↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/93

再会

 朝の光が、机の上で三枚の紙を白くしていた。


 一晩で選別した三枚だった。


 扉が開いて、セレナが入ってきた。銀髪を結い、外套の襟を留め終えたところだった。


 俺は三枚の紙を揃えて、机の上を滑らせた。


 「持っていくのはこれだけだ」


 セレナが紙を一枚ずつ確認した。事実だけを残し、結論は削ってある。


 仮説の紙は三行分の余白のうち、一行しか埋めていない。


 セレナの指が、最後の紙の上で止まった。


 「仮説を一つだけ?」


 「現場で判断できる幅を残す。全部渡すと罠に嵌まる」


 セレナはそれ以上聞かなかった。三枚を二つに折り、外套の内側にしまった。


 「行ってくる」


 扉が閉まる音がした。


  


 窓の下で馬車の音が聞こえた。馬蹄が石畳を叩く間隔が速い。第三の門まで、この時刻なら四半時だ。


 頭の中で時間を置いていく。第三の門、控えの間、形式的な挨拶、拝謁の間。長くて昼前には終わる。


 午前十一時を過ぎた。窓の光が机の縁まで下りてきている。


 俺は紙を机の上から動かさなかった。仮説の紙だけは、左の端に寄せて残してある。渡した一つと、渡さなかった二つが、今どれくらいの重さで動いているのか。紙の上からは見えない。


 インクの匂いが少し乾いていた。朝に触れたままの紙の角が、まだ揃っている。

 時間だけが、妙に遅かった。


 階段を上がる足音がした。エドが扉を薄く開けて、顔だけ覗かせた。


 「飯、食うか」


 「いや」


 エドは何も言わず、扉を閉めた。足音が下に降りていく。俺は動かなかった。フィクサーは現場に出ない。動かないことを選んでいる。動けないのではない。


  


 午後、扉が開いた。


 セレナが入ってきた。外套を脱いで、椅子の背にかけた。机に近づく。


 指が、机を叩かなかった。


 石床の匂いと、外の冷えた空気が一緒に入ってきた。朝より少しだけ重い。


 「どうだった」


 俺は短く聞いた。


 セレナは少し間を置いてから言った。


 「普通の人だったわ。王子は普通の人だった」


 俺は一瞬、黙った。「普通」という言葉の幅を測っている。喜んでいるのでも、動じているのでもない。


 セレナが続けた。


 「後悔しているのか、計算しているのか、読めなかった。十年分の変化を、読む技量が私にはない」


 「それでいい」


 セレナは机の端を見た。


 「断るの?」


 「お前が決めることだ」


 「決まっているでしょう。ただ——」


 語尾が途切れた。


 「断り方が問題なの」


  


 頭の中でデータベースを開いた。


 「婚姻打診を、ラングフォード家が断った場合」——この条件で、波及経路を展開する。EXPLAIN。


 筋は三つあった。直接断れば、王太子派と距離を置いたと見なされる。時間をかけて曖昧にすれば、交渉だけが宙に浮いて名誉回復の意味が薄れる。残るのは、別の理由を立てて断る筋だった。


 紙を一枚取り、三つの経路を書き出した。左から順に線を伸ばす。孤立、減衰、別の理由。右端に並んだ三つの終点を見比べる。


 セレナが覗き込んだ。


 「直接断ると孤立する。曖昧にすると減衰する。別の理由を作るしかない」


 「理由を作れる?」


 「作れる。だが——誰にも傷がつかない形を設計する必要がある」


 セレナの指が、机を一度叩いた。


  


 紙の上の三本目を、もう一度見た。


 「別の理由」を作るには、商業取引の実態が要る。ラングフォード家に復興事業が必要で、ギルドの商会が参画している形。形式だけでは足りない。人と、物と、帳簿が動く必要がある。


 「今夜、設計する」


 セレナが俺を見た。


 「一人で?」


 「いや、お前と」


 「——それでいい」


 短い沈黙が落ちた。机の上の紙が、窓の光を反射していた。


 俺は一つだけ確認した。


 「王太子の態度、本当に『普通』だったのか」


 セレナは少し考えてから答えた。


 「わからない。ただ、一度も私の目を見なかった」


 俺は黙った。


 渡した一つは感情の筋だ。だが、目を見なかったという事実は、それだけでは閉じない。


 セレナの指が、机を一度叩いた。


 設計と調査を、明日から同時に走らせる必要があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。