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ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


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82/95

設計

 夜の事務所に、ランプの光が低く落ちていた。


 机の上で芯が一度跳ね、紙の端を短く照らした。


 セレナがコーヒーを二つ、音を立てずに置いた。湯気が細く立ちのぼって、油の匂いと混じった。


 俺は紙を三枚、机に並べた。経路Cの枠組み、ラングフォード家の復興事業、ギルド側の参画候補。


 セレナが椅子を引き寄せて座った。


 「どこから?」


 「形式から。実態は後から足す」


 セレナは頷いて、コーヒーには手をつけなかった。指先が、左端の紙の角を揃えた。


  


 頭の中でデータベースを開いた。過去の貴族家の復興事業で、ギルドの商会が参画した例を引く。


 筋になる事例は三つあった。東方辺境の織物復興では、商会二社が共同で出資し、利益配分で縛っている。北方の鉱山再開発では、ギルドが仲介役として間に入り、契約の前面には立たなかった。中央農地の再整備では、複数の商会が年期契約を結び、数年単位で関与を確定させている。


 今回に近いのは、最後の形だった。


 俺は紙に書き出した。年期契約なら、婚姻を受けられない商業上の理由として通せる。途中で抜けるには違約金が要るという実態を作れば、断る側に傷がつかない。契約期間は五年。初年度の拠出と、二年目以降の分配を、段階で組む。


 「主契約はアルク商会でいい。従契約に二社、並べる」


 セレナが覗き込んだ。


 「ラングフォード家はどちらに置くの」


 「主契約側。復興の当事者として。従にすると、受け身に見える」


 セレナの指が机の縁を一度撫でた。納得の動きだった。


  


 形式は決まった。次は、実態を組み立てる。


 旧領地の倉庫が二棟、空いたまま残っている。ギルドの商会が在庫の一時保管先として使う理由なら立つ。屋根の修繕と鍵の付け替えに、金貨20枚あれば足りる計算だった。ラングフォード家の旧家臣で、王都近郊に残っている者も三名いる。復興事業の担当として名前を載せれば、ただの紙の契約ではなくなる。一人は経理が読める。もう一人は倉庫番を長くやっていた。三人目は、領地の古い地権図を頭に入れている。


 帳簿の話に入ったとき、セレナの指が初めて止まった。


 「帳簿の日付を動かすの?」


 「動かさない」


 俺はペンを置いた。


 「契約の成立時点を、婚姻打診の到着より前に引き戻せる合法的な根拠を作る。旧家臣の一人が、二ヶ月前からラングフォード家の復興について相談を持ちかけていた書簡が残っている。あれを、非公式な先約として位置づける」


 セレナはコーヒーに一度視線を落とし、また紙に戻した。


 「書簡は、本当に二ヶ月前のもの?」


 「本物だ。俺も確認している」


 セレナの肩が、少しだけ下がった。


 「わかった。それなら、通せる」


 グレーの縁を歩く話だった。セレナは、その縁がどこにあるかを確かめに来ただけだった。踏み越える気はない。踏み越えさせる気も、俺にはなかった。


  


 参画候補の従契約に、俺は三社の名前を並べていた。北方商会と、中央商会と、もう一社。


 データベースを開き直して、それぞれの直近の取引先を照合する。


 北方商会は問題がなかった。取引先の分布が地方領に寄っていて、派閥色が薄い。もう一社も同じだった。


 中央商会の欄で、数字が引っかかった。


 年商の三割が、一つの貴族家との取引で占められている。検索をかけ直す。その貴族家の名前が、別の場所で一度だけ出てきていた。


 事件1の照合結果だった。夜会招待状が二重化されたとき、南翼版を受け取った八名の中立派に、その家の名前が含まれていた。


 俺は紙の上に、別のマーカーを置いた。


 セレナが顔を上げた。


 「どうしたの」


 「中央商会を外す。別の商会を入れる」


 セレナは一度だけ口を開いて、閉じた。


 「なぜ」


 「後で話す」


 セレナの指が、机を一度叩いた。


 「話せる時に話して」


 俺は頷いた。差し替え先は決まっていた。南方の取引に強い商会を一社、従契約に入れる。派閥色のない家だ。紙の上で、従契約の欄が書き換わった。


 設計図が閉じた。


  


 夜は深かった。窓の外で、見張りの足音が一度、遠くを通り過ぎた。


 設計は終わった。だが、紙の外で、もう一つの形が浮かび上がっていた。


 中立派を王太子派から引き剥がした手と、王太子本人を焦らせた手が、同じ方を向いている気がした。紙の上の差し替え一つから、そこまで伸びてくる。


 まだ仮説だ。名指しはしない。名指しをする前に、一つだけ確かめたいことがあった。


 セレナがランプに手を伸ばし、芯を細く切る。光が一段弱くなり、紙の上の影が長くなった。


 「明日、宮廷で答える。商業上の理由で、と」


 「それでいい」


 俺は、そこで一度言葉を切った。


 「だが——」


 「だが?」


 「宮廷で答えた後、誰が『その答え』を一番早く知りたがるかを見る」


 セレナの青い瞳が、ランプの光を受けた。


 指が、机を一度叩いた。


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