王の問い
翌朝、バルクハルトの執務室は静かだった。
窓の外に白い光。午前の早い時間。卓上の書類が整然と積まれている。部屋の中に余計なものがない。飾りも、置き忘れた私物も見当たらなかった。
俺は立ったまま報告した。
「招待状の操作は王弟派の残党ではありません。宮廷の侍従長が、政争の火種を事前に消すために配布を調整していました」
バルクハルトは椅子に座ったまま、こちらを見ていた。灰色の目。表情がない。少し間があった。
「善意か」
「そうです。30年間そうやって宮廷を回してきた人間です。招待状の宛先を操作することで、派閥間の衝突を避けてきた。記録には残りません。口頭の指示で十分で、誰も追えない」
バルクハルトはまた少し間を置いた。「処分するか」
「処分ではなく、手順の透明化を」俺は言った。「配布記録を残す仕組みにすれば、今後は起きない。侍従長は引き続き使える。あの人間が持っている30年分の宮廷の知識は、処分するには惜しい」
沈黙が続いた。バルクハルトの目が俺を見ていた。観察している、とも、考えている、とも取れる目だった。
「お前は面白い提案をする」
「……」
「犯人を挙げろと言われて、仕組みを直せと返す」
「俺は商人です」俺は答えた。「犯人を挙げるのは権力の仕事です。俺にできるのは、次に同じことが起きないようにする提案までです」
バルクハルトは短く鼻から息を出した。笑いとも、確認とも取れる音だった。
◇
「王に会え」
唐突だった。
俺は一拍置いてから答えた。「必要ですか」
「必要かどうかは王が決める。お前は聞かれたことに答えろ」
それだけだった。
◇
王宮の奥へ向かうとき、廊下の石が違った。磨き方ではない。石の種類が変わる。表の廊下は白みがかった大理石だが、奥に進むにつれて灰色が濃くなる。古い石だ。飾りがない。
扉の前で立ち止まった。
案内の侍従が一度だけノックした。返事があった。扉が内側に開く。
小さな部屋だった。
窓が一つ。外は庭ではなく、石の壁に囲まれた細い中庭だった。光はある。ただ、広くはない。机の上に書類が積まれている。飾りがない。壁に絵もない。
椅子に座っている人間を見た。
50代。灰色の髭。肩幅がある。目が静かで深い。
バルクハルトに似ている——と思った瞬間、逆だと気づいた。バルクハルトがこの人に似ているのだ。目の作りが同じだ。年を重ねた方から先にあって、若い方がそれを受け継いでいる。
王は立ち上がらなかった。
椅子に座ったまま、こちらを見た。数秒の沈黙があった。俺は動かなかった。体に力を入れていないつもりだったが、喉だけが少し乾いていた。
「報告は聞いた。一つだけ聞く」
声が低かった。大きくはない。室内に吸い込まれる声だった。
「お前は誰に何を伝えた?」
俺は正確に答えた。
「バルクハルト殿下に全容を。侍従長本人にはまだ何も。南翼版の招待状を受け取った12家にも、事情は伝えていません」
王が一つ頷いた。
「それでいい」
視線が書類に戻った。対面が終わった——と分かった。言葉はなかった。ただ、終わりだけが伝わった。
◇
廊下に出た。バルクハルトが壁際に立っていた。
「あの方は、お前の使い方を考え始めた」
俺は何も言わなかった。バルクハルトも続けなかった。
◇
事務所に戻ったのは夜だった。
セレナが椅子に座って待っていた。「どうだった」
「王に会った」
セレナの指が机を一回叩いた。「……それだけ?」
「それだけだ。あの人は、聞きたいことだけ聞いて、終わった」
俺は窓の外を見た。夜の王都。光の粒が散らばっている。
「お前は誰に何を伝えた?」
王の声が、まだ残っていた。
バルクハルトの一言も残っている。使い方を考え始めた、と。
窓の外の光が、少しだけ揺れて見えた。




