読み合い
朝一番にギルドの記録室に入り、三つの中継商会が扱う全品目の経路を引いた。穀物だけじゃない。布地も木材も、同じ時期に同じ形でへこんでいる。季節の波では片づかない歪みが、品目を跨いで三つの商会に集まっていた。
事務所に戻ると、バルクハルトからの使いが待っていた。「至急、東詰所へ」。封蝋が赤い。書式が略式だった。
◇
王宮東詰所は、正門から離れた場所にある。文官用の詰所で、廊下は薄暗く、窓が小さい。靴音が石壁に跳ね返る。
部屋に入ると、バルクハルトが机に向かっていた。短い金髪。灰色の目が俺を見て、書類に戻った。
「座れ」
椅子を引いた。革が冷たい。
「ディートリヒが動いている」
前置きがない。バルクハルトはいつもそうだ。
「王弟派が宮廷の人事に口を出し始めた。文官の配置転換だ。これまで手を出さなかった部署に、新しい名前が入っている」
俺は黙って聞いた。バルクハルトの目は書類の上にある。報告の続きを待つ目じゃない。ここから先を量っている。
「心当たりはあるか」
ある。
頭の中で、ディートリヒに関わる記録の上を順に辿った。東方の税収改竄、ギルド帳簿の書き換え、ラングフォード没落に使われた偽造書簡。ばらばらだった事件の上を、同じ角度で折れる線が走る。
最初に情報源を押さえる。次に偽造文書を作る。中間者に流させる。発覚の気配が出たところで、中間者を切る。
四つで一巡りだった。十年前から、順番が変わっていない。
「パターンがあります」
バルクハルトの視線が書類から上がった。
「アイゼンベルクの過去の手口は四段階です。情報源の確保、偽造文書の作成、中間者の配置、発覚前の切り捨て。このパターンを今の人事に当てはめると、第三段階に入っています」
バルクハルトが片眉を上げた。
「中間者は?」
「ギルドの新任書記官です。赴任して二ヶ月。配置転換の対象部署と記録の管理範囲が重なっています」
沈黙が三秒あった。バルクハルトの灰色の目が俺を測っている。称賛でも疑念でもない。ただ、計っている。
「速いな」
一言だった。
喉の奥で返事が止まった。速いのはスキルのおかげだ。だがそれを言うわけにはいかない。
「裏を取れるか」
「推薦状があるはずです。新任書記官がこのポストに就いた経緯を辿れば、推薦者の筆跡から判断できる可能性があります」
バルクハルトが頷いた。一度だけ。
「やれ」
◇
推薦状の写しを手に入れたのは、その日の昼過ぎだった。ギルドの人事記録は情報仲介役の権限で閲覧できる。
事務所に戻ると、セレナが帳簿を広げていた。俺が推薦状を机に置くと、帳簿を閉じて手を伸ばした。
「これ?」
「新任書記官の推薦状の写しだ。鑑定してくれ」
セレナが紙を手に取った。指が文面を滑る。目が細くなった。
十秒。二十秒。セレナの指が机を一回、強く叩いた。
「重みはある。書いた人間は、相応の立場にいる。内容にも矛盾はない」
「だが?」
「筆跡に癖がない」
セレナの目が俺に向いた。
「人間の手書きには癖が出る。力の入れ方、止めの角度、文字の大きさのばらつき。この推薦状にはそれがない。一文字ずつが揃いすぎてる。どれだけ丁寧に書いても、ここまで均一にはならない」
俺は頷いた。完璧すぎる模写は、癖まで消す。人の手からこぼれる揺らぎがない。それ自体が痕跡になる。
セレナの指が紙の端を離した。
「これ、誰が見ても通る書類よ。鑑定しなければ気づかない」
「ああ。だから使う」
セレナが少し間を置いた。指が机の上で止まっている。叩かない。考えているのではなく、待っている。
俺は推薦状の写しを引き出しにしまった。紙が木に擦れる音だけがした。セレナは何も言わない。次の手順を、もう口に出す段階じゃなかった。
第三段階までは読めた。新任書記官が中間者で、推薦状は偽造。なら次は第四段階、発覚前の切り捨てだ。
先に押さえるか。まだ泳がせるか。
読めたと悟られた瞬間、ディートリヒは経路を組み直す。今の俺の優位は、相手より半歩だけ先にいることだ。
窓の外で、午後の鐘が鳴った。決める前に、確かめるべきことが一つだけ残っている。




