↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/93

打診

 朝の窓に、まだ昨夜の王都の光が残っている気がした。


 光の粒が散らばっている。屋根の縁を一羽の雀が伝って、軒の陰に消えた。


 扉が開いた。


 セレナが入ってきた。髪を結い直した跡がある。机に近づいて、指を触れずに椅子を引いた。腰を下ろす。手はまだ膝の上だ。


 「昨日、王に会って、何か変わった?」


 声が静かだった。測る声だ。


 「変わる気がする。まだ形はない」


 「形ができたら教えて」


 セレナの指が、机の端に触れた。触れただけで、叩かない。


 下の扉が叩かれた。三回。間隔が揃っている。使いの打ち方だった。



  ◇



 宮廷の使者は細い男だった。灰色の外套。袖口が擦れていない。新しい制服だ。胸に王太子家の徽章が縫い込まれている。


 使者は封蝋入りの書状を両手で捧げ、机の上に置いた。封蝋の色が朱。蝋の縁が尖っている。急いで押された印だった。


 「王太子殿下より、ラングフォード令嬢への婚姻意向の確認でございます」


 定型の口上。読み上げるだけで、使者は目を伏せていた。


 セレナは書状を一瞥した。


 「聞いたわ」


 それだけだった。


 使者は一礼して、来た時と同じ角度で下がった。階段を下りる足音が遠ざかる。裏の通りで馬車の車輪が鳴った。去った。


 書状は机の中央に残っている。封蝋はまだ破られていない。



  ◇



 頭の中でデータベースを開いた。


 過去20年の王国内貴族の婚姻打診——ギルド仲介役として目を通してきた記録が、時系列に並ぶ。89件。それぞれに五つの欄がある。


 標準手順は決まっている。まず家門間で非公式に打診し、親族会で了承を取り、そこで初めて公式書状が送られる。返答期間が置かれ、その後に意向確認の使者が来る。


 89件のうち、86件が五段階を順に踏んでいた。飛ばしは極めて稀だ。


 本件は違う。


 ラングフォード家には非公式打診がない。親族会もない。事前書状もない。返答期間の提示もない。いきなり使者だけが来た。


 四段階飛ばしている。


 89件を集計し直す。GROUP BY、手順の飛ばし数。四段階飛ばしは、20年で三件しかない。全て王家筋からの、強制的な再縁組の事例だ。


 「三段階以上飛ばしているのは、二十年で三件だ」


 声に出した。


 「全部、王家筋からの強制的な再縁組」


 セレナの指が、机を一度だけ叩いた。初めて、叩いた。



  ◇



 セレナが封蝋を破った。爪で薄く剥がす。蝋の欠片が机に落ちた。


 紙を広げる。俺は横から三点を読んだ。


 封蝋の印影。侍従長の認証印が押されていない。王太子個人印のみ。通常の婚姻打診は侍従長の通過印が必須だ。省かれた。


 紙質。王宮の抄紙工房で作られる A 級の厚紙だった。外交文書に使われる格だ。通常の婚姻打診は B 級で十分で、A 級が使われた記録は過去20年で二件しかない。


 書体。


 セレナが眉を寄せた。


 「代筆者の癖がない」


 「逆だ。こっちは癖が残っている。止めに揺らぎがある。ギルドに来た過去の王太子の署名書類と、角度が同じだ。代筆者の完璧な定型ではない。本人が書いた」


 三点が揃った。


 王太子本人が、自分で書き、自分の個人印で封じ、侍従長を通さず、A 級の紙で、急いで出した。


 考えられる筋は三つだった。王太子自身の感情で、十年前の婚約破棄を取り戻そうとしている。王太子を動かす第三者がいて、背後から急がせている。あるいは、王太子本人にも見えていない第四者がいて、この婚姻打診そのものを別の目的に使おうとしている。


 どれか一つに絞る材料は、まだない。



  ◇



 セレナが席を立った。


 「明日、宮廷に出向く。返答を公式化する場を作る」


 「同行する」


 「駄目」


 短かった。


 「フィクサーは表に出てはいけない。一人で行く」


 俺は机の上の三つの仮説を見た。セレナに何を持たせるかで、明日の結果が変わる。


 全部持たせれば、セレナは王太子の真意を測ろうとして、その場で判断を迫られる。持たせなすぎれば、何かが起きた時に現場で読めない。


 どの仮説を、どの順で、どの深さで渡すか。


 セレナが扉の前で振り返った。


 「何を持たせるか、今夜決めて」


 扉が閉まる音がした。足音が階段を下りていく。


 机の上に、三つの仮説と、破られた封蝋の欠片が残っていた。


 明日、セレナは一人で王宮に入る。


 俺は一晩で、持たせる情報を選ばなければならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。