三軒の問屋を一瞬で比較する
翌朝、俺は南門前市場に向かった。
王都には三つの市場がある。中央市場は大商人の領域。東市場は職人の街。南門前市場が、新参の行商人にとって一番入りやすい。
エドが荷車を押しながらついてくる。
「仕入れ、まだこれからっすか?」
「もう済んでいる」
昨夜のうちに、南門近くの薬草問屋を三軒回った。どの問屋が何をいくらで出しているか、データベースで即座に比較できる。昨日手に入れた検索の力が、早速役に立った。
三軒の問屋の価格が、頭の中に一覧となって浮かぶ。赤傷草はマルコ商店が銅貨180で最安。月光花は東の薬舗が銅貨300。銀苔は南門薬問屋の銅貨460が一番安い。品目ごとに最安の問屋から仕入れる。
普通の商人なら、一軒の問屋とつきあって全部そこから仕入れる。比較する手間を考えれば、そのほうが効率的だからだ。
だが、俺には検索がある。手間はゼロに等しい。
◇
南門前市場の片隅に、場所を借りた。
朝の市場は、焼きたてのパンと家畜の匂いが混じり合っている。木の台を一つ置いて、看板代わりの板を立てる。
「薬草商 レイン」。エドが炭で書いた字は、正直言って汚い。
「うーん、客来るかなあ」
「来る。待ってろ」
戦時中の王都で、薬草の需要が落ちるわけがない。問題は、どう差別化するかだ。
最初の客は、昼前に来た。
冒険者風の男。腕に包帯を巻いている。
「赤傷草あるか」
「あります」
俺は意識の奥でデータベースを走らせた。在庫の中から赤傷草を、さらに品質の高いものだけに絞り込む。
一瞬で、収納空間から高品質の赤傷草だけが抽出される。手に取り出したのは、葉の色が鮮やかで、茎が太い上物だ。
「これでどうですか」
「おっ、いい品だな。いくらだ」
「銅貨300で」
男は頷いて、銅貨を置いた。
仕入れ値が180。粗利は120。悪くない。
◇
午後になると、客足が増えた。
「月光花が欲しい。できれば今年採れたやつ」
月光花、鮮度の高いもの。条件を意識で絞り込む。
「こちらです。今季の収穫で、乾燥も浅いです」
「早いな。もう出てくるのか」
客が目を丸くした。
普通の【収納】持ちは、空間に手を突っ込んで、目当ての品を手探りで引っ張り出す。品数が多ければ多いほど時間がかかる。間違えて別の品を出すこともある。
俺は違う。条件を指定すれば、一秒で目当ての品が手元に来る。しかも品質が安定している。高品質だけを抽出すれば、外れは出ない。
俺の方が、圧倒的に速い。
「兄ちゃん、収納持ちだろ? 他の収納持ちより随分手際がいいな」
「まあ、ちょっとしたコツがありまして」
曖昧に笑ってごまかす。手の内を見せる必要はない。
◇
三日目。常連がつき始めた。
「おう、レインのところに来たぞ」
「いらっしゃい」
最初に買ってくれた冒険者の男が、仲間を三人連れている。
「ここは速いし品質がいい。他の薬草売りとは違う」
口コミだ。冒険者のネットワークは侮れない。迷宮に潜る連中にとって、薬草は命に関わる。信頼できる店があれば、そこに固定する。
売上は全てデータベースに記録してある。
初日、赤傷草が三束売れた。二日目は倍近く。銀苔も出始めた。三日目の夕方、エドが銅貨の山を前にして目を丸くした。
「え、これ全部今日の分っすか?」
赤傷草が八束、月光花が四束、銀苔が三束。三日間の粗利で金貨40枚分のペースだ。
「まだ足りない」
「えっ、嘘でしょ。これだけ稼いで?」
足りない。薬草の小売りだけでは、いつまで経っても銅級のままだ。
俺が見据えているのは、もっと先。貴族相手の大口取引。卸売り。情報を使った商売。
そのためには、俺に足りないものがある。
(貴族社会の作法と人脈だ)
伯爵家の五男とはいえ、俺は社交の場に出たことがない。母が側室で、五男で、スキルは【収納】。晩餐会にすら呼ばれなかった。
データベースに知識はある。だが、知識と実践は違う。貴族の間で通用する振る舞いは、本だけでは身につかない。
(誰か、貴族社会に詳しい人間が必要だ)
そんなことを考えながら、市場を片付けていた時だった。
南門の方から、怒声が聞こえた。
「金を払え、この女!」
「離しなさい。私はそんなもの頼んでいないわ」
女の声。若い。そして、妙に凛としている。
没落してなお折れない。そういう声だ。
俺は足を止めた。




