配布経路
商人ギルドの記録室は、午前の光が薄く差し込んでいた。棚に並ぶ台帳の背表紙が、一本一本、整然と立っている。
情報仲介役の権限で、配布記録の原本を出してもらった。台帳ではなく、元帳。ギルドが保管する一次資料だ。
36通分の配送記録を、全配布先と経由者ごとに接続した。発送元の王宮庶務課、中継したギルドの受付、各配送係の担当区域、受け取り確認のサイン。つなぎ合わせると、三日がかりの配送経路が一本の線になる。
二日目と三日目で、同じ配送係が違う招待状を持っていた。
数字の上では小さな揺らぎだった。だが照合すると、三日目に分岐している。12通の南翼版は、東翼版とは別の束として渡されている。
配送係を呼んで話を聞いた。四十代の男で、十年以上この仕事をしていると言った。革のベルトに配達袋を下げたままで、来たばかりの様子だった。
「上から渡されたものをそのまま配りました」
「三日目に渡された束は、二日目と同じ人から受け取ったか?」
「はい。同じ主任から。中身は確認しません。封がされていますから」
嘘をついている様子はなかった。目が揺れない。淀みない。本当に、渡されたものを配っただけだ。
では、渡した側は誰か。
指示系統を遡った。配送係を管理しているのはギルドの配送主任で、主任が受け取ったのは王宮の庶務課からだという。庶務課の名前が出た。
俺はDBに庶務課の担当区分を引いた。招待状の作成・封入・発送は庶務課の所管だった。そこが起点になる。
◇
事務所に戻ったのは昼前だった。
セレナは鏡の前に立っていた。銀髪に手をかけて、毛先の一筋を丁寧に直している。ゆっくりとした動作で、三度目だった。いつもは無頓着な部分まで、今日は手を入れていた。
初出仕の格好は、いつもの外套ではなく宮廷向けの装いだ。俺が何か言う前に、セレナが振り返った。
「記録は?」
「庶務課が起点になる。ただし現場の配送係は指示に従っただけだ」
「庶務課の誰か、ということ」
「そこまでは今日中に詰める」
セレナが軽く頷いた。外套ではなく上着の袖を整えて、事務所の出口に向かう。扉の前で一瞬、止まった。指が腰のあたりで一回、静かに叩く。
「行ってくる」
それだけだった。
◇
セレナが戻ってきたのは、夕方に差し掛かる頃だった。
手に革袋を持っていた。中に羊皮紙が何枚も重なっている。宮廷で招待状の現物を入手してきたらしかった。
外気とは別の匂いがした。磨かれた石床と、古い香油の匂い。半日いただけで、宮廷の空気を服の端に連れて帰ってきている。
机に並べると、36通が一面に広がった。
「全部確認した」
セレナが立ったまま言った。【鑑定】の余韻が目に残っている。
「紙も印璽も全て本物。どれも王宮の正規品。偽造じゃない」
「だが?」
「インクの乾き方が違う。12通だけ。同じ日に書かれたものじゃない」
俺はDBを開いた。
セレナが読み上げた12通の識別番号を、一つずつ格納していく。鑑定結果に「作成日が異なる可能性」のフラグを立てて、残り24通のデータと横断照合する。
ギルドから取得した配送記録と突き合わせた。発送日と照合すると、数字が出た。
「12通の南翼版は、他の24通より二日遅れて作成されている」
セレナが黙った。俺も何も言わなかった。
二日。それだけの差だが、意味は大きい。24通が発行された後、誰かが追加で12通を作った。正規の紙を使って、正規の印璽を押して、正規のルートで流した。
「本物だが、後から追加された本物だ」
セレナが窓のほうを見た。夕方の光が斜めに入っている。
「庶務課の中に、王宮の資材に触れられる誰かがいる」
「ああ。偽造じゃない。権限がある」
俺は納入記録も引いた。夜会向けの高級食材の発注が二件ある。同じ品目で、東翼名義と南翼名義。酒商も装飾品も同じだった。どちらも正式な発注書が出ている。南翼分だけ、他より二日遅い。
招待状だけじゃない。金の流れまで、後から差し込まれている。
◇
エドが帰ってきたのは日が落ちる頃だった。
靴底の音が軽い。街を走り回ったわりに疲れた様子がない。革袋を肩から下ろして、机に置く前に口を開いた。
「南翼の宴席って、最近改装されたらしいっす。ここ二ヶ月ぐらいで。普段は使わないのに」
俺はセレナを見た。セレナも俺を見た。
「誰かが、最初から南翼に人を集めるつもりだった」
「夜会を割ったんじゃない。分けたんだ」
東翼でも南翼でもよかったわけじゃない。
南翼に入る顔ぶれを、最初から選んでいた誰かがいる。




