設計
夜の事務所に、ランプの光が低く落ちていた。
机の上で芯が一度跳ね、紙の端を短く照らした。
セレナがコーヒーを二つ、音を立てずに置いた。湯気が細く立ちのぼって、油の匂いと混じった。
俺は紙を三枚、机に並べた。経路Cの枠組み、ラングフォード家の復興事業、ギルド側の参画候補。
セレナが椅子を引き寄せて座った。
「どこから?」
「形式から。実態は後から足す」
セレナは頷いて、コーヒーには手をつけなかった。指先が、左端の紙の角を揃えた。
頭の中でデータベースを開いた。過去の貴族家の復興事業で、ギルドの商会が参画した例を引く。
筋になる事例は三つあった。東方辺境の織物復興では、商会二社が共同で出資し、利益配分で縛っている。北方の鉱山再開発では、ギルドが仲介役として間に入り、契約の前面には立たなかった。中央農地の再整備では、複数の商会が年期契約を結び、数年単位で関与を確定させている。
今回に近いのは、最後の形だった。
俺は紙に書き出した。年期契約なら、婚姻を受けられない商業上の理由として通せる。途中で抜けるには違約金が要るという実態を作れば、断る側に傷がつかない。契約期間は五年。初年度の拠出と、二年目以降の分配を、段階で組む。
「主契約はアルク商会でいい。従契約に二社、並べる」
セレナが覗き込んだ。
「ラングフォード家はどちらに置くの」
「主契約側。復興の当事者として。従にすると、受け身に見える」
セレナの指が机の縁を一度撫でた。納得の動きだった。
形式は決まった。次は、実態を組み立てる。
旧領地の倉庫が二棟、空いたまま残っている。ギルドの商会が在庫の一時保管先として使う理由なら立つ。屋根の修繕と鍵の付け替えに、金貨20枚あれば足りる計算だった。ラングフォード家の旧家臣で、王都近郊に残っている者も三名いる。復興事業の担当として名前を載せれば、ただの紙の契約ではなくなる。一人は経理が読める。もう一人は倉庫番を長くやっていた。三人目は、領地の古い地権図を頭に入れている。
帳簿の話に入ったとき、セレナの指が初めて止まった。
「帳簿の日付を動かすの?」
「動かさない」
俺はペンを置いた。
「契約の成立時点を、婚姻打診の到着より前に引き戻せる合法的な根拠を作る。旧家臣の一人が、二ヶ月前からラングフォード家の復興について相談を持ちかけていた書簡が残っている。あれを、非公式な先約として位置づける」
セレナはコーヒーに一度視線を落とし、また紙に戻した。
「書簡は、本当に二ヶ月前のもの?」
「本物だ。俺も確認している」
セレナの肩が、少しだけ下がった。
「わかった。それなら、通せる」
グレーの縁を歩く話だった。セレナは、その縁がどこにあるかを確かめに来ただけだった。踏み越える気はない。踏み越えさせる気も、俺にはなかった。
参画候補の従契約に、俺は三社の名前を並べていた。北方商会と、中央商会と、もう一社。
データベースを開き直して、それぞれの直近の取引先を照合する。
北方商会は問題がなかった。取引先の分布が地方領に寄っていて、派閥色が薄い。もう一社も同じだった。
中央商会の欄で、数字が引っかかった。
年商の三割が、一つの貴族家との取引で占められている。検索をかけ直す。その貴族家の名前が、別の場所で一度だけ出てきていた。
事件1の照合結果だった。夜会招待状が二重化されたとき、南翼版を受け取った八名の中立派に、その家の名前が含まれていた。
俺は紙の上に、別のマーカーを置いた。
セレナが顔を上げた。
「どうしたの」
「中央商会を外す。別の商会を入れる」
セレナは一度だけ口を開いて、閉じた。
「なぜ」
「後で話す」
セレナの指が、机を一度叩いた。
「話せる時に話して」
俺は頷いた。差し替え先は決まっていた。南方の取引に強い商会を一社、従契約に入れる。派閥色のない家だ。紙の上で、従契約の欄が書き換わった。
設計図が閉じた。
夜は深かった。窓の外で、見張りの足音が一度、遠くを通り過ぎた。
設計は終わった。だが、紙の外で、もう一つの形が浮かび上がっていた。
中立派を王太子派から引き剥がした手と、王太子本人を焦らせた手が、同じ方を向いている気がした。紙の上の差し替え一つから、そこまで伸びてくる。
まだ仮説だ。名指しはしない。名指しをする前に、一つだけ確かめたいことがあった。
セレナがランプに手を伸ばし、芯を細く切る。光が一段弱くなり、紙の上の影が長くなった。
「明日、宮廷で答える。商業上の理由で、と」
「それでいい」
俺は、そこで一度言葉を切った。
「だが——」
「だが?」
「宮廷で答えた後、誰が『その答え』を一番早く知りたがるかを見る」
セレナの青い瞳が、ランプの光を受けた。
指が、机を一度叩いた。




