござる…イレギュラーは何があっても世界の歯車を直すのを止めに来たでござるよ…僕達じゃ…何も出来なかった…ということでござる…」
武の声にも、いつもの力強さはなかった。
誰もが大和を助けたかった。
それでも、何もできなかったのだ。
「…大和……」
菜々美は、ただ大和を見つめていた。
初めて出会ったときのこと。
一緒に旅をしてきた時間。
危険なときには、いつも前に出てくれたこと。
そんな思い出が胸をよぎる。
もう一度、声を聞きたかった。
もう一度、あの笑顔を見たかった。
そのときだった。
大和の体が、かすかに輝き始めた。
淡い光が全身を包み、輪郭が少しずつ薄れていく。
菜々美は息を呑んだ。
「待って!行かないで!大和!!大和!!」
必死に呼びかけた。
けれど、光は止まらなかった。
大和の姿は、輝きの中へ少しずつ溶け込むように消えていく。
そして、ついに。
その体は完全に消えてしまった。
「大和………」
菜々美の声が、何もない空間に小さく響いた。
さっきまで大和がいた場所には、もう何も残っていなかった。
手を伸ばしても、触れるものはない。
菜々美はその場所を見つめたまま、動けなかった。
長い沈黙が流れた。
「これから…どうすればいいでござるか…」
武がようやく口を開いた。
世界を元に戻すためには、名前をしりとりで繋ぐ仲間が必要だった。
しかし、その一人である大和がいなくなってしまった。
「もう…私達には…」
セイレーヌも言葉を続けられなかった。
そのとき、フランが顔を上げた。
「だったら…俺はイレギュラーに復讐する…俺があいつらをぶっ潰す!!」
怒りを押し殺すような声だった。
大和を撃った者たちを、許すことなどできなかった。
「それなら僕も行くでござるよ」
武が静かに言った。
「私も!」
セイレーヌも続いた。
だが、その三人を菜々美の声が止めた。
「待って!」
フランが振り向く。
「菜々美…」
菜々美はゆっくりと顔を上げた。
目の前には、もう大和はいない。
それでも、彼女の中には一つだけ、どうしても捨てたくない思いが残っていた。
「さっき…大和が消えてくとき…私…思ったの…」
菜々美は言葉を探しながら続けた。
「きっと世界を元に戻せば!大和も…帰って…来てくれるって…」
声が震えた。
それが本当かどうか、誰にも分からない。
ただ、そうであってほしかった。
「そんな…根拠も無いし…絶対なんて言えないけど…でも…私…それを信じたい…」
菜々美は三人を見つめた。
涙をこらえるように唇を結び、それでも目を逸らさなかった。
「菜々美……」
武はしばらく彼女を見つめていた。
そして、力強く頷いた。
「分かったでござる!」
「絶対に世界を元に戻すでござるよ!」
「武…」
菜々美の表情が少しだけ和らいだ。
「私も世界が元に戻れば大和君は帰って来ると思う!」
セイレーヌも真っ直ぐに菜々美を見つめた。
「セイレーヌ…」
「一緒に頑張ろうぜ!」
フランが笑みを浮かべた。
「フランさん…」
菜々美は仲間たちの顔を順番に見た。
誰も、大和が戻ってくると約束できるわけではない。
それでも、同じ希望を信じてくれている。
「ありがとう…皆…」
菜々美は小さく頭を下げた。
悲しみが消えたわけではなかった。
けれど、立ち止まったままではいられない。
大和を取り戻せる可能性があるのなら、そのために進みたかった。
「じゃあ次の世界では「み」から始まる者を見つけねばならないでござるな」
武が口を開いた。
世界の歯車を元に戻すには、途切れてしまった名前の繋がりを作り直さなければならない。
「「み」から始まって「と」で終わるやつがいればいいんだが…」
フランが考え込んだ。
「うむ…」
武も難しい顔をする。
しかし、菜々美は迷わず言った。
「いるよ」
「何!本当か!」
フランが驚いて顔を上げた。
「菜々美ちゃん…それってもしかして…」
セイレーヌは何かに気づいたようだった。
「うん、イレギュラーのミスト」
「イレギュラー!?」
フランが目を見開いた。
「何を言ってるでござるか!あいつは僕達の邪魔をした敵でござるよ!」
武も思わず声を上げる。
ミストは、これまで何度も菜々美たちの前に立ちはだかってきた男だった。
簡単に信用できる相手ではない。
それでも、菜々美は首を横に振った。
「でも…私には悪い人には見えなかったの…」
「きっと何か訳があるんだと思う!」
初めてミストと出会ったときのことを思い出す。
あのとき感じた、不思議な胸の高鳴り。
今までずっと、何を意味しているのか分からなかった。
「実は…私、初めてミストを見たとき…ドキッとしたの…」
「まさかとは思ってたけど…今分かった…ミストは私達の仲間になるって!」
菜々美の声には確信があった。
ミストという名前は「み」から始まり、「と」で終わる。
大和がいなくなって途切れてしまった名前の繋がりを、もう一度結ぶことができるのだ。
「とは言っても…」
武はまだ納得しきれない様子だった。
すると、フランが明るい声で割って入った。
「まあ、いいじゃないの!信じようぜ!菜々美を!」
「俺はそのイレギュラーがどんな奴かは知らないけど」
「それが今、見えてる道だって言うんならさ!」
フランは菜々美へ笑顔を向けた。
かつては菜々美たちを信じられず、敵になってしまったフラン。
今はその言葉を信じ、共に進もうとしていた。
「そうですね!」
セイレーヌも頷いた。
「分かったでござる」
武もようやく決意を固めた。
菜々美は仲間たちを見渡した。
大和を失った悲しみは、まだ胸の奥に残っている。
けれど、旅は終わっていない。
世界を元に戻すために。
そして、もう一度大和に会えると信じて。
「じゃあ、行くよみんな!」
「ああ!」
「うん!」
「おお!」
仲間たちの声が重なった。
菜々美は前を向き、力強く告げた。
「ミストのところへ!」
終わったはずの旅が、再び動き始めた。
ツヅク




