腹黒同士の握手
五日後。
セレナは来なかった。
(……遅いな)
三日と踏んでいたが、見込み違いだったか。あるいは、俺の想定以上にプライドが高いのか。
市場での商売は順調だった。冒険者の常連が増え、一日の粗利は安定して2000銅貨を超えている。
だが、この規模では頭打ちだ。貴族相手の商売に踏み込まなければ、先がない。
◇
六日目の夕方。
市場の片付けを終えて宿に戻ると、入口にセレナが立っていた。
外套は相変わらず薄汚れているが、髪は整えてある。最後の矜持なのだろう。
「遅かったですね」
「来てやったのよ。文句を言われる筋合いはないわ」
「どうぞ。二階の部屋です」
◇
宿の一室。壁の漆喰が湿気を含んで、かすかに黴の匂いがする。俺とセレナが向かい合い、エドが隅で茶を淹れている。
「改めて提案します。俺と組みませんか」
「その前に聞くことがあるわ」
セレナは茶を一口飲んでから、俺を真っ直ぐに見た。
「あなたの商売を見せてもらったわ。市場で、三日間」
(見ていたのか)
来なかったのではなく、観察していた。俺が思った以上に慎重な女だ。
「収納スキルの使い方が異常よ。他の収納持ちとは明らかに違う。あなた、何か隠していない?」
鋭い。三日間観察しただけで、そこに気づくか。
「企業秘密です」
「秘密を持つ相手とは組めないわ」
「では、こう言いましょう。俺のスキルには、他の【収納】にはない機能がある。詳しくは言えませんが、それが俺の武器です」
セレナは黙って俺の目を見ている。嘘か真か、測っているのだろう。
「……まあ、いいわ。手の内を全部見せろとは言わない。私にだって言いたくないことはあるもの」
「話が早い」
「条件を聞かせて」
◇
俺はデータベースから、事前に用意していた契約案を引き出した。もちろん、表には見せない。頭の中で確認する。
「役割分担はこうです」
紙に書きながら説明する。
「俺が仕入れ、在庫管理、相場分析を担当する。あなたには貴族向けの営業と交渉を任せたい」
「営業? 私に物を売れと?」
「売るのではなく、繋ぐんです。貴族には貴族の買い方がある。市場で声を張り上げても来ない。紹介と信用が必要です」
セレナの目の色が変わった。自分の知識が活きる領域だと分かったのだろう。
「報酬は」
「利益の3割。最初の月は保証として月5金貨を先払いします」
「3割? 半分でしょう、対等な関係なら」
「対等ではありません。仕入れ、在庫、資金を出すのは俺です。リスクも俺が負う。あなたはゼロから始められる」
セレナの唇が引き結ばれた。
「……4割」
「3割5分」
間を置いて、セレナが言った。
「それと、食事と住居。今夜から」
(やはり、限界だったか)
今のセレナには寝る場所もない。六日間、どこで過ごしていたかは聞かないでおく。
「いいでしょう。エド、部屋をもう一つ取ってくれ」
「はい」
エドが部屋を出ていく。扉が閉まると、セレナが低い声で言った。
「一つ、確認させて」
「何ですか」
「これは雇用契約ではないわ。対等な取引よ。あなたの部下になるつもりはない」
「分かっています」
「それから、借りた銀貨9枚は利益から返す。利子つきで」
「結構です」
セレナの表情が、わずかに和らいだ。和らいだというより、戦闘態勢を解いたという方が近い。
「では、契約成立ね」
「ええ」
俺は手を差し出した。セレナは一瞬躊躇してから、その手を握る。
細い指だ。だが、握る力は強い。
◇
セレナが部屋に引き上げた後、エドが茶器を持って戻ってきた。
「いやー、すごい美人じゃないですか、あの人」
「そうか?」
「レイン様、ほんと目がおかしい。あれで気にならないんだから」
そうかもしれない。俺は人の外見より中身を見る癖がある。セレナの銀髪も青い瞳も、俺にとっては人物テーブルの一項目でしかない。
データベースを更新する。
セレナ。役割は営業と交渉。報酬は利益の3割5分。食住提供の対等契約。エド。補助全般。報酬は食住と後払い。本人の志願による。
「エド」
「はい」
「明日から忙しくなる。覚悟しておけ」
「覚悟って——暇よりましですって」
エドは肩をすくめてそう言い、屈託なく笑った。
俺は窓の外を見た。王都の夜は、星が見えない。街の灯りが強すぎるのだ。
仲間が二人になった。信頼しているわけではない。二人とも、まだ賭けの段階だ。
だが、駒は揃い始めている。
資金は金貨42枚で、増加中。在庫は薬草三種。人材はエドとセレナ。顧客は冒険者の常連が十名。そして貴族人脈の欄は——まだ空白のまま。
だが、じき埋まる。
セレナという駒が動き出せば。




