最後の偽造
朝になった。
窓から光が入る前に全員を呼んだ。四人が机の周りに立つ。椅子に座ったのは俺だけで、残りは立ったまま黙っている。
「7割で動く」
間を置かずに続けた。
「一か所に固まれば崩される。分けて見て、重ねて残す」
「クレア、神殿の書記室へ。停戦親書の原本が今日中に写されるはずだ。写本の行方を追う。できれば原本を直接押さえたい」
「わかりました」
返事は短かった。それでいい。
「セレナ、ギルドの取引記録。今週に入って書状の流通に動きがあれば全部拾う。ルートを特定する」
「手掛かりがなければ」
「なければ戻ってこい。次を考える」
セレナは頷いた。
「エド、連絡中継。クレアとセレナの間を走れ。情報を止めるな」
「荷物持ちじゃないっす! 連絡係っす!」
「それを言いたかっただけか」
エドは返事をしなかった。うなじを掻いていた。
「ミラ、使者の護衛。南門を出るまで三歩後ろ。密着はするな」
ミラは頷かなかった。ただ目が動いて、俺の顔に向いた。了解の形は人それぞれだ。ミラは目で返す。
「以上だ」
四人が動いた。
◇
クレアが神殿書記室に入ったのは昼前だった。原本は既に書記長の手に戻っている。写本の所在も押さえた。
セレナはギルドの取引記録を朝から洗っていた。今週に入って書状の輸送経路が一本だけ新しく増えていた。南門から城外へ抜けるルートに、使者が使う通常の経路と別の荷運びが入っている。
エドが走った。神殿からギルド、ギルドから事務所へ。角を曲がるたびに靴音が石畳を打つ。
「連絡係っす」
報告と一緒に、それだけ言った。息が上がっていた。
使者は昼過ぎに宿を出た。
◇
人込みは多かった。
市場通りの石畳は昼の日差しを跳ね返していて、荷台を引く馬の蹄の音、売り声、子供の走る足音が混じり合っていた。ミラは使者の三歩後ろを歩いていた。目は前を向いている。だが視野の端は広く開いている。
二十分、特に何もなかった。荷台が道を塞いで立ち止まった。使者との距離が四歩に広がり、荷台が動いてから三歩に戻した。足の裏の感覚に集中している。石畳の継ぎ目、砂の散らばり、周囲の歩く人間の体重の乗り方。耳は売り声を拾いながら、それとは別の層で音を聞いていた。
男が入ってきたのは市場の半ばを過ぎた辺りだった。
速度が使者と同じだった。距離が縮まりも開きもしない。普通の歩き方をしている。人込みの流れに溶けている。ただ速度だけが、使者に合っている。
ミラの首の後ろに何かが走った。視覚でも音でもなかった。皮膚が先に感じた。
差し込みは一瞬だった。
使者が荷台の陰を横切る瞬間に、男の手が動いた。使者の上着の内側へ伸びた。
ミラの手が男の手首を掴んでいた。
意識がそこに追いついた時、もう終わっていた。身体が先に動いて、意識は後から来た。また来た。そのことを、ミラは半歩も動かずに立ったまま確認した。
使者は振り返らなかった。周囲の人間も足を止めなかった。男との接触は一秒もなかった。
男は何も言わなかった。手首を返そうともしなかった。ミラの指の力が少し増した。男の手の中から折り畳まれた書状が落ちた。
ミラが拾い上げた。男を放す前に、使者の懐を開かせた。
中には二通あった。本物の親書と、同じ大きさに折られた偽造の親書。差し替えではない。紛れ込ませていた。
ミラは偽の方だけを抜き取った。男を放した。
男は人込みに消えた。素直すぎた。抵抗するつもりがなかったのか、それとも使い捨てだと分かっていたのか。どちらでも構わなかった。書状はミラの手の中にある。
◇
南門を使者が抜けたのは午後だった。
全員が戻ってきた。エドだけが肩で息をしていた。偽造の親書はミラが持っている。折り目がついていて、封蝋が手際よく剥がされた跡がある。差し込み用に準備されたものだ。
「原本は神殿に。写本も三部、確保しました」
クレアが先に言った。
「金の動きは途中で切れた。指示役はもう下がってる」
セレナが続けた。
「使者は無事か」
「気づいていなかった」
ミラの返答は短かった。
本物の親書は使者の懐にある。南門の向こうへ行った。停戦交渉は予定通り進む。
書状を机に置いた。偽の印璽、偽の署名。精巧だった。本物の隣に置かなければ見分けがつかない水準だ。相当な技術者が関わっている。
「ディートリヒは出てこなかった」
セレナが言った。確認するように声に出した。
「ああ」
直接手を下さない。差し向けるだけで、自分の痕跡はどこにも残らない。今日の男も、捕まえたところで何も出てこない。連鎖の先へ辿っても、終点には誰もいない。
机の上の書状を見た。
本体を叩かなければ、これは何度でも繰り返される。




