見えすぎる目
書記官は解任されていた。
バルクハルトの執務室で報告を受けた。処理は静かだった。推薦状の偽造が発覚した形ではなく、別件の人事異動として片づけられている。証拠は残っていない。ディートリヒの名前は一度も出なかった。
「見事だ」
バルクハルトが言った。書類に目を落としたまま。
一拍の間があった。
「だが、気になることがある」
灰色の目が上がった。以前「速いな」と言ったときとは違う。あのときは計っていた。今は、計り終わった目だ。
「お前の分析は速すぎる。結論に至るまでが早すぎる。東方の税収改竄のとき、三拠点同時作戦のとき、そして今回。商人がここまで読めるはずがない」
喉が詰まった。言い訳なら並べられる。「セレナの鑑定のおかげです」「偶然が重なりました」「商売で鍛えた勘です」。だがどれも本当の半分でしかない。膝の上で指先がわずかに動いて、止まった。残りの半分は、テーブルの向こうに座っている男の目には出せない。
「運が良かったのだと思います。セレナの鑑定が正確だった」
バルクハルトが頷いた。一度だけ。
だが目が頷いていなかった。口元は動かず、灰色の目だけが俺の顔の上に留まっている。三秒。五秒。それから書類に戻った。
「次の報告を待っている」
それだけだった。
◇
王宮を出て、事務所への道を歩いた。午後の日差しが石畳を白く照らしている。
セレナが隣にいた。バルクハルトとの面会に同行していた。帰り道、しばらく無言だった。
「あなた、見えすぎる目を持っていることが、そろそろ隠しきれなくなってきてるわ」
セレナは前を向いたままだった。指が叩かない。考えて出した言葉ではなく、歩きながら当たり前のように言った。
俺は黙った。
思考の道筋が見える。それがどれだけ便利かは、この二週間で実感した。穀物の歪みもディートリヒの手口も、道筋を辿れば構造が浮かぶ。だがその速さは、外から見れば異常だ。道筋が見えすぎるほど、こちらの異常も輪郭を持つ。商人の勘では説明がつかない。
「バルクハルトは信じたか」
セレナの問いに、首を横に振った。
「信じたかどうかじゃない。保留にしている。今のところは」
セレナの足が一歩遅れた。横を見ると、銀色の髪が午後の光を受けている。目が細い。
「保留の期限は長くないわよ」
指が一回、太腿を叩いた。歩きながら。結論の音だ。
◇
事務所に戻った。
廊下でミラとすれ違った。
目が合った。一瞬だけだ。ミラの目は暗い廊下で光って、すぐに逸れた。何も言わずに通り過ぎる。肩が触れるほど近い距離だったのに、足音が遠ざかるまで振り返らなかった。
胸が少しだけ痛んだ。針で内側を引っかかれたみたいな、浅い痛みだった。
分析すべきなのか。呼び止めるべきなのか。だがあの夜の「分析するな」という声が、まだ耳に残っている。
分析しなかった。呼び止めもしなかった。
◇
夜。机の上に封書が置かれていた。
「夕方に届いたっす。例のやつと同じ封蝋で」
エドの声が硬い。一通目を覚えている。
封蝋を見た。赤。アイゼンベルクの紋章が型押しされている。最初に届いた一通目と同じだ。あのときは俺の作戦手順書の完璧な複製が入っていた。
封を切った。
白紙だった。
裏も表も何も書かれていない。上質の羊皮紙に、一文字もない。傾けても、透かしても、何も浮かばない。
エドが覗き込んだ。「何も書いてないっすか」
何も書いていない。だがこの封書は俺のところに届いた。宛名が書かれ、封蝋が押され、人の手を渡って机の上に置かれた。内容は要らない。「届けられる」こと自体がメッセージだ。
見ている。お前が何をしたか知っている。書記官を消しても、こちらの目は消えない。
封書を引き出しに入れた。引き出しを閉める音が、夜の事務所で妙に大きかった。指先に封蝋の欠片が貼りついている。白紙の羊皮紙が、一通目の複製より重く感じた。
味方からは速すぎると疑われている。敵からは見ていると告げられた。見えすぎる目は、こちらの姿も映す。
蝋燭を吹き消さなかった。窓の外はもう暗い。今夜は灯りを残しておきたかった。




