↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/94

毒ではない毒

 三日が経った朝、机の上の事件1と2のノートには、ペンの蓋が乗ったままだった。


 点だけが増えて、線は引いていない。


 階下からエドの声がした。


 「使いの方が」


 受け取った紙は、一行だった。『王太子付の毒見役が、昨夜倒れた。意識はある。食事から毒は出ていない』。バルクハルトの筆跡だった。


 二度読んだ。三度目は読まなかった。


 セレナが机の前に来て、紙を見る。


 「毒は出ていない、ね」


 「毒ではない、毒だ」


 セレナの指は、机を叩かなかった。


 俺はコートを取った。事件1と2のノートに、ペンの蓋を乗せ直すことはしなかった。


  


 玄関先で、ミラがすでに剣帯を締めていた。バルクハルトの急使から、先に話を聞いていたらしい。


 「ミラ、王太子付の護衛に入れ。バルクハルトが段取る」


 「期間は」


 「事件が動くまで」


 セレナがミラの肩に手を置いた。


 「行ってこい」


 「行ってくる」


 いつもの短い返事だった。


 「俺も一度だけ、現場を見る。長居はしない。バルクハルトの段取りで」


 「顔は短く」


 「短く」


 階段の上からエドが、配達用の鞄を抱えて降りてきた。


 「俺も、行きます?」


 「お前は、明日から。今日は俺とミラで様子を見る」


 「分かりました」


 ミラが先に出た。剣の鞘が腰で一度低く鳴った。


 俺は続いた。事件1と2のノートは、机の上にそのまま残した。


  


 王宮南翼の小食堂は、絨毯が厚くて靴音が吸い取られる。バルクハルトが扉の前で待っていた。


 「短くやれ」


 「短く」


 卓は片付けられていた。残ったのは、卓布の薄い染み——湯気の跡だけだった。


 隣室の長椅子で、毒見役が薄目を開けていた。三十代、痩せ気味で、息は浅いが整っている。手の甲に、軽い赤みがあった。


 薬師の控えを受け取った。一行だった。『血流に微弱な変調。毒物検出なし』。食材・食器・薬湯、全て陰性、と末尾に小さく続いていた。


 ミラを卓の前に立たせた。


 「ここで、何か感じるか」


 「何も」


 二人で食器棚の前に移る。


 ミラが、一歩手前で止まった。


 「……今、一度だけ」


 「剣か」


 「違う。剣じゃない」


 「人か」


 「人もいない」


 ミラの右手が剣の柄に近寄って、また離れた。半分の動きだった。


 俺は食器棚を開けた。皿、椀、杯。並びは整っていた。


 「何も、ない」


 「何もない、けど、あった」


 俺は内側で、見たものを順に並べる。皿の白、椀の縁の細い金線、杯の口の研ぎ跡。データには『食器:通常品、検査済み』としか書かれない。


 書かれないものを、ミラの身体が一度だけ拾った。


  


 王宮を出て、すぐの広場で、石壁の陰に立ち止まった。ミラは食堂に残してきた。


 内側でDBを開く。【反射】の発動を、時系列で並べた。


 三つの点が浮いた。


 一つは、前に一度。事務所の方角に勝手に発動した夜。物理的な脅威はなかった。当時、分析不能と書いた。


 二つ目、停戦交渉の使者を護衛した日。差し替え男を阻止した。俺の声に応えて動いた発動だった。


 三つ目、今。食器棚の前で一度。剣も人も毒もない場所だ。


 三点を結んでみた。線が一本だけ残った。


 剣が届く前に、ミラの身体だけが拾うものがある。


 前は、データに収まらないから脇に置いた。今は、その外に手を伸ばすしかない。


 歩き出した。広場の昼の光が、石畳に薄く乗っている。南翼の窓を一度だけ振り返った。いつもより低く見えた。


  


 夕方の事務所で、エドが二階から降りてきた。セレナは机に向かっていた。


 「明日からエドを王宮に入れる。ミラの傍に」


 エドが、配達用の鞄から手を離した。


 「俺、何を」


 「ミラの反射が反応した瞬間を、時刻と場所と、周りに何があったかを書き取れ。ミラは話せる。お前は書ける」


 「分かりました」


 セレナが、コーヒーを淹れる手を一度止めた。


 「ミラの身体を、データに変えるのね」


 「ミラが言葉にできないものを、言葉にしないまま、書き留める」


 セレナの指が、机の上で一度止まった。叩かなかった。


 「言葉にしない、ね」


 「ミラが嫌がるなら、止める」


 エドが二階から、書き取り用の薄い帳面を持って降りてきた。表紙には、まだ何も書かれていなかった。


 夕方の光が、帳面の縁に低く伸びていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。