線と面
クレアとの共同作業の成果を、机の上に広げた。
ディートリヒの十年間。ラングフォード家没落の偽造書簡、東方辺境伯領の税収改竄、ギルド帳簿の洗浄、宮廷の官僚人事への介入。ばらばらだった事件を経路図の上に並べると、同じ手口が浮かぶ。模写による偽造。中間者を立てて流通させ、発覚前に切り捨てる。十年間、一度もパターンを変えていない。
だが一つ、新しいことが分かった。
ディートリヒ一人では不可能な規模だ。十年前のラングフォード家の件と東方の税収改竄が同時期に動いている。一人で二つの偽造を同時に走らせることはできない。少なくとも五人。ディートリヒの周囲に、手足として動く人間がいる。
組織だ。ディートリヒは手を動かす職人ではなく、組織を動かす設計者だった。
◇
午後。バルクハルトの執務室。
報告書を渡した。十年分の活動を時系列で並べ、各事件の共通点と接続を図にまとめたものだ。
バルクハルトが紙を一枚ずつ読んでいく。速い。眼が止まらない。灰色の目が紙の上を滑り、一枚終わるごとに次へ移る。
「点ではなく線で見れば、アイゼンベルクの工作は十年間の一貫した計画です。個々の事件を別件として処理してきたから、全体像が見えなかった」
バルクハルトが最後の紙を置いた。指が紙の端を揃える仕草が丁寧だった。
「見事だ」
二度目の「見事だ」。前回と同じ声だった。だが今回は、その後に続く言葉が違った。
「一つ聞く」
灰色の目が、報告書から俺に移った。
「お前のこの分析力は、何のスキルだ」
空気が変わった。執務室の壁が一段近くなった気がした。
答えを用意してある。ずっと用意してあった。
「高速演算です」
バルクハルトの目が細くなった。灰色の目が俺の顔の上に留まったまま、三秒、五秒と過ぎた。この男は【看破】を持っている。嘘を見抜くスキルの前で、俺は今、嘘をついた。
「嘘だな」
静かな声だった。怒りも問い詰めもない。机の上に石を置くように、事実を一つ置いた。喉が干上がった。
「だが、聞かない」
バルクハルトが報告書を引き出しにしまった。動作に迷いがない。
「お前の秘密より、アイゼンベルクの排除が先だ。順序を間違える気はない」
俺を見た。灰色の目に、温度はなかった。好意でも信頼でもない。優先順位だ。今はディートリヒを潰すことが先。俺の正体を暴くのは、その後でいい。
「ありがとうございます」
「礼は要らない。貸しだ」
短い。冷たい。だが嘘ではない。看破の持ち主が「貸しだ」と言ったなら、それは取り立てる意思がある。
執務室を出た。廊下が長い。靴音が壁に跳ね返る。バルクハルトの目が背中に刺さっている気がした。振り返らなかった。
嘘を見抜かれた。見逃してもらったのは、利害が一致しているからだ。ディートリヒが片付いた後、バルクハルトは必ず聞いてくる。「お前のスキルは何だ」と。
猶予がある。だが猶予には期限がある。
◇
事務所に戻ると、セレナが待っていた。帳簿を開いたまま俺の顔を見て、「どうだった」と聞く。
「報告は受け取られた。ディートリヒの十年分の工作が一本の線になったことは、バルクハルトも認めた。それと、スキルを聞かれた」
セレナの指が机を一回叩き、そこで止まった。「高速演算と答えた。嘘だと見抜かれた」と続けると、銀色の髪が窓からの夕光を受ける下で、目が細くなる。
「追及された?」
「されなかった。『お前の秘密より、アイゼンベルクの排除が先だ』と」
セレナが少し間を置いた。指が机の上でゆっくり動いて、止まる。叩くリズムではない。「猶予ね」
「ああ。ディートリヒが片付くまでの」
「片付いたら?」
「聞いてくる。確実に」
セレナは帳簿に目を戻した。だが読んでいない。文字の上で視線が止まったまま、「あなたの周りの壁が、一枚ずつ薄くなってる。気づいてる?」と言った。
気づいている。クレアにはスキルの名前を明かした。バルクハルトには嘘を見抜かれた。エドは壁の存在に気づいている。ミラは壁の外から走ってきた。俺が作ったはずの壁が、向こう側から形を変えられている。
区画で分けたはずの情報が、少しずつ漏れている。漏れているのではなく、壁の向こう側から手が伸びてきている。
「分かっている」
「分かっていて、どうするの」
答えられなかった。セレナの指が、一回だけ叩いた。待たない音だった。




