設計者
翌朝、机の上に紙が三枚あった。
セレナが入ってきて、紙を見る。
「処分案?」
「仕組み案だ」
コートを羽織る。肩が、いつもより重い。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
指は、机を叩かない。
朝の事務所には、まだ火を入れたばかりの薄い暖かさが残っていた。
通りに出ると、朝の光が石畳に伸びていた。王宮までの道が、前に通った時と同じ長さに感じる。
謁見の間ではなく、その奥の小書斎に通された。バルクハルトが段取りした場所だ。絨毯が厚く、靴音が吸い取られる。王が机の向こうで椅子に座っていた。五十代、髭は灰色がかっていた。バルクハルトが、王の斜め後ろに静かに立った。
「持ってきたか」
「三枚あります」
一枚目を机の上に滑らせた。手順整理の控えだった。
王が目で追う。一枚目を脇に置きはしなかった。
二枚目を、隣に置く。意志を承る役の権限化案だった。
王が読み、紙の角を指で軽く揃える。
三枚目を、二枚目の右に並べた。侍従長を記録官として職務を再定義する案だった。
書斎の時計の音が、低く一度だけ鳴った。
絨毯の下で、床の硬さだけが消えずに残っていた。
「罰さないのか」
「罰すれば、同じことが、別の名前で続きます」
王が一拍置く。
「お前は、何を残す」
俺はデータに残す。あの男は残さない。
口には出さない。
「手順を、残します」
王が三枚を脇に寄せた。
「やれ」
バルクハルトの灰色の目が、一度だけ俺の顔に止まる。前に止められた長さよりも、短い。承認の長さだった。
王宮の門を出ると、昼の薄い光が広場の石畳に乗っていた。
商人街へ入る角の手前で、書記課の若い文官とすれ違った。先月、輸送優先権の手続きを回した一人だった。
文官が、小さく頭を下げる。俺も軽く頷き返した。
すれ違って、振り返らずに歩き続けた。
風は弱かった。昼の風だ。
仕組みを変えても、人は変わらない。
人を変えなくても、仕組みは変えられる。
その間の幅が、靴一足分だけある気がした。
夕方の事務所に戻ると、エドが配達から帰っていた。
「お帰り」
「ただいま」
エドは何も聞かず、控えを置いて二階へ上がる。
セレナがカップを二つ、机に置いた。湯気が、低く立つ。
「通った?」
「通った」
昨夜から今朝までを、三つだけ話した。条件付きで使い方を見せたこと、看破と組み合わせて起点を引き出したこと、処分案ではなく仕組み案を王に渡したこと。
順序を変えず、結論も足さなかった。スキル名は、出さなかった。
セレナがカップを両手で包む。陶器の温度が、指の骨まで届く距離に感じた。
「明日から、どうするの」
「事件1と2を、もう一度引き直す」
セレナの指がカップから離れて、机の上で一度止まる。叩く一歩手前で、止まった。
「侍従長と、同じ手触り?」
「まだ言わない。線を引きかけているだけだ」
セレナがコーヒーを一口飲む。湯気が、彼女の前髪の影でわずかに揺れた。
「言わない、ね」
俺は机の上の紙の隅に、ペンで小さい点を打った。
離れた位置に、もう一つ。
二つの点を、線で結ばずに置いた。線を引くのは、もう少し先だ。
セレナがその二つの点を見て、何も言わなかった。指先で、片方の点に近い余白を、一度だけ撫でた。
夜が浅くなる頃に、セレナが二階に上がる音が階段で短く鳴った。
ランプの炎が、紙の上で一度小さく揺れる。
机の前に一人になった。王宮から戻した三枚の控えが、手元にある。三枚の余白を、長く見ていた。
昼に触れた紙の乾いた感触が、まだ指先に残っている気がした。
俺はデータに残す。あの男は残さない。
頭の奥で、もう一行が動いた。
——いつか、お前自身がデータを歪める日が来る。
残すことと、歪めること。書くことと、書き換えること。境界の幅は、見える時と見えない時がある。
ペンを置いた。
余白には、何も書かなかった。
立ち上がって、ランプの芯を切る。明かりが一段下がる。
窓の外は、まだ少し明るかった。




