↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/94

複製

 封書を開けた手が、止まった。


 紙が一枚。ギルドの書式を模した帳票だった。穀物の流通記録。取引量、価格、時期——俺がギルドで分析した、東方辺境伯領への穀物取引の偏りを示すデータだった。


 だが、数字が違う。


 俺が出した数字ではない。偏りを示す部分が削られ、正常な取引に見えるよう差し替えられている。俺の分析結果を、俺の名前のまま歪めて流通させる。それがこの三通目の意図だった。


 紙が皺になっていた。気づいたら握りすぎていた。指先が白い。力を抜いたが、皺は戻らない。


 俺のデータを汚染して撒く。


 改竄されたデータが流通すれば、俺の信用が崩れる。「レインの分析は信頼できない」という評判が広まれば、バルクハルトへの報告も、今まで積み上げてきた情報の網も、ひとつずつ効力を失う。ディートリヒは武器を使わない。正確に、俺の根拠を腐らせようとしている。


 怒りが胸の奥に落ちた。熱くない。静かに、重く沈む。



  ◇



 一箇所にしかないデータは、改竄されたら検証できない。


 その思考が、自然に次へ続いた。同じデータを複数の場所に置けば、一箇所が汚染されても、他の場所と照合して嘘を炙り出せる。元の正しい状態を証明できる。情報を守るのは、暗号でも壁でもなく、同じものを別の場所に用意しておくことだ。


 概念が流れ込んできた。


 今までのスキル解放と、速度が違った。圧力をかけたように、中から押し開かれる感覚だった。額に汗が滲む。耳の奥で脈が鳴っている。速い。視界の端が白く明滅した。


 【レプリケーション】。


 名前が浮かんだ瞬間、身体の奥が軋んだ。初めてだった。スキルが広がる速さに、身体が追いついていない。


 息を吐いた。手が震えている。椅子の背に背中を押しつけて、脈が落ち着くのを待った。汗が首筋を伝う。さっきまでなかった知識が、頭の中に並んでいた。



  ◇



 扉が開く音がした。


 クレアだった。薄い金髪の三つ編みが乱れている。いつも通り、紙束を抱えている。事務所への定期的な記録保全作業だ。彼女が入ってくるのは週に三度。今日はその日だった。


 「失礼します——」


 立ち止まった。


 俺の顔を見て、一歩の途中で止まった。眼鏡の奥の目が、状況を読んでいる。クレアは三百以上のスキルを記憶している。見ているだけで情報を処理する人間だ。


 「何が来たんですか」


 問いではなく確認だった。


 机の上の封書を見て、俺の顔を見て、もう答えを持っている。俺が黙っていると、彼女はゆっくり椅子を引いて、向かいに座った。


 「三通目です」


 「改竄データの拡散、ですね」


 クレアは【写本】で帳簿の改竄を見抜いてきた。俺のスキルが収納ではないことも、とうに見抜いている。だが正式な名前は教えていなかった。


 壁が薄くなっている。セレナにそう言われた。ならば、もう一枚減らすのに躊躇う理由はない。


 「俺のスキルは【データベース】だ」


 クレアの眼鏡の奥が、一瞬だけ見開かれた。すぐに戻る。


 「やはり、そうでしたか」


 驚きより納得の声だった。俺は続けた。


 「さっき新しい機能が解放された。【レプリケーション】。同じデータの複製を、別の場所にも持てる」


 クレアが少し間を置いた。


 「私がバックアップになるということですね」


 淡々とした声だった。だが目が動かない。動かないまま、俺を見ている。クレアの【写本】は完璧な複製を作れる。俺の外に置く原本——それが意味することを、クレアは俺より先に理解していた。


 「嫌なら断っていい」


 クレアは少し首を傾けた。


 「嫌ではありません」


 「……理由を聞く前に答えたな」


 「理由を聞いたら、断れなくなる気がしたので」


 それ以上の説明はなかった。


 クレアが抱えていた紙束を膝の上に置いた。いつものように、仕事を始める準備だった。俺はその動作を見ながら、次の言葉を待った。


 「でも——」


 クレアが紙束を見たまま、言った。


 「私の容量には、限界があります」


 沈黙が落ちた。


 俺のデータを保持するために、クレアは自分の中にある何かを手放す。記憶だ。読んだ本の一節、誰かの声、ある朝の光——クレアがこれまで写し取ってきたものの中から、何かが消える。


 その空いた場所を、俺の帳簿が埋める。


 何を消すのか。聞けなかった。聞いたら、頼めなくなる。クレアも答えなかった。答えないことが、すでに答えだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。