↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/96

写本の限界

 ディートリヒの十年分の活動を追う作業は、四日目に入っていた。


 神殿の記録室。クレアと並んで机に向かっている。俺が経路図でディートリヒ周辺の人物の動きを辿り、クレアが神殿の文書から裏付けとなる記録を抜き出す。書記官の異動、税収承認者の変遷、軍令の伝達経路。断片を突き合わせると、ディートリヒの影が十年前から薄く、だが確実に動いていたことが浮かぶ。


 クレアの手は速かった。棚から文書を引き、目を通し、白紙の紙に写し取る。写本のスキルだ。見たものを完璧に再現する。一字の狂いもない。三日間で百枚以上の文書を処理している。だが写し終えた紙の端を揃える指が、時々同じ場所を二度なぞるようになっていた。


 四日目の午前。クレアの手が止まった。


 「少し、待ってください」


 声が小さかった。額に汗が浮かんでいる。眼鏡を外して、手の甲で額を拭いた。眼鏡を外したクレアの目は、いつもより大きく見える。焦点が定まっていない。


 「どうした」


 「容量が、足りなくなってきました」


 容量。


 その言葉の意味を、俺はすぐに理解した。クレアの写本は、見たものを完璧に記憶する。だが記憶には上限がある。新しい文書を取り込むためには、古い記憶を薄くしなければならない。写すたびに、何かを自分の中へ押し込んでいたのだ。その負荷を、俺は今まで作業量としてしか見ていなかった。


 「何を消すんだ」


 クレアが眼鏡をかけ直した。レンズの奥の目が、俺をまっすぐ見た。言いにくいことほど、先に目を合わせる。


 「選べます。どの記憶を薄くするか、自分で選べます」


 一拍。


 「でも、消した記憶は二度と戻りません」


 クレアの声は淡々としていた。事実を述べている。だが眼鏡を外したとき、指が少し震えていた。


 「何を消そうとしている」


 「古いものです。幼い頃の記憶。父の声とか、家族で夕食を囲んだときの風景とか」


 声が揺れなかった。揺れないように言っている。


 「スキルの発現記録や神殿の文書は残します。仕事に使うものは消せません。だから消せるのは、仕事に関係ない記憶だけです」


 仕事に関係ない記憶。父親の声や、夕食の風景。そういうものを「関係ない」と分類して、消す。


 俺の中で、何かが引っかかった。


 「やめろ」


 声が大きくなった。自分でも驚いた。高い天井に跳ね返って、記録室の棚の間に消えた。


 クレアが目を見開いた。


 「別の方法を考える。文書の量を減らすか、作業を分割するか。お前の記憶を消す必要はない」


 クレアが少し間を置いた。それから、穏やかに言った。


 「いいんです」


 眼鏡の奥の目が、静かだった。諦めた静けさじゃない。自分を納得させるときの静けさだ。


 「データベースにとって、古いバックアップを消すのは普通のことでしょう?」


 息が止まった。


 この子は、俺のスキルの名前を昨日知った。そして今日、その概念で自分の記憶を切り捨てようとしている。古いバックアップ。使わなくなったデータ。容量が足りなければ削除する。DBの運用としては正しい。正しすぎるから、余計に悪い。


 だがクレアはデータじゃない。


 「お前はデータじゃない」


 言った。声が硬かった。


 クレアが俺を見た。眼鏡の奥の目が、一瞬だけ揺れた。


 「……分かっています」


 小さな声だった。分かっている。分かっていて、それでも消そうとしていた。俺がスキルの名前を渡したから、その概念で自分を削ろうとしている。


 俺はクレアから文書の束を取り上げた。紙の角が指に食い込んだ。


 「今日はここまでだ。残りは俺が処理する」


 クレアは何か言いかけて、口を閉じた。眼鏡を直す仕草が、いつもより遅かった。抗わないのが、余計につらい。


 記録を完璧に残せるスキルは、記憶を完璧に消せるスキルでもある。紙の上では利点でも、人間に向けば刃になる。クレアが失おうとしていたのは、父の声だ。家族で囲んだ夕食の風景だ。データベースの容量管理と同じ論理で、そういうものを消そうとしていた。


 俺がクレアにスキルの名前を教えた。その概念が、クレアの中で刃になった。助けになるはずの名前が、削るための理屈として先に使われた。


 これが、知らせることの代償なのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。