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ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


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実行計画

 ギルドの記録を持ち帰って四日目の夜だった。


 蝋燭が三本目に入っている。机の上に帳簿の写しが七冊広がり、インクの匂いと紙の匂いが混じって部屋に滞っている。窓は閉めてある。秋の夜風を入れると、乾いたインクが剥がれる。


 穀物の取引記録を索引で引いた。麦、大麦、雑穀。王都を経由する穀物取引の過去三ヶ月分が、頭の中に並ぶ。


 偏っている。


 麦は秋に動く。それは正しい。収穫期に流通量が跳ね上がり、冬に向けて緩やかに減る。毎年そうだ。だが今年の秋は、減り方がおかしい。十月に入って流通量が急に落ちたかと思えば、十一月の半ばに不自然な跳ね上がりがある。季節の波ではない。人の手が入っている。


 索引で「麦」を引くと、取引日、取引先、数量、仲介商会が一瞬で束になる。どこで、いつ、いくらが動いたかは見える。


 だが「なぜ」が見えない。


 目を閉じた。蝋燭の芯が爆ぜる。瞼の裏に取引データの束が残っている。索引は速い。欲しい項目には一瞬で飛べる。だが見えるのは、どこで何が動いたかまでだ。何が何を動かしたかは残らない。


 十月の急落と十一月の跳ね上がり。その間に何がある。買い占めか、売り控えか。それとも仲介の段階で数字を曲げた誰かがいるのか。


 候補を絞って、ありそうな仮説に沿う証拠だけ拾えば、答えはすぐ作れる。今まで何度もそうしてきた。だがそれでは、合わない証拠を捨てることになる。答えに向かって走るほど、脇に落ちているものを踏み潰す。



  ◇



 椅子の背に身体を預けた。天井の木目が蝋燭の光で揺れている。


 索引があれば答えに辿り着ける。そう思っていた。実際、五日間かかっていた処理が数秒になった。だが速く答えに辿り着くことと、正しい道筋で辿り着くことは別だ。


 道筋。


 その言葉が引っかかった。


 今まで手に入れてきたのは、どれも答えに早く届くための機能だった。データを整理する、検索する、集計する、関連づける、索引をつける。道具は増えたが、見ているのはいつも答えだけだった。


 だが答えに届くまでに、頭の中では何をしている。


 どの索引から入り、どの数字で止まり、どこで枝を分け、何を捨てて次に進むのか。俺はそこを見たことがない。答えが出ればそれでよかった。


 過程が見えたら——


 弾けはしなかった。暗がりの奥に、細い線が一本ずつ灯った。索引で束ねたデータの間を、俺の視線が辿った順に線が走る。どこから入り、どこで分かれ、何を比べ、どこで候補を捨てたか。頭の中に、一本の経路図が立ち上がった。


 呼吸が深くなった。


 穀物取引をもう一度引いた。今度は答えを出そうとしなかった。道筋だけを見た。



  ◇



 十月の麦が急落していた。索引が最初に拾うのは、取引量の大きい商会だ。レーマン穀物商会、フィスト農産組合、東通り麦問屋の三つ。十月の取引量がいずれも前月比で4割減っている。


 ここまでは索引でも分かる。だが経路図はその先を見せた。


 三つの商会の仕入れ元を辿った。レーマンは南方の農場と王都近郊の集荷所。フィストは東方の穀倉地帯。東通り麦問屋は王都内の小規模農家を束ねている。土地も規模も違う。それなのに、同じ月に、同じ四割が消えている。


 仕入れ元が別なら、減少の理由も別のはずだ。天候も、収穫量も、地域も違う。偶然の一致にしては揃いすぎている。


 経路図の中で、線が交わった。


 三つの商会に共通するのは、仕入れ元ではなく出荷先だった。十月の減少分、消えた4割が向かった先を辿ると、別の中継商会が浮かぶ。ここで初めて名前を確認した。ベッケル卸商、ハイネ商事、ルント南方貿易。


 三つとも、情報仲介役になってから初めて記録で見た名だった。


 そしてこの三つの中継商会には、全てドルク商会との取引記録がある。


 蝋燭の灯りが揺れた。机の端を握ったまま、手が止まっている。木目が指に食い込んでいた。気づいて、ゆっくり力を抜いた。


 三ヶ月前から穀物の流通が歪んでいる。その歪みの中心に、この三つがいる。しかも三つともヴェルナーの商会と繋がっている。


 だが、そこで終わらない。ドルク商会との取引は、三つの売上全体の二割に満たない。残りの八割はドルクと無関係の取引先だ。ヴェルナーが表から動かしているなら、線はもっと太くなる。


 二割の接点だけで、流通全体を曲げられるか。


 できない、と切るには早い。だが曲げるなら、別の手が要る。ヴェルナーが黒幕なら、この細さは不自然だ。むしろヴェルナーの取引ルートを、誰かが使っている。


 だが、本当にそうか。


 ヴェルナーが握り返した、あの乾いた手を思い出した。穏やかな声で条件を飲み、目だけは笑っていなかった。二割という細ささえ、見せたい線だけ残した偽装かもしれない。


 蝋燭の三本目が半分まで減っていた。窓の外は静かだ。夜番の衛兵の足音も聞こえない。


 まだ答えじゃない。見えたのは筋だけだ。だがその先に、ヴェルナーの影がかかっている。影が本体なのか、借り物なのか。まだ区別がつかない。


 問題は時間だ。俺が歪みに触れたなら、向こうもいずれ気づく。ギルドの記録は俺だけが見ているわけじゃない。痕跡を消す時間は渡せない。


 明日の朝一番に、記録室に入る。穀物だけじゃない。三つの中継商会が扱う全品目の経路を引く。筋が正しければ、別の品目にも同じ歪みが出る。出なければ、穀物だけが狙われた理由を探る。


 蝋燭を吹き消した。闇の中で、頭の中の経路図だけがまだ光っている。


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